第八種因果律違反事案:「絶対選択の凝結」
すべての選択は、その後の未来を殺す。ゆえに、人生の道は、無数の死骸の上に敷かれた一本の道でしかない。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット
第八種因果律違反事案:「絶対選択の凝結」
事案の発生地は、世界的な大企業の創業者にして、引退直前に病死した元CEOの、生前のオフィス。
そこには、彼が「人生で下したすべての選択は、他の可能性を排除した、唯一無二の『絶対的な正解』であった」と信じ込み、その『優位性への渇望』を極限まで高めて書き上げた、分厚い自伝の草稿が残されていた。
その残留思念は、「自分の人生こそが、人類の進化における『唯一の成功例』であり、それ以外の全ての選択の可能性は、ただの『誤謬』でしかなく、存在価値を持たない」という、極端な『選択の確定性への執着』に基づき、オフィス内部の時間を歪めていた。
この空間は、一種の『一本道の運命』として固定されている。アトリエ内部の時間は、元CEOの生涯における『最も重要な成功へと繋がる決断の瞬間』で停止し、その『正解』にそぐわない過去の行動、つまり『取り得た別の選択肢』を否定する。空間に入った者は、彼自身の人生の物語を乱す『誤った選択肢』として認識され、行動そのものが、『絶対的な優位性』によって強制的に『彼が選ばなかった道』へと逸らされる。
「隊長、事案名:『クロノス・ディクテイター』。時間の流れが、極めて独裁的で、『選択肢を許さない唯一の正解』として凝結しています。外界時間の一秒は、内部では『成功に至る軌跡の証明』として展開され、隊長の動作一つ一つが、『道を踏み外した可能性』として即座に排除されます!」
カノンは、隣接するビルのサーバー室に擬態した場所で、複雑な『因果経路解析』を実行していた。彼女の演算によると、アウラ隊長がこのオフィスに入ることは、『唯一の正解の物語』を崩壊させる『誤りの象徴』という役割に割り当てられており、いかなる移動も、『決定の優位障壁』によって『不必要な回り道』として自動的に排除されてしまうという。
「奴は、自身の存在と人生を、『因果律という物語の、絶対的な正解』として固定しようとしている。経営者特有の、『自己の判断の正しさへの強迫観念』が、因果律に感染した形だ。『選択肢の多元性』を『無駄』と見なしている」
アウラは、オフィスの扉に立つ。室内の光景は、まるで彼の自伝の挿絵のように、机上の配置、壁の飾り、窓からの光に至るまで、全てが『成功への必然性』が異常なまでに『確信』されていた。
「敵は『クロノス・ディクテイター』、時間を、『絶対的な正解の選択』として永久凝結させた残留思念。トリガーは……元CEOが抱いた、『自分の人生の選択を、唯一の真実として歴史に刻みたいという、極端な自己優位性への渇望』だ!」
アウラは、オフィスの中心、巨大な執務机の上に置かれた、その分厚い自伝の草稿を見据えた。その草稿こそが、この凝結された『正解の時間』の核である。
◇ 魔法の行使:物語の分岐と時間の解放
アウラは、この『絶対選択の凝結』から脱却するため、『正解の固定』を支える『単一の因果経路』に対し、『選択肢の多元性』を強制挿入する戦術を選択した。
「カノン、目標地点、自伝の『最も決定的な決断が記された一点』に対して、『時空間並行描写』を展開! 目標は、『選び得た全ての可能性が持つ、動的な価値』! 外界時間比で0.005秒間、草稿上に、『選ばれなかった無数の未来が、成功と同じ重みで存在していた可能性』を強制的に多重展開しろ!」
「了解! ……実行! ──可能性の逆行演算、開始!」
カノンが演算を終えると、草稿が置かれた机の周囲だけ、一瞬、空間が『確定した因果』であることをやめ、『無数の選択の道筋』の可能性を包含したように、微細に揺らぎ始めた。まるで、重大な決断が下される直前の、『未来の分岐点』が宿った状態だ。
クロノス・ディクテイターは、その『絶対的な正解の静止』を、自身の存在基盤としている。この『選択肢の動的な可能性』の強制挿入、すなわち『誤謬の価値』による『正解の破綻』に耐えきれず、『優位性の物語』から剥離し、草稿の中心へと凝集し始めた。
アウラは、その瞬間を待っていた。
「『無限の選択肢』、発動!」
アウラのデバイスが、全ての分岐を許容するような、淡い金色の光を放った。
ターゲットは、物語の核に凝集したクロノス・ディクテイターの質量。
時間を、『固定された唯一の正解』として凝結させない。『選択』そのものを、『無数の可能性を持ち、常に分岐と進化を続ける動的な概念』として一時的に上書きする。
クロノス・ディクテイターは、凝集する直前の、『完璧な成功』という確定した情報から、『正解の連鎖』が強制的に『無限の選択肢』へと改変され、『結末を持たない、純粋な可能性のエネルギー』へと変質させられた。
そして次の瞬間、カノンの魔法が解除される。
絶対選択の凝結と、それに続く『無限の選択肢』。
これは、『唯一の正解』を否定し、存在の根源を『次の一手が何になるか分からない、試行錯誤の自由』に戻す『時の解放』だ。
多様な可能性のエネルギーを浴びたクロノス・ディクテイターは、「成功が」「なぜ」「唯一でない」という激しい拒絶のノイズを発し、その不定形の身体を『試行の種』、つまり単なる無害な光の粒子及び、ただの『時間の揺らぎ』へと還元させられ、消滅した。
◇ ペナルティと代償
「事象収束を確認。外部時間との同期を再確立します」
カノンの報告に、アウラはオフィスのカーペットに片膝をついた。
彼女の脳内の全てが、一瞬で『論理的な成功ルート』と『感情的な幸福ルート』とに、分裂して見えた。目の前の執務机が『効率性を極めた経営資源』として認識される一方で、『家族団欒を犠牲にした、虚ろな象徴』という、極端な感情描写としてしか認識できない。
「隊長! 今度は『価値判断の二項対立』ですか!」
「問題ない。『無限の選択肢』は、常に『絶対的な単一正解の否定』を要求する。優位的な成功を無力化する代償として、わたしの認識の0.002%が、『完璧な論理的結論』と『完璧な感情的帰結』とに分裂させられただけだ」
アウラは、左右の認識の乖離が収束するのを待つ。それは、因果律の『選択の固定性』に干渉する行為が、どれほど彼女自身の『世界への評価軸』を危うくするかを物語っていた。
彼女たちは、時間を、誰かの『絶対的な人生の成功』として凝結させようとする者を罰するのではない。
彼女たちは、『今、ここにある時間』の、あまりにも自由で、あまりにも尊い『選択し、誤り、そして学び続ける可能性』を守る。
アウラは、視覚と認識が正常な『論理と感情が共存する連続性』に戻ったのを確認してから、カノンに声をかけた。
「撤収。次の『時間の汚染』は、おそらく数日後、『自己の存在意義を、過去の偉業によってのみ定義したいと願った、極端な自己認識への渇望』の残留思念が引き起こすだろう。敵は、『永遠の肩書き』を固定する」
彼女の瞳は、常に、『唯一の正解』に停止するのではなく、『次の一歩がどうなるか分からない』現在のその一点を見据えていた。それは、『進化の自由』の存在基盤を守る、終わりのない時間の防衛戦である。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
次回更新は2025/12/26 18:10です。




