第五種因果律違反事案:「絶対の時間神殿」
我々が守るのは、誰かの過去でも、誰かの未来でもない。ただ、『今、この瞬間』が、連続する確固たる事実であることだ。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット
第五種因果律違反事案:「絶対の時間神殿」
事案の発生地は、歴史の裏側で密かに信仰されていた、『時間を神と崇めた教団』の、現代に遺る巨大な地下施設だった。
この施設内部の時間は、外界から完全に遮断され、特殊な結界で守られている。その時間の流れは、教団が信奉した『時間神』の教義に従い、『神聖なる定刻/ディバイン・クロック』という、絶対的な規則性、つまり、「時間は常に正しく、決して乱れてはならない」という究極の確定性によって、一方向に、完全に整列させられていた。
この『絶対の定刻』の場に入った者は、自己の行動が未来に与える影響、そして過去から受けた影響が、『常に完全に予測可能』であることを強要される。それは自由意志の否定であり、世界の全てが、秒単位で確定し、予定調和であるという、『究極の時間の隷従』を意味していた。
「カノン、施設内部の『因果率』は、前事案の『無限ループ』とは質が違う」
アウラ・コレットは、入り口の扉に触れることすら躊躇していた。扉の表面は、一秒のズレもなく同じ模様が、永遠に、かつ正確に繰り返される映像を放っていた。彼女の手元のクロノ・デバイスは、時間の流れが極端に整いすぎて、センサーが『ノイズのない完全な静寂』をアラームとして発している。
「隊長、同期率は極めて安定しています。むしろ安定しすぎています。この空間は、外界時間の一秒に対し、内部では一秒が『絶対的な必然性』として、一分の狂いもなく、完璧に再現されています」
カノンは、施設の外部、エネルギーの供給源から離れた位置で演算に集中していた。彼女の専門である『律速演算』は、この『過剰な確定性』に対して、計算結果が唯一の正解として固定されてしまい、介入の余地を失うという、全く別の危機的状況だ。
「敵は『クロノス・ドグマ』、自身の信仰を証明しようと、時間の流れを『神の計画』として完璧に固定させた『残留思念』です。トリガーは……過去の教団指導者が抱いた、『偶然という不確実な未来への超越的な恐怖』です!」
「『過去の後悔』、『未来の恐怖』、『現在の執着』、『因果の渇望』、そして今度は『不確実性の恐怖』か。奴らは、我々自身の『自由意志』の存在基盤を喰らおうとしている」
アウラは、地下施設の中心、時間が最も『確定』している空間を見据える。そこには、過去に教団が使用した祭壇が、まるで時間が凍結したかのように、全く塵一つなく保存されていた。この『定刻の場』に触れれば、その者はその座標で、自身の未来の行動全てが決定されており、それを変えることは絶対にできないという『存在の確定』を強制的に知覚させられる。
◇ 魔法の行使:確定性の攪乱と変位
アウラは、時間の流れが最も完全に整えられている、祭壇の中心、『定刻の心臓』を予測した。
「カノン、目標地点の時間を『予測不能な微動』と『意図的なノイズ』注入の同時展開! 目標、外界時間比、両極で1.0 \times 10^{-9}(10のマイナス9乗)の『不規則振動』を発生!」
「了解! ……実行! ──超並列展開、開始!」
カノンが演算を終えると、ドグマ・コアの内部だけ、時間が極限まで微細に、そして完全にランダムに振動を始めた。外側から見れば、変化はないが、内部では時間の流れが『10^{-9}秒単位』で、予測不能に前後し、微細に乱れ続けている。これは、絶対的な確定性に対する『量子的な自由意志』の強制注入だ。
クロノス・ドグマは、確定した時間の流れをセンサーとする。この極端な不確定性、すなわち『神聖なる定刻』の否定に耐えきれず、時間の完璧な整列から引き剥がされ、中心部へと凝集した。
アウラは、その瞬間を待っていた。
「『超局所的偶然化』、発動!」
アウラのデバイスが、七色に、不安定に点滅する光を放った。
ターゲットは、微細な振動の狭間に凝集したクロノス・ドグマの質量。
時間を、整頓も、確定もさせない。因果律そのものを一時的に『偶然』の支配下へと、ほんの0.001秒だけ変位させる。
クロノス・ドグマは凝集する直前の、『完全に確定した情報の塊』の状態から、因果の鎖そのものがランダムに配列し直された『単なる無意味な情報』へと変質させられた。
そして次の瞬間、カノンの同時展開魔法が解除される。
完全な確定性と、それに続く『因果の偶然化』、これは、絶対的な必然性を否定し、存在の根源を不確実な『揺らぎ』に戻す『自由の刃』だ。
振動とノイズ、そして偶然化のエネルギーを浴びたクロノス・ドグマは、「秩序が」「なぜ乱れる」という激しい混乱のノイズを発し、その不定形の身体を『確定性の残骸』、つまり単なる無害な光の粒子及び空間の揺らぎへと還元させられ、消滅した。
◇ ペナルティと代償
「事象収束を確認。外部時間との同期を再確立します」
カノンの報告に、アウラは全身の力が抜けたように、ふらりと壁に手をついた。
彼女の身体の、右半分の行動が、一瞬で『完全に予測通り』になり、左半分の行動が、まるで『意味のない無作為な動き』となった。右手が正確にデバイスに触れようとする一方で、左手は無意味に空を掴む。
「隊長! 今度は『存在の確定性分裂』ですか!」
「問題ない。『超局所的偶然化』は、常に『存在の確定性からの離脱』を要求する。必然の連鎖を無力化する代償として、わたしの存在の0.001%が、『絶対的な必然性』と『絶対的な偶然性』とに分裂させられただけだ」
アウラは、左右で極端に異なる自身の行動を、ただ静かに見つめる。それは、因果律の『確定性』に干渉する行為が、どれほど彼女自身の『自由意志』を危うくするかを物語っていた。
彼女たちは、時間を操作しようとする者を罰するのではない。
彼女たちは、『今、ここにある時間』の、あまりにも脆く、あまりにも尊い『因果の不確定性』を守る。
そして、その戦場には、常に、『確定した未来から解放されたい』という、人類が生み出した最も根源的な『自由への渇望』の残滓が、漂っているのだ。
アウラは、左右の行動の分裂が収束し、正常な『予測と自由が共存する連続性』に戻ったのを確認してから、カノンに声をかけた。
「撤収。次の『時間の汚染』は、おそらく数日後、『歴史を一つの物語と捉えた哲学者』の、残留思念が引き起こすだろう」
彼女の瞳は、常に『自由な選択』が繰り返され、決して固定されない現在のその一点を見据えていた。それは、終わりのない、時間の防衛戦である。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
次回更新は2025/12/23 18:10です。




