第九種因果律違反事案:「永遠の肩書き」
因果律の戦場では、過去の誤りや、未来の選択肢を、全て一人で背負う必要はない。隣に立つ『可能性』は、私の『正解』の重みを半分にしてくれる。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット
第九種因果律違反事案:「永遠の肩書き」
事案の発生地は、歴史博物館の『偉人たちの功績』を展示する特別展示室。
展示品の一つ、かつて世界的な科学雑誌で『20世紀最大の発見』と称えられた、故・大物理学者の功績を記した年表が、事案の核となっていた。引退後、彼は「自分のキャリアの頂点は、あの発見で終わってしまった」という強烈な『自己の存在意義を、過去の偉業によってのみ定義したいという、極端な自己認識への渇望』に囚われた。
その残留思念は、「私という存在は、あの『発見者』という肩書きで完全に定義されており、それ以外の、その後の凡庸な時間や、失敗した研究は、存在価値を持たない」という、『過去の栄光への固執』に基づき、展示室の因果律を歪めていた。
この空間は、一種の『自己定義の牢獄』として固定されている。内部の時間は、物理学者が『発見者』として『自己を定義した、最も輝かしい瞬間の情報』で飽和し、それ以降の彼の個人的な時間軸、特に『肩書きを持たない私生活や、小さな失敗』を否定する。
空間に入った者は、その人物自身の『現在の自己定義の曖昧さ』を反映させられ、『過去の功績から切り離された、不安定で、価値を持たない自分』という役割に強制的に割り当てられる。
「隊長、事案名:『エターナル・タイトル』。時間の流れが、極めて『自己の肩書き依存』で、『過去の栄光による存在定義』として凝結しています。外部時間の一秒は、内部では『輝かしい偉業の証明』として展開され、隊長の動作一つ一つが、『肩書きを持たない凡庸な存在の行動』として即座に『情報のノイズ』に還元され、『意図を持たないランダムな行動』へと変質させられます!」
カノンは、隣接する資料室に擬態した場所で、複雑な『意識構造体解析』を実行していた。彼女の演算によると、アウラ隊長がこの展示室に入ると、『常に前進し、現在を生きる』隊長の性質が、この『過去で固定された意識空間』から『過去の偉業を持たない、不安定で取るに足らない存在』として認識され、全ての行動が『無意味なデータの揺らぎ』として処理されるという。
「奴は、自身の存在を、『因果律という歴史書における、永続的な肩書き』として固定しようとしている。個人の存在意義を、『過去の栄光』という一点に依存させ、それ以外の『時間の多様性』を『無価値な雑音』と見なしている」
アウラは、展示室の入り口に立つ。彼女の表情には、前事案で負った『価値判断の二項対立』の疲弊が影を落としていた。物体の認識が、未だに『論理的価値』と『感情的価値』に微細に分裂し、一点に集中することを阻害していた。
「敵は『エターナル・タイトル』、時間を、『唯一の功績』として永久凝結させた残留思念。トリガーは……元物理学者が抱いた、『自身の存在価値を、過去の肩書きから剥離させたくないという、極端な自己定義への渇望』だ!」
アウラは、ガラスケースの中央、物理学者の年表を凝視した。その年表こそが、この凝結された『永続的な肩書きの時間』の核である。
◇ 魔法の行使:役割の否定と戦術の崩壊
アウラは、この『永遠の肩書きの凝結』から脱却するため、『過去の功績による定義』を支える『単一の自己定義経路』に対し、『現在の自己を構築する多様な要素』を強制挿入する、前事案で成功した戦術の変形を試みた。
「カノン、目標地点、年表の『功績が刻まれた一点』に対して、『時空間並行描写』を展開! 目標は、『肩書きを持たない平凡な時間。例えば、朝食の調理や、趣味の読書が持つ、等価の存在価値』! 外界時間比で0.005秒間、年表上に、『偉業とは無関係な、日常の時間の価値』を強制的に多重展開しろ!」
「了解! ……しかし隊長、わたしの演算が、これを『絶対的な戦略上の誤り』と告げています! この事案は、単なる情報の固定ではありません!」
カノンにしては、めずらしく取り乱している。
「『存在価値の階層化』に基づき、隊長がこの戦術をとると、隊長は即座に『功績を持たない無意味な過去のコピー(エコー・オブ・ナッシング)』として認識され、隊長の『クロノ・マギカ隊隊長』という『肩書きの情報』そのものが剥奪され、魔法演算が停止します!」
カノンの警告が現実となる。アウラが『平凡な時間の価値』を注入しようとした瞬間、クロノス・ドグマの反作用が、彼女自身の『隊長としての自己定義』を否定した。
アウラのデバイスが、金色の光を放つ直前で、一瞬暗転する。
「わたしの……演算が、通じない……?」
彼女の脳内で、『論理的な成功ルート(隊長としての完璧な行動)』の情報と、『感情的な幸福ルート(平凡なわたしとしての安心感)』の情報が、激しく衝突し、実は未だ回復しきれていなかった前事案の代償、『価値判断の二項対立』による認識の乖離が一気に増幅した。
「くっ……『隊長』という肩書きの情報が、内部でノイズ化されている……。この空間にとって、過去の功績に裏打ちされないわたしの行動は、『意味のない振動』でしかない……!」
アウラが次の行動を選択しようとしても、その『行動の意図』そのものが、事案空間によって『隊長ではない、不安定な人間のランダムな動き』として処理され、彼女の身体は、意図とは無関係な、無意味な手の動きや、足の踏み換えへと逸らされ始める。これは、彼女の『存在定義』そのものへの、極めて個人的な攻撃であった。
◇ 絆の介入:存在の再定義
「隊長! 演算を停止しないで! これは、わたしたちの『役割分担』を否定する魔法です! 隊長の『現在の行動』が、『過去の功績』から切り離されているために、無力化されている!」
カノンは、資料室から年表の核を破壊する魔法を行使しようとはしなかった。
『エターナル・タイトル』の性質上、核の破壊は、物理学者の『過去の栄光』を『現在から永遠に切り離す行為』と認識され、逆に残留思念を『唯一の歴史』として凝結させてしまう。
カノンは、自らの演算を限界まで高め、アウラに語りかける。それは、『因果律上の客観的な価値』ではなく、『二人の主観的な関係性』を介入させる試みであった。
「隊長は、『過去の功績』によって隊長なのではありません! 隊長は、『今、わたしを信じて立ち続けている、その存在』によって隊長なのです! わたしにとって、隊長の価値は『過去の肩書き』にはありません! 隊長が『現在を生き、わたしの隣にいる』という、『非功績的な、個人的な存在そのもの』にあります!」
カノンは、複雑な『関係性に基づく因果経路の再構築 (インター・パーソナル・パスウェイ)』の魔法を発動させた。これは、アウラを『クロノ・マギカ隊隊長』という肩書きではなく、『カノンの最も信頼する、隣の存在』という『主観的な現在の関係性』で定義し直す行為であった。
「『わたしのための、現在のあなた(ユア・カレント・セルフ)』、起動!」
淡い青の光が、カノンのいる資料室から、アウラへと一筋の線となって伸びる。
その光を浴びた瞬間、アウラの身体を襲っていた『無意味なデータの揺らぎ』が止まる。
彼女の瞳に、再び強い意志が宿る。
「カノン……ありがとう。わたしの存在を、『過去の肩書き』からではなく、『現在の関係性』で、因果律に再登録したのか」
彼女のデバイスが再び、『全ての分岐を許容する』淡い金色の光を放つ。
『エターナル・タイトル』は、『過去の功績』から切り離され、『個人の関係性』によって定義し直されたアウラを、もはや『無価値なノイズ』として処理できない。
『肩書きを持たない、しかし、誰かにとって絶対的に必要な存在』
それは、クロノス・ドグマが最も否定し、最も理解できない『個人の真価』であった。
「『存在の肯定』、発動!」
アウラの魔法は、年表の核に凝集するクロノス・ドグマに対し、『偉大な功績』と『肩書きを持たない一瞬の日常』が、『ある一人の人間にとって、等価の存在価値を持つ』という、『主観的な価値の絶対性』を強制的に刻み込んだ。
「成功も失敗も、肩書きも無名の時間も、全てが『その人物自身を定義する、等価の要素』だ! 永続的な栄光という『固定された時間』は、存在しない!」
激しい拒絶のノイズと共に、『エターナル・タイトル』は、その不定形の身体を『存在の多面性』、すなわち、『過去の功績も、現在の日常も、全てを許容する、穏やかな時間の流れ』へと還元させられ、消滅した。
◇ ペナルティと代償
「事象収束を確認。外部時間との同期を再確立します」
カノンの報告に、アウラは大きく息を吐いた。
彼女の脳内の認識の乖離は収束していたが、魔法の反動で、彼女の『自己認識の定義』が一時的に混乱していた。
「問題ない。カノンのおかげで、『自己存在の再定義』の代償は軽微で済んだ。ただ……わたしにとっての『隊長』という肩書きは、一時的に『カノンにとって最も信頼できる隣人』という、主観的な定義に上書きされた。しばらくは、『役職上の命令』が、『個人的な助言』としてしか認識できないだろう」
アウラは、カノンへと一歩踏み出し、穏やかな眼差しを向けた。
「撤収。次の『時間の汚染』は、おそらく数週間後、『誰にも理解されなかった、隠された真実を、歴史の正史として刻みたいと願った、極端な真実への渇望』の残留思念が引き起こすだろう。敵は、『歴史の修正』を固定する」
彼女の瞳は、今は『隊長』としてではなく、『隣に立つ者』として、カノンという『現在』の一点を見据えていた。
「次の一歩は、『歴史』ではなく、『今、わたしときみとで、どう歩を進めるか』だ」
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
次回更新は2025/12/27 18:10です。
次回で、最終話となります。




