第十種因果律違反事案:「歴史の修正者」
因果律の戦場とは、過去を否定せず、未来を恐れずに、今を肯定すること。わたしたちの『現在』という名の道は、無限の『可能性』と、隣に立つ『信頼』によって、どこまでも続いている。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット
第十種因果律違反事案:「歴史の修正者」
事案の発生地は、国家の機密文書が保管されていた、今は廃墟となった『歴史記録保管庫』の最深部。
展示物として残されていた、一人の歴史学者の遺した、無数の未発表の手稿が、事案の核となっていた。彼は生前、「自分の発見した『真実』こそが、この世界の真の歴史である」という、『誰にも理解されなかった隠された真実を、歴史の正史として刻みたいという、極端な真実への渇望』に囚われていた。
その残留思念は、「公の歴史書に記された情報は全て虚偽である。わたしの記した『真実』のみが、世界の因果律を定義する」という、『自己の主観的な真実の絶対化』に基づき、保管庫の因果律を歪めていた。
この空間は、一種の『真実の隔離室』として固定されている。内部の時間は、歴史学者が『真実』と定義した『主観的な情報』で飽和し、それ以外の、公的な歴史や、他者の記憶といった『客観的な時間の多様性』を徹底的に否定する。
空間に入った者は、その人物自身の『歴史に対する個人的な解釈』を強制的に増幅させられ、クロノス・ドグマの『主観的な真実』から逸脱する『曖昧で、偽りの情報源』という役割に割り当てられる。
「隊長、事案名:『ヒストリカル・リライター』。時間の流れが、極めて『主観的な真実への依存』で、『隠された真実による歴史定義』として凝結しています。外部時間の一秒は、内部では『真実の証拠』として展開され、隊長の持つ『客観的な情報』、例えば、過去の任務の報告書や、クロノ・マギカの公的な活動記録は、即座に『歴史の偽造』として認識され、『存在しない情報』へと変質させられます!」
カノンは、保管庫の入り口に擬態した場所で、複雑な『意識構造体解析』を実行していた。彼女の演算によると、アウラ隊長がこの空間に入ると、『客観的な真実』を基に行動する隊長の性質が、この『主観的な真実で固定された意識空間』から『世界の歴史を歪める、偽の情報源』として認識され、全ての行動が『歴史の誤謬』として処理されるという。
「奴は、自身の記した『真実』を、因果律の『唯一の正史』として固定しようとしている。世界の歴史を、『一人の人間による主観的な解釈』という一点に依存させ、それ以外の『時間の客観性』を『無価値な虚偽』と見なしている」
アウラは、保管庫の最深部、歴史学者の手稿が山積みになった空間を前に立つ。彼女の瞳には、以前の事案で取り戻した『現在の関係性による自己定義』の強さが宿っていたが、同時に、この『真実の絶対化』という事案が、彼女の『論理的な思考』に再び微細な干渉を及ぼしているのを感じていた。
「敵は『ヒストリカル・リライター』、時間を『唯一の真実』として、永久凝結させた残留思念。トリガーは……元歴史学者が抱いた、『自分の真実を、公的な歴史として永遠に刻みたいという、極端な真実への渇望』だ!」
アウラは、山積みになった手稿の束を凝視した。その手稿こそが、この凝結された『主観的な真実の時間』の核である。
◇ 魔法の行使:真実の対立と戦術の崩壊
アウラは、この『歴史の修正の凝結』から脱却するため、『主観的な真実』を支える『単一の歴史経路』に対し、『複数の人間が共有する、客観的な出来事』を強制挿入する戦術を試みた。
「カノン、目標地点、手稿の『歴史学者の主観が刻まれた一点』に対して、『客観的出来事の証明』を展開! 目標は、『複数の人間が共有する、普遍的な事実。例えば、昨日の天候や、世界人口の統計が持つ、等価の客観的価値』! 外界時間比で0.005秒間、手稿上に、『主観とは無関係な、客観的な時間の真実』を強制的に多重展開しろ!」
「了解!……しかし隊長、わたしの演算が、これを『絶対的な戦略上の誤り』と告げています! この事案は、単なる情報の固定ではありません! 『真実の階層化』に基づき、隊長がこの戦術をとると、隊長が過去に実行した全ての『客観的事実に基づいた行動』、例えば過去の事案の『論理的な解決』は、即座に『主観的な虚偽に基づいた失敗』として認識され、隊長の『論理的な思考回路』そのものが剥奪され、魔法演算が停止します!」
カノンの警告が現実となる。アウラが『客観的な事実の価値』を注入しようとした瞬間、クロノス・ドグマの反作用が、彼女自身の『論理的な思考』を否定した。
アウラのデバイスが、金色の光を放つ直前で、一瞬揺らぎ、不確実な光を放つ。
「わたしの……論理的な判断が、定まらない……?」
彼女の脳内で、『客観的な成功ルート(論理的な証明)』の情報と、『主観的な幸福ルート(個人的な信念の堅持)』の情報が、再び激しく衝突し、未だ回復しきれていない『価値判断の二項対立』による認識の乖離が一気に増幅した。
「くっ……『客観的な事実』の情報が、内部でノイズ化されている……。この空間にとって、一人の人間の主観から逸脱したわたしの行動は、『意味のない虚偽』でしかない……!」
アウラが次の行動を選択しようとしても、その『行動の論理的根拠』そのものが、事案空間によって『歴史の修正者に都合の悪い、偽りの情報の揺らぎ』として処理され、彼女の身体は、意図とは無関係な、論理性のない不確実な動きへと逸らされ始める。これは、彼女の『真実の認識』そのものへの、最後の、極めて個人的な攻撃であった。
◇ 絆の介入:真実の共有
「隊長! 論理を停止しないで! これは、わたしたちの『情報の共有』を否定する魔法です! 隊長の『客観的な真実』が、『歴史修正者の主観』から切り離されているために、無力化されている!」
カノンは、資料室から手稿の核を破壊する魔法を行使しようとはしなかった。核の破壊は、歴史学者の『真実』を『現在から永遠に否定する行為』と認識され、逆に残留思念を『唯一の真実』として凝結させてしまう。
カノンは、自らの演算を限界まで高め、アウラに語りかける。それは、『客観的な真実』ではなく、『二人の間に存在する、唯一の主観的な共有事実』を再び介入させる試みであった。
「隊長が信じる『真実』は、世界の歴史書に刻まれた客観的な事実ではありません! それは、『わたしが、隊長と共に戦ってきた、一瞬一瞬の記憶』です! 隊長にとっての真実は、『歴史の正史』ではなく、『今、わたしが隊長の隣で、あなたと共にいるという、この一秒の共有事実』にあります!」
カノンは、複雑な『|共有記憶に基づく因果経路の再構築』の魔法を発動させた。これは、アウラを『客観的な事実の証明者』という役割ではなく、『カノンと真実を共有する、隣の存在』という『主観的な共有真実』で定義し直す行為であった。
「『わたしたちのための、現在の共有事実』、起動!」
淡い青の光が、カノンのいる資料室から、アウラへと一筋の線となって伸びる。
その光を浴びた瞬間、アウラの身体を襲っていた『論理的な揺らぎ』が止まる。
彼女の瞳に、再び強い意志が宿る。しかし、それは『論理』ではなく、『信念』の光であった。
「カノン……ありがとう。わたしの真実を、『客観的な歴史』からではなく、『現在の共有事実』で、因果律に再登録したのか」
彼女のデバイスが再び、『全ての真実を許容する』淡い金色の光を放つ。
『ヒストリカル・リライター』は、『客観的な事実』から切り離され、『二人の主観的な共有真実』によって定義し直されたアウラを、もはや『無価値な虚偽』として処理できない。
『歴史には刻まれない、しかし、誰かと共有された、確固たる一瞬の事実』
それは、クロノス・ドグマが最も否定し、最も理解できない『個人の絆の真実』であった。
「『真実の共有』、発動!」
アウラの魔法は、手稿の核に凝集するクロノス・ドグマに対し、『客観的な歴史』と『共有された一瞬の記憶』が、『二人の人間にとって、等価の真実の重みを持つ』という、『主観的な共有真実の絶対性』を強制的に刻み込んだ。
「公的な歴史も、個人的な記憶も、全てが『その時間を構成する、等価の真実』だ! 一人の人間が定めた『固定された唯一の真実』は、存在しない!」
激しい拒絶のノイズと共に、『ヒストリカル・リライター』は、その不定形の身体を『真実の多面性』、すなわち、『公的な歴史も、個人的な記憶も、全てを許容する、穏やかな情報の流れ』へと還元させられ、消滅した。
◇ ペナルティと代償、そして穏やかな帰還
「事象収束を確認。外部時間との同期を再確立します」
カノンの報告に、アウラは大きく息を吐いた。
彼女の脳内の認識の乖離は収束していたが、魔法の反動で、彼女の『真実の認識』が一時的に混乱していた。
「問題ない。カノンのおかげで、『自己真実の再定義』の代償は軽微で済んだ。ただ……わたしにとっての『真実』は、一時的に『カノンとの共有記憶』という、主観的な定義に上書きされた。しばらくは、『公的な歴史の書類』が、『カノンとの任務のアルバム』としてしか認識できないだろう」
アウラは、資料室から現れたカノンへと一歩踏み出し、彼女の手を取った。
カノンは驚きに目を見開くが、その手の温もりを否定することはしなかった。
「隊長……もう、任務は完了です。撤収しましょう」
「ああ、そうだな。撤収だ」
アウラは、手を握ったまま、歴史記録保管庫の出口へと歩を進める。
彼女の瞳は、もう『過去の功績』や『唯一の真実』といった『固定された時間』の核を追うことはなかった。
「この先、わたしたちの『時間』は続く。どんな事案が起きようと、わたしたちは今この瞬間も、『共に時間を歩み、事実を共有している』、それがわたしにとって、唯一にして、揺るぎのない真実だ」
彼女は、握った手にわずかに力を込める。
カノンは、いつもの冷静な演算を少し崩し、穏やかに微笑んだ。
「はい、隊長。わたしたちの『現在』は、誰にも修正できません」
彼女らが踏み出した次の一歩は、『歴史の正史』ではなく、『二人が共に進む、穏やかな日常』へと繋がっていた。
「クロノ・マギカ」全十篇で終了です。ご愛読ありがとうございました。
次回からは「契約の魔法少女/マギカ・コントラクト」全十三篇の更新となります。
間に合えば「散ル散ル未散ル/REBOOT」も投稿します。こちらは連載と同時進行で、とりあえずキリのいいところまで書きます。無印とは設定や展開が若干変わってます。
どちらも2025/12/28 18:10投稿の予定です。




