表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第三種因果律違反事案:「静止する一秒」

 時間を止めることは、生の流動を止めることではない。それは、すべての可能性を凍結させる、最も残酷な未来の否定である。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット



 第三種因果律違反事案:「静止する一秒」



 事案の発生地は、世界を代表するシンクタンク、『時空間情報研究所』の、最新鋭の実験棟だった。

 この場所の時間の流れは、外界との同期が失われ、局所的に『絶対静止』に陥っている。実験棟に入った者は、一秒間に億単位の思考を強制させられながらも、肉体は一歩たりとも動かせない『永遠の一秒』を、不可逆的な『確定事項』として知覚させられる。それは、予言や幻視ではない。時間が現在から未来へと、強制的に流れ込むことを拒絶しているのだ。


「カノン、現在の実験棟内部における『流動率フロー・ベロシティ』は?」


 アウラ・コレットの声は、冷静さの中に、過去にないほどの緊迫を含んでいた。彼女は、静止したガラスの破片が空中停止している実験棟の入り口を、慎重に通り抜ける。手元のクロノ・デバイスが、時間軸の圧縮を示す、不快な高周波バイブレーションを発している。


「隊長、同期率の計測は困難です。この空間は、現在の情報が過剰に飽和し、外界時間の一秒が、内部では『無限の現在』として凍結しています」


 カノンは、研究所の地下、非常用電源室の陰で演算に集中していた。彼女の専門である『律速演算』は、この『現在の過飽和』に対して、内部演算が無限ループに陥る可能性があり、非常に危険だ。


「敵は『モロス』、現在の瞬間に永遠を見出そうと、その時間を周囲に広げようとする『残留思念』です。トリガーは……この研究所で研究に行き詰まり、『今この瞬間を永遠に繰り返したいと願った物理学者』の、『現在の瞬間への執着』です!」

「『未来の恐怖』だけでなく、『現在の執着』もまた、奴らの糧か」


 アウラは、実験棟の中心を見据える。内部の光と影は、まるで写真のように静止し、床に落ちる一滴の水すら、空中で凍りついていた。その空間の中央に、黒い靄のようなものが凝集している。これに触れれば、その者はその座標で、永遠に時間が停止した状態を強制的に体現させられる。



◇ 魔法の行使:静止の解除と再流動



 アウラは、時間の流動を止めようとする力が最も集中する、静止空間の中央、『モロスのコア』を予測した。


「カノン、目標地点の時間を『無限収束インフィニット・コンプレス』! 目標、外界時間比、1.0 \times 10^{6}!(10の6乗)」

「了解! ……実行!」


 カノンが演算を終えると、静止空間の中央だけ、時間が極限まで減速した。外側から見れば、変化はないが、内部では一秒が百万秒に引き伸ばされている。現在に留まろうとする情報、つまりモロスの粒子群は、この超減速された時間の中で、自らの静止の思念に耐えきれず、逆に『過去の瞬間』へと引き戻されていく。

 モロスは、時間の静止をセンサーとする。収束空間に引き寄せられ、中心部へと凝集した。

アウラは、その瞬間を待っていた。


「『局所的収束ローカル・バック』、発動!」


 アウラのデバイスが、今度は深い青色の光を放った。

 ターゲットは、超減速空間に凝集したモロスの質量。


 時間を逆行させる。ただし、一瞬だけ、ほんの0.001秒だけ。


 モロスは凝集する直前の、『現在の瞬間の確定情報』の状態から、さらに一週間前の過去へと、強制的に突き放された。

 そして次の瞬間、カノンの減速魔法が解除される。

 時間の一方的な減速と、それに続く解除。これは、現在の静止を否定し、過去へとその存在を押し戻す『時間のくさび』だ。

 圧縮と収束のエネルギーを浴びたモロスは、「止まれ」「帰りたい」という悲痛なノイズを発し、その不定形の身体を『未来の可能性』、つまり単なる無害な冷エネルギー及び空間の歪みへと還元させられ、消滅した。



◇ ペナルティと代償



「事象収束を確認。外部時間との同期を再確立します」


 カノンの報告に、アウラは小さく息を吐いた。

 彼女の左足から、体重を支えていた爪先にかけて、神経が激しく痙攣し、一瞬、足首が固まった。


「隊長! 今度は『存在の瞬間固定モーメント・フリーズ』ですか!」

「問題ない。『局所的収束』は、常に『存在の過去への引き戻し』を要求する。現在の静止を無力化する代償として、わたしの0.001%の運動情報が、一瞬、数週間前の過去へと送られただけだ」


 アウラは、痛みに耐えながら、左足の痙攣が収まるのを待つ。それは、現在の流れに干渉する行為が、どれほど彼女自身の『流動性』を危うくするかを物語っていた。

 彼女たちは、過去を後悔しようとする者を罰するのではない。

 彼女たちは、『今、ここにある時間』の、あまりにも速く、あまりにも自由な流動する可能性を守る。

 そして、その戦場には、常に、『時間が止まれば楽になる』という、人類が生み出した最も根源的な逃避の残滓が、澱んでいるのだ。

 アウラは、痙攣が消え、足の脈動が正常に戻ったのを確認してから、カノンに声をかけた。


「撤収。次の『時間の汚染』は、おそらく数カ月後の、『過去を消そうとした歴史家』の残留思念が引き起こすだろう」


 彼女の瞳は、常に流動し、決して停止しない現在のその一点を見据えていた。それは、終わりのない、時間の防衛戦である。

最後まで読んで頂いてありがとうございました!

次回更新は2025/12/21 18:10です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ