カチコミ
自室に帰るとヤミボウズが待っていて、出かける時にお見送りしてもらえる生活というのは非常にいいものです。
これが推しと暮らすという感覚なのでしょうか。
本当にニグルム寮の部屋なのかと疑われるくらい物がない私の部屋が、ヤミボウズ一匹でこんなにも殺風景から程遠い空間になるなんて。
「それでは、行って参ります」
ヤミボウズを入手して二週間後の土曜日、机の上のヤミボウズにそう声をかけて外に出ます。
今日は本当になんの用事もないため、朝から的当てをするつもりです。
的当てに飽きたら午後は学園の外に出て魔物の駆除で一攫千金もありかもしれません。
なんて思いつつ訓練場に到着、いつものように的当てを開始。
ぶっ続けで二回やったところで人の声が聞こえてきたので振り返ると、訓練場の入り口のところに聖女様とトープさん、ウッドハウスくんと別のクラスの新ニグルム寮生が二人立っていました。
「おや、ここにこれだけ人が集まるのは珍しい。使います? スペースあるので何人かなら同時に使えますよ」
そう問いかけると全員に首を横に振られました。
じゃあなんでこんなところにと話を聞いてみると、トープさんがここにいるのを発見した聖女様は彼女が私に余計なことをしないように監視、そこに死にかけのきのこ菌株と食虫植物を聖女パワーで治してもらえないかと頼みにきた新ニグルム寮生二人が現れ、日課の散歩をしていたウッドハウスくんが訓練場に私以外の人がいるのを珍しがって寄ってきた、というような感じだったらしいです。
そういうわけで、全員訓練場に用事があったわけではなかったご様子。
用事がないならさっさと散ってくれるといいなと思ったその瞬間でした。
全身に嫌な圧。敵意、殺意、それに類似した何か。
「杭、貫け」
ほぼ反射で杖を振って杭を飛ばします。
飛ばした杭は聖女様の顔面スレスレを通って、背後にいた鳥型の魔物の頭に命中。
その場にいた全員には私が聖女様に突然魔法を向けたように見えたのでしょう、全員が一瞬唖然としますが、すぐに私が撃ち抜いた魔物に視線をやって驚愕しました。
「え? 魔物……? しかし、学園敷地内には魔物が入ってこられないように結界がはってあるんじゃ……なかったでござるか?」
きのこさん (仮)が魔物と私を交互に見てそう呟きました。
周辺の魔力および視界に異常を検知、方向およびおおよその距離確認、把握完了。
「杭、数量指定三十二、掃射」
先ほどの鳥とは一拍遅れて三十二体の魔物が出現、とりあえず杭で仕留めます。
「この学園には魔物や外部の侵入者を防ぐ結界があります。許可がなければ召喚術や転移魔法の類も行えません。……ですが今はその結界が何者かによって破られてしまったようですね」
状況把握、視界に異常なし、先ほどの掃射でこの辺りの魔物の駆除には成功したと思われる。
ただし、それは一時的なものに過ぎないと推測、何故なら。
「結界の破壊及びおそらく召喚術による魔物の大量召喚……つまりこれは」
私がそう言っている最中に寮内にけたたましい警報音が鳴り響きました。
『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! お休みだからとまだベッドでねんねしているだらしない寮生は今すぐ飛び起きたまえ!!』
警報音の後、音声拡張魔法による放送が寮中に響きます、これは寮長の声です。
『ニグルム寮の諸君。すでに気付いている寮生もいると思うけど……現在この寮、というか学園全体が襲撃を受けている。そう、カチコミだ』
やはりカチコミですか。
聖女様を狙う悪人共の仕業なのかそうでないのか、それは私にはあまり関係ありますまい。
『下手人は学園にはられている侵入者避けの結界をぶっ壊し、その上で魔物の大量召喚を行いやがったらしい。現時点で下手人のうちの数名を捕縛しているが、まだ寮内に残っている可能性は高い、注意したまえ』
自分の予想はおおよそあたっていたようでした、結界の破壊と魔物の大量召喚。
それが混乱を招くために行われたものなのか、それとも召喚した魔物に誰かを仕留めさせたいのか。
下手人の思惑など、私には関係ありませんけどね。
『わかっているとは思うけどカチコミ時の注意点を。その一、人死には出さない。その二、寮は綺麗に美しく。その三、僕らは学生だ、殺しさえしなければ『怖くて手元が狂って……』という言い訳が使える』
今の所、周辺に人間の不審者はいませんが今後遭遇する可能性は十分あります。
要するに身体の真ん中さえ外せばいいのです、基本足か腕を狙えばそれで良いでしょう。
『そういうわけで以上三点に注意して、やっちまえーー!!』
その号令の直後、寮のあちこちから「ヒャッハー!!」という雄叫びが。
カチコミ時にヒャッハーするのは中等部も高等部も変わりないんだなと思いつつ、ノリと勢いで私もヒャッハーと叫んでおきました。
新ニグルム寮生の方を見ると、ドン引きしてました。
「えー、聖女様、多分有事の際の避難経路とか避難場所があると思うんで、それに従って安全な場所にお逃げくださいな。その他新ニグルム寮生の方は急いで自室に戻って立てこもるか寮外への避難をお勧めします。では、失礼しますね」
「待った!!」
業務連絡および最低限のフォローを済ませて足早に立ち去ろうとすると、ウッドハウスくんに呼び止められました。
「はい、なんでしょうか?」
「今の放送何!?」
「え? 襲撃されたからやりすぎないようにという注意喚起ですが」
ここ十数年でうちの寮生が人を殺したことはないらしいのですが、過去に事故で死者が出てしまったことがあるらしく、毎回注意喚起されるのです。
私の杭も心臓や頭に刺さってしまうと人は死にますからね、人には当てない、当てざるをえない時は急所を絶対に外すように気をつけています。
「というかティールはどこに何をしに行く気だ!?」
「そりゃあうちの寮にカチコミやがった愚か者……というか召喚されまくったらしい魔物の撃退に行きますけど」
何故されるのかわからない質問にそう答えました。
寮に手を出されたとあっては黙っていられません。
下手人は発見次第串刺しです。魔物も当然全て駆除します。
うちに手を出したことを死ぬほど後悔させてやらねばなりますまい。
「生徒が撃退側に回るのはおかしいだろう!? 全員避難するのが普通……」
普通、とそう言ったウッドハウスさんの顔が私を見て大きく引き攣りました。
「それはニグルム寮以外の普通ですね。ニグルム寮生は避難指示を出してもカチコミという非日常にテンション上がるかブチ切れて勝手に襲撃者を撃退しに行っちゃうんで、それなら最初から避難指示なんか出さずに撃退指示出した方がいいということになっているんですよ」
「この寮そんなにやばいのか!?」
「はい」
そう答えたと同時にドーン!!! という爆発音。そのうちきっとファンタスティックという叫び声や恐怖のどん底に落とされた者達の断末魔が響き渡るのでしょう。
「おや、はじまりましたね。私もこうしちゃいられません」
「……オレらも戦った方がいいのか?」
そう問いかけてきたウッドハウスさんに首を横に振りました。
「いえ、新ニグルム寮生の方は素直に隠れるか避難した方が無難です。下手したら襲撃者じゃなくてうちの寮生の流れ弾くらうかもなので。あなたたち、まだうちには慣れてないでしょう? ……ええと、聖女様、緊急事態時の避難場所とかって連携されてますよね? ここにいる新ニグルム寮生の皆さんの引率頼めます? その場所が聖女様関係者のみ使用可とかじゃなければですけど」
「……承りましたわ。わたくしも出たい気持ちはありますが、わたくしが避難しないと現場が混乱する可能性がありますので、今日は大人しく避難および皆様の引率を引き受けます」
ダメ元で頼んでみたら意外なことに大丈夫でした、言ってみるものですね。
「では、聖女様、皆さんを頼みます。……今度こそ失礼しますね」
「おい、待て」
後ろ手を掴まれて振り返ります。
私の手を掴んだのはトープさんでした。
「お前も逃げるんだよ」
「何故私が逃げなければならないんです? 寮内に敵が溢れているというのに」
「だからだよ!! いいからお前も来い!!」
グイグイと引っ張られる手を無理矢理振り解きました。
こんなところであんまり無駄な時間を使いたくないのです。
「嫌です」
「……なら、俺も残る」
「ダメに決まってるじゃないですか。トープさんのお仕事は聖女様の護衛でしょう? だからあなたは彼女と一緒に避難してください……新ニグルム寮生の方、この人無理矢理でいいので連れてっちゃってくださいな」
トープさんの後ろの方にいる皆さんに視線を送ると、小さく頷いた聖女様がトープさんの身体をさっと抱き上げました。
いわゆるお姫様抱っこというやつです。
「おお、流石聖女様……」
「ジルはこのまま連れて行きますわ。どうかご武運を!! さあ皆様、行きますわよ!!」
そう言ってトープさんをお姫様抱っこしたまま颯爽と駆け出した聖女様に困惑顔の新ニグルム寮生達が続きます。
「てめぇふざけんな!!」
トープさんはすごい顔で怒鳴り散らしながら抵抗しているようでしたが、普通に抑え込まれています。
途中で抜け出しかけそうになっていましたがウッドハウスくんが影魔法でトープさんの動きを止めてそれを阻止、ナイスです。
「それにしても……護衛対象にお姫様抱っこで避難させられる護衛の人って……普通逆では?」
あれでいいのでしょうかと思いましたが、まあ別にどうでもいいでしょう。
ひとまず、ニグルムに慣れていない方々には退場していただくことに成功、あとはひたすら串刺して串刺して、たまに蜂の巣を作る単純作業を続けるだけです。
ひとまず魔物の魔力が多そうなところを感覚で探ってそちらに向かい、あとはひたすら杭を撃ち続ける単純作業が続きました。
やっていることは普段の的当てとそう変わりありません。
違いはその的が生きているかどうかと大きさ、向こうの移動速度くらいです。
撃って撃って撃ちまくって、移動。
撃って撃ってたまにしぶとい奴は蜂の巣にして、移動。
ニグルム寮の敷地はそこそこ広いのですが、召喚された範囲がかなり広範囲だったらしくどこに行っても大体魔物と遭遇します。
数百、おそらく千は超えていなかったと思います。
細々とした魔物にしか行き当たっていなかったのですが、庭園北エリアの湖付近で、私はそれに遭遇しました。
とてつもなく巨大なスライムでした。
スライムは内部に存在する核にダメージを与えれば簡単に倒せるのですが、そのスライムはあまりにも巨大過ぎました。
私の杭では核に届かず、ダメージを与えることができません。
もう少し小さければどうにかなったのでしょうけど。
このまましつこく杭を撃ち続ければいつかは杭に到達するかもしれませんが、時間の無駄でしょう。
というわけで別の誰か、できれば爆破三連娘のところまで誘導することにしましょう。
時々聞こえてくる爆発音から大体の位置は割り出せるので、時折スライムを牽制しつつ走ります。
途中で筋肉バカに遭遇しました。
「ぬわーーーーーーー!!!?」
「おバカ!」
筋肉バカ、巨大スライム相手に無謀にも筋肉で立ち向かい敗北。
どうにか自力で抜け出しましたが、全身ヌメヌメにされてしょんもりしてます。
しかもあのスライム、触れたものに変な呪いでもかける効果でもあったのか筋肉バカのメンタルに大ダメージが。
見たことがないくらい虚な顔で「もうどうでもいい」とか言ってしゃがみ込みやがったので、手を引っ張って無理矢理立たせてどうにか私に並走させました。
すごくやる気と気力のない走り方なのに私のそこそこ全力ダッシュとそう変わらない速度なのはなんなんでしょうかね。
さらにファンタスティック毒野郎と遭遇、この時点で嫌な予感はしていました。
「ファンタスティ――――ック!!」
「おバカ!!」
面白がったファンタスティック毒野郎がスライムに毒を注入しやがりました。
スライム、ファンタスティックな毒と謎反応をしてさらに巨大化&活性化。
気落ちした筋肉バカとファンタスティックな反応にテンション爆上げな毒野郎を引き連れ、爆発音が聞こえる方、庭園東エリアに向かってひた走ります。
そしてどうにか爆破娘達と合流、盛大にドーンしちゃってくださいと即座にお願いしました。
「あっごめーん」
「増えちゃった」
「あはは、おもしろー」
スライム、三連爆破を喰らって呆気なく爆散、したかと思いきや分裂して復活しやがりました。
「なんで今のでトドメになってないんですか!?」
「わかんなーい」
「ちゃんとドーンしたよ?」
「うん、全力でやった」
そこでフハハハハという哄笑が。
「素晴らしい!! まさかあの組み合わせの毒を注入することであのような反応をするとは驚きだ!! 以前別のスライムで試した時はただ崩壊するだけだったのに、耐え切るとああなるのか!! まさに、ファンタスティック!!」
「あなたのせいですか!!」
爆破がトドメにならず分裂復活を招いたのはどうやら毒野郎のせいだったことが発覚、そんな気はしていたんです。
鋼の杭で分裂したスライムを一匹ずつ串刺しにしていきます、増えた分縮んだので私の杭が通じるようになりましたが、数が多すぎてキリがありません。
「ワタシのお花が――!」
「ギャーー、うちのコレクションがあああああ!!!!」
実は意外と良心がある花吹雪と翅中毒が加勢にやってきてくれたのは良かったものの、花吹雪の花と翅中毒自慢の翅武器をスライムが吸収、花と虫の翅を取り込んでグロテスクな感じになったスライムの群れが出来上がりました。
私の杭は突き刺さった直後に消えるように設計してるので取り込まれていないのですが、二人の魔法と武器はダメでした。
「ぱにっくほらー、ぱにっくほらーなのね……!!」
「口を動かす前に手を動かしてください!」
騒ぎを聞きつけやってきた一人お化け屋敷がグロテスクなスライムの群れに目を輝かせました、今それどころじゃないんですよ。
ひとまず杭でスライムを撃ち抜き続けますが、数が多すぎるというかなんかぬるんぬるん分裂し続けているので間に合いません。
メンタルブレイクした筋肉バカ以外が応戦していますが、あんまり効いてなさそうです。
爆破三連娘はひたすら爆破、毒野郎は毒を注入し続けてスライムをヘナヘナにしていますがたまに妙な反応を引き起こしファンタスティックと叫んでいます。
花吹雪は花魔法から肉体強化魔法に切り替えスライムを鉄靴で蹴潰し続け、コレクションを奪われ鬼の顔になった翅中毒が杖を棍棒に変化させてスライムをボッコボコに叩き潰し、普段は恐怖魔法メインな一人お化け屋敷は鬼火でスライムをジュッとしてます。
「ぐわあああっ!! 吾輩のホネホネ君三号機があああああ!!!」
「なんてことしてくれるんですか!!?」
内部生一年のニグルム寮生が多数集まっても苦戦するスライムの群れ。
そんな危機を察知し、ドラゴン内臓愛好クラブ部長がドラゴンの骨を加工して組み合わせた自慢の巨人型骨人形を引き連れ颯爽と加勢しにきたまではよかったんです。
ホネホネ君三号機がスライムを十数匹単位で踏み潰しはじめた時には、どうにかなったと思いました。
しかし、しぶといスライム達は突如一斉にホネホネ君三号機に群がり、そして完全に取り込んでしまいした。
ニグルム寮の庭園に、ドラゴンの骨で作られた巨人を骨格に、花と虫の翅でグロテスクに彩られたスライムの肉を持つ怪生物が誕生しました。
ついでに注入された多種多様な毒物のせいで、スライムそのものがヘドロに肉片を混ぜ込んだみたいな色合いに変色しています。
そしてドラゴンの骨なんていう強力な魔法物質を取り込み骨格としたことで、スライムはとんでもなくパワーアップ。
これ、収拾つくんでしょうかね。




