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第六種因果律違反事案:「歴史を紡ぐ物語」

 我々の敵は、過去の幻影でも、未来の可能性でもない。人が時間に対して抱く、あまりにも強い『願い』の残滓だ。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット



 第六種因果律違反事案:「歴史を紡ぐ物語」



 事案の発生地は、現代の巨大な市立図書館の最奥にある、普段は閉鎖されている『特別資料室』だった。

 ここには、歴史上の哲学者や思想家たちが遺した、時間と因果に関する膨大な手書き原稿が収蔵されていた。その中の、とある古代哲学者の論文の残滓が、事案のトリガーとなる。

 その残留思念クロノス・ドグマは、「歴史とは、始めと終わりが既に定められた、一つの完成された物語モノ・ストーリーである」という強固な信念に基づき、資料室内部の因果律を歪めていた。

 この空間に入った者は、自己の行動が、その『物語』の登場人物として、既に割り当てられた役割プロット結末フィナーレに沿ってしか、発動できないという認識を強制される。自由な選択はなく、全ての出来事は、その『物語』を完成させるための単なるページとして機能する。まるで、自分の人生が、誰かの書いた小説をなぞっているかのような、存在意義の簒奪さんだつだった。


「隊長、空間全体が、強固な『叙事の結界(エピック・バリア)』で覆われています。外界時間の一秒は、内部では『物語の進行上必要な一秒』として強制的に固定化され、不必要な要素は全て剪定せんていされています」


 カノンは、図書館の外部、電源や情報網から完全に切り離された位置で、複雑な『物語構造の解析(プロット・アナリシス)』を実行していた。彼女の演算によると、アウラ隊長は既にこの『物語』において、「主人公の役割を否定し、物語を終わらせる」という役割に割り当てられてしまっているという。


「奴は、自身の存在を『完成された物語』の一部として永遠に保存しようとしている。過去の事例、『確定性の隷従』と似て非なるものだ。今回は、自由意志を『物語の破綻』として、最初から排除している」


 アウラは、資料室の入り口に立つ。彼女のクロノ・デバイスは、時間の流れが物語のコマのように不連続で、かつ強引に繋がれている『時間の歪み』を検知していた。


「敵は『クロノス・フィクション』、時間の流れを、『確定した結末へ向かう必然的な文章』として固定した残留思念。トリガーは……過去の哲学者が抱いた、『無意味な偶然性からの、超越的な自己救済(カタルシス)への渇望』だ!」


 アウラは、資料室の中心、物語のコアとなっている、その古代哲学者の自筆原稿が置かれた閲覧台を見据えた。その原稿は、まるでそこに記された文字だけが、周囲の時間を支配しているかのように、圧倒的な存在感を放っている。



◇ 魔法の行使:物語の破綻(プロット・ブレイク)と変容



 アウラは、この『物語』の支配から脱却するため、最も重要な『プロットの結び目』、すなわち哲学者の原稿に、『その物語には存在しない、全くの異物』を強制挿入する戦術を選択した。


「カノン、目標地点、哲学者の原稿に対して、『因果律外挿入エクストラポレーション』を展開! 目標は、『結末が未確定の、全く新しい偶然性の連鎖ニュー・チェイン・オブ・カザリティ』! 外界時間比で0.005秒間、原稿上に、『物語を語る視点の不在ポイント・オブ・ビュー・アブセンス』を発生させろ!」

「了解! ……実行! ──並列演算、開始!」


 カノンが演算を終えると、原稿が置かれた閲覧台の周囲だけ、一瞬、時間の流れが『物語の視点』を失ったかのように、静かに、そして完全に無意味に揺らいだ。まるで、小説の一ページから、作者の意図が完全に消え去った状態だ。

 クロノス・フィクションは、その『物語の必然性』を、自身の存在基盤としている。この『物語の破綻』、すなわち『視点の不在』による『無意味な偶然性の連鎖』の強制挿入に耐えきれず、時間の必然的な繋がりから引き剥がされ、原稿の中心へと凝集し始めた。

 アウラは、その瞬間を待っていた。


「『超概念的改行コンセプチュアル・ラインブレイク』、発動!」


 アウラのデバイスが、白紙のページのように、無色透明な光を放った。

 ターゲットは、物語の核に凝集したクロノス・フィクションの質量。

 時間を、物語として紡がせない。因果律そのものを一時的に『文章の終わり』と認識させ、『次の展開』への繋がりを断ち切る。

 クロノス・フィクションは、凝集する直前の、『完成された物語』という確定した情報から、因果の連鎖が強制的に『改行』され、『ただ、そこに存在するだけの、意味を持たない散文』へと変質させられた。

 そして次の瞬間、カノンの魔法が解除される。

 物語の必然性と、それに続く『超概念的改行』

 これは、確定した結末を否定し、存在の根源を『次の一文が何になるか分からない、無限の可能性』に戻す『自由の筆跡』だ。

 改行と偶然性のエネルギーを浴びたクロノス・フィクションは、「物語が」「なぜ終わる」という激しい錯乱のノイズを発し、その不定形の身体を『物語の残骸』、つまり単なる無害な光の粒子及び、ただの空間の揺らぎへと還元させられ、消滅した。



◇ ペナルティと代償



「事象収束を確認。外部時間との同期を再確立します」


 カノンの報告に、アウラは膝をついた。

 彼女の目の前にある全ての物体が、一瞬で『極端に詩的で美しい描写』と『一切の意味を持たない単なる記号の羅列』とに、分裂して見えた。目の前の壁が『永遠に過去を内包する、未来の扉』として認識される一方で、『物質Aと物質Bの接合面』という、極端な機能描写としてしか認識できない。


「隊長! 今度は『物語性認識の乖離フィクション・スプリット』ですか!」

「問題ない。『超概念的改行』は、常に『確定した物語からの離脱』を要求する。必然の物語を無力化する代償として、わたしの認識の0.001%が、『完璧な物語性(ロマン)』と『完璧な無意味性(リアリズム)』とに分裂させられただけだ」

 アウラは、左右の認識の乖離が収束するのを待つ。それは、因果律の『物語性』に干渉する行為が、どれほど彼女自身の『世界への認識』を危うくするかを物語っていた。

 彼女たちは、時間を、誰かの物語として完成させようとする者を罰するのではない。

 彼女たちは、『今、ここにある時間』の、あまりにも脆く、あまりにも尊い『結末が未確定であるという自由』を守る。

 アウラは、視覚と認識が正常な『意味と無意味が共存する連続性』に戻ったのを確認してから、カノンに声をかけた。


「撤収。次の『時間の汚染』は、おそらく数日後、『自己の人生の結末を、絶対的な美として固定させたいと願った、絶望的な芸術家』の残留思念が引き起こすだろう」


 彼女の瞳は、常に、『次に何が起こるか分からない』現在のその一点を見据えていた。それは、自由意志の存在基盤を守る、終わりのない時間の防衛戦である。


最後まで読んで頂いてありがとうございます!

次回更新は2025/12/24 18:10です。

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