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第一種因果律違反事案:「断片化する三〇〇秒」

 我々は、時を制する者ではない。時を防衛する、一兵士である。──クロノ・マギカ隊 隊長 アウラ・コレット



 第一種因果律違反事案:「断片化する三〇〇秒」



 その廃ビルは、コンクリートと鉄筋の残骸が折り重なる、典型的な『時間残滓タイム・デブリ』の飽和空間だった。

 本来、この場所の時間の流れは、外界と寸分違わぬはずだ。しかし、このビルは今、『三〇〇秒』という時間の檻に閉じ込められている。


「カノン、カウントダウンは?」


 通信越しに、隊長であるアウラ・コレットの硬質な声が飛ぶ。彼女の背後には、空に浮かぶ巨大なクロノメーターの幻影が透けている。秒針が、物理法則を無視して、同じ位置を二回、三回と指し続ける。


「現在、外界時間との同期率は1.0 \times 10^{-4}(10のマイナス4乗)。事象継続時間は二九八、二九九、二九七、三〇〇、二九六……不安定です。秒の定義が、ビット化して崩壊しています!」


 カノン・シノノメは、鉄骨の陰で息を殺す。彼女の専門は、『律速演算タイム・レギュレーション』と言う。

 時間という物理量をデジタルデータとして捉えながら、その『バグ』を修正する。だが、今回の敵は、単なるバグではない。


 敵の名は、「フラグメント」


 因果律の裂け目から零れ落ちた、『時間のノイズ』そのものだ。それは、不定形の、光の粒子と影の渦が混ざり合ったような存在で、ビルの中を不規則に飛び回っている。

 フラグメントが通過した箇所は、時間が文字通りに『断片化』する。五秒前の光景が残存し、二秒後の破片が混ざり込む。もし人体に触れれば、その者は五秒前の記憶と、二秒後の肉体の両方を持ち、一つの存在として矛盾を内包したまま『現在』という座標から消滅するだろう。


「アウラ隊長、過去の汚染パスト・コンタミネーションを確認。十年前、このビルから飛び降りた男の『後悔』が、フラグメントの触媒になっています!」

「やはり、感情エモーションがトリガーか。彼奴らは、我々自身の『ああすればよかった』という、最も人間的な欠陥を好んで喰らう」


 アウラは、懐から取り出したペンダント型の端末、クロノ・デバイスを強く握りしめた。



 ◇魔法の行使:時間の収縮と解放



 アウラは、フラグメントが次に通過するであろう、倒壊したエレベーターシャフトを予測した。


「カノン、シャフト内の時間を、無限収縮インフィニット・クロック! 目標、外界時間比、1.0 \times 10^{6}(10の6乗) !」

「了解! ……実行!」


 カノンが演算を終えると、エレベーターシャフトの内部だけ、時間が極限にまで遅延した。外側から見れば、それはただの空洞だが、内部では一秒が百万秒に引き延ばされている。シャフト内の空気分子は、その極端な遅延により、質量を伴った粘性体のように硬化する。

 フラグメントは、時空の歪みをセンサーとする。収縮空間に引き寄せられ、シャフトへ突入した。

 アウラは、その瞬間を待っていた。


局所的遡及ローカル・リワインド、発動!」


 アウラのデバイスが、青白い光を放った。ターゲットは、シャフト内部に凝固したフラグメントの質量。


 時間を巻き戻す。ただし、一瞬だけ、ほんの0.001秒だけ。


 果たして、フラグメントは凝固する直前の、『単なる光の粒子』の状態に戻った。そして次の瞬間、カノンの収縮魔法が解除される。

 時間の一方的な遅延と、それに続く解除。これは、一種の『時間の暴力』だ。

 圧縮と解放のエネルギーを浴びたフラグメントは、悲鳴のようなノイズを発し、その不定形の身体を『未来の破片』、つまり単なる熱エネルギー及び光子へと変換させられ、消滅した。



 ◇ペナルティと代償



「事象収束を確認! 外部時間との同期を再確立します」


 カノンの報告に、アウラは静かに頷いた。

 しかし、彼女の左腕から、デバイスを握っていた指先にかけて、皮膚に亀裂が走り始めた。


「……隊長! また、因果の反動カザリティ・リコイルですか!」

「問題ない。局所的遡及は、常に『自己存在の修正』を要求する。0.001秒の時間を改変する代償として、わたしの存在の0.001%が、なかったことにされるだけだ」


 アウラは、痛みに顔を歪めることもなく、左腕の亀裂をじっと見つめる。それは、時間の流れに逆らう行為が、どれほど彼女自身の存在を摩耗させるかを物語っていた。

 彼女たちは、過去や未来を変えようとする者を罰するのではない。

 彼女たちは、『今、ここにある時間』の、あまりにも脆く、あまりにも絶対的な連続性を守る。

 そして、その戦場には、常に、「あの時、ああすればよかった」という、人類が生み出した最も根源的な後悔の残滓が、漂っているのだ。

 アウラは、亀裂が消滅し、皮膚が滑らかに戻った腕を軽く振った。


「撤収。次の『時間の汚染』は、おそらく三日後の、『未来を呪った者』の残留思念が引き起こすだろう」


 彼女の瞳は、常に過ぎ去り、そして流れ続ける現在のその一点を見据えていた。それは、終わりのない、時間の防衛戦である。

最後まで読んで頂いてありがとうございました!

次回更新は2025/12/19 18:10です。

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