言わないだけだよ
わたしは、よく見るその言葉が嫌いだった。
「ネットでリンチしている人間は、面と向かっては何も言えない臆病者だ」という、あの決まり文句だ。
それは、あまりに都合がいい。
言われている側の尊厳を守っているようで、実のところ、何も見ていない言葉だと思った。
違う。
面と向かって言えないのではない。
言っても通じない、と判断されただけだ。
相手の目を見て、声の調子を選んで、言葉を噛み砕いて、それでもなお届かないだろうと見切られた人間。
理解するための最低限の前提を持たず、説明を聞く姿勢もなく、反論と逆ギレの準備だけを万全にしている人間。
そういう相手に対して、人はわざわざ自分の時間と精神を差し出さない。
だから現実では黙る。
沈黙は恐怖ではなく、合理的な撤退だ。
けれどネットでは違う。
文章は証拠として残り、第三者の目があり、共通の文脈が共有される。
そこでは、相手に「分からせる」必要はない。
ただ「これはおかしい」と線を引くだけでいい。
リンチされているように見えるのは、その線の内側に入れなかったからだ。
議論の場に立てなかったからではない。
最初から立つ気がなく、立てるだけの知性もなかったからだ。
それを「集団心理」「卑怯者」「匿名の暴力」と呼ぶのは簡単だ。
そう言えば、自分がなぜ切り捨てられたのか考えなくて済む。
自分の言葉が、なぜ誰の共感も得なかったのかを直視しなくて済む。
でも、本当に怖いのはそこじゃない。
怖いのは、
「説明される価値すらない」
「対話の対象から外された」
その事実だ。
ネットで叩かれているのではない。
現実で、もう誰にも話しかけられていないだけだ。
それに気づかないまま、
「面と向かって言えないんだろ」と笑っている限り、
その人はこれからも、画面の向こうでしか名前を呼ばれない。
誰も、真正面からは、もう何も言ってくれない。




