夕食
「……何だ、その目は。我ら『滅びの黄昏』を、ただの技術提供元としか思っていないようだな」
黒いローブを纏った男が剣の柄に手をかけ、鋭い眼光を向けた。
魔術師かと思いきや、その体格と身のこなしは歴戦の戦士そのもの。
魔力と剣技を併用する魔戦士といったところね。
「おちょくってなんていないわ、本気よ。あんた、名前は?」
「……ガイルだ」
「いい、ガイル。論理的に考えなさい。私はこの先の貿易港へ最短ルートで行かなきゃならない。あんたたちだって、こんなボロ小屋で足止めを食らっているのは予定外でしょう?」
私はバットを床に突き、ガイルの目をまっすぐに見つめた。
「ここに滞在し続けるのは時間の浪費よ。私がこの嵐を解析して、進路を確保してあげる。」
ガイルは剣の柄を握る指をピクリと動かした。沈黙が流れる。
「その代わり……その魔導書の中から、術式を三つ、私のエクス号にインストールさせてちょうだい」
「三つだと? ……ふざけるな。一つだ。それ以上は、組織の機密に関わる。」
ガイルの殺気が膨れ上がる。だが、私は不敵に微笑んで一歩踏み出した。
「一つ? ケチねぇ……。でも、その一つが『二次元収納』なら……交渉成立ね! さあ、そうと決まれば、まずは夕食よ。お腹が空いてちゃ、精度の高い演算なんてできないわ」
* * *
「……ガイル、エルフ君。見てなさい。これが私流のおもてなしよ」
私はエクス号から出した乾燥肉とスパイスに加え、小屋の棚に眠っていたものを取り出した。
誰かが客をもてなすために置いていった白茶と、少し乾燥した月餅。
そして、一ヶ月前にここを訪れたであろう蜂飼いの老人が忘れていった、清楚な壺入りの蜂蜜。
丁寧に蓋をされたその壺の横には、蜜を切り出すための蜜刀まで添えられている。
「……ふん、ただの忘れ物の寄せ集めではないか」
ガイルが鼻で笑うが、私は蜜刀を手に取り、迷いなく蒸留酒の瓶を空けた。
乾燥肉を、蜜刀の鋭い刃で薄く、繊維を断つように切り分けた。
ただ切るのではない。
古代魔法で肉の組織を微細振動させ、数時間煮込んだような「熟成状態」を一瞬で再現する。
「ガイル、かまどの火を絶やさないで。エルフ、あんたは白茶を淹れなさい。抽出温度は80度固定よ」
私は大釜に、忘れ去られていた蒸留酒をドボドボと注ぎ込んだ。
アルコールの沸点を利用して、鍋底にこびりついた旨味をこそげ落とす。
そこへ、蜂飼いの老人が残した蜂蜜を贅沢に投入した。
「いい? 蜂蜜は加熱しすぎると香りが飛ぶけれど、この低温でじっくりと『照り』を出すのがコツよ。ここにスパイスと肉を投入して、かまどの熾火の遠赤外線で包み込む……」
ぐつぐつと、低い音を立てて煮え始める釜。
私はさらに、乾燥してカチカチになった月餅を砕いて投入した。
「月餅の皮の小麦粉がとろみになり、中の餡が隠し味の深みになるの」
完成したのは、琥珀色の照りを纏った肉料理。
蜂蜜の甘い香りと、蒸留酒の芳醇な残り香、そしてスパイスの刺激が混然一体となり、小屋の埃っぽい空気を一瞬で「最高級の社交場」へと変えた。
* * *
「さあ、まずはこの肉を白茶と一緒に流し込みなさい。」
ガイルは毒気を抜かれたように皿を受け取り、肉を一口運んだ。
その瞬間、彼の目が大きく見開かれる。
「……何だこれは。肉が舌の上で解ける。蜂蜜の甘みが、肉の脂を極限まで引き立てて……この月餅の餡の渋みが、全体を一つに纏めているのか」
「ふ、……ふぎゃっ(美味しい!)……」
エルフ君も、泣きながら白茶で月餅肉を流し込んでいる。
「当然よ。さて、この夕食を摂取したんだから、もう言い訳はできないわよ? 嵐の向こう側に、私の貿易港とあんたたちの目的がある。……さあ、天気の演算を終わらせるわよ。バットを構えなさい!」




