表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜂の巣と聖女の護衛  作者: 朝霧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/17

チュートリアルキャラ、役目を終える

 それから一週間くらい、平和な日々が続きました。

 聖女様関連でのトラブルは意外なことに一件も起こっていません、一回くらい悪人の襲撃イベントが発生すると思っていたのですが、なにもありませんでした。

 新ニグルム寮生の皆さんはまだニグルムには慣れていませんし、我が同学生達の奇行に絶叫をあげていますが、その程度で済んでいるのならじきに馴染むでしょう。

 聖女様は基本的に寮にいる時はトープさんと、クラスでは護衛の四人と行動を共にすることが多いようです、一応彼ら以外にもアルブムとルブルムの女子生徒のご友人ができたようでした。

 ここで、現時点でのA組新ニグルム寮生に関する所感を述べてみましょう。

 まずは学園で話題の女となっているマリーナ・ローズドラジェについて。

 聖女であるため得意魔法は当然聖魔法と治癒魔法、それ以外はあんまりという感じであるようです。

 一見すると我儘系お嬢様みたいな感じですが、これは彼女の家が結構なお金持ちであることが理由であるそうです。

 我儘系と言いつつ実はそこまで我儘でもなければ無理難題を人に押し付けるような人でもありません、割と普通の人という印象。

 ただしこの聖女様、聖女になってからは使えなくなったとのことですが、元々は肉体強化魔法を使ったバリバリの武闘派だったそうです。

 肉体強化魔法を使えなくなって、前線から押しやられた彼女はそれでもこう考えました。

 自分が前線に出た方が早い、と。

 そうして編み出されたのが聖女式ゾンビ殺法、どれだけ怪我を負おうとも治癒魔法で即回復して前線で敵をぶん殴り続ける、まことに脳筋な戦闘スタイル。

 うーん、これはニグルム寮生。

 次、ジル・トープ。私の中でとある人物の女装姿なのではというトンチキな疑惑のある可愛らしい女生徒です。

 得意魔法は闇魔法、それ以外はそつなくこなすという印象の方です。こういう感じの人に昔しょっちゅう殴られていた気がします。

 彼女は聖女様の護衛としてこの学園に入学してきたとのこと。

 本当だったら聖女の四騎士のうちの一人であるアダマス・グラファイト氏が入学予定だったそうなのですが、諸事情あってグラファイト氏は入学できなくなったので、急遽トープさんが代わりに入学することになった、とのこと。

 とても愛らしい美少女ですが、何故か一人称が俺で男性口調です、こういう喋り方の人に昔よくパシリにされていましたっけ。

 可愛らしい容姿と男性口調のギャップがいいとのことで、学園内ではキュートでプリティな俺っ子として密かに人気が出始めています、これはそのうちファンクラブができるでしょう。

 男性口調の美少女、ついでに割と思想が過激派寄りというかなんか結構な歪みっぷりを感じる時があるので、ニグルム寮生といえばニグルム寮生でしょう。

 最後、ユーイン・ウッドハウス。

 得意魔法は影魔法と植物魔法、それ以外は使える魔法にムラがあるという印象。

 影魔法は使い手というか扱える人がかなり少ない魔法ですが、この年齢でかなり使いこなしているようです。

 見た目は普通の少し大型な少年、少しぶっきらぼうなところがありますが、本当にニグルム寮生なのかと疑わしいくらいかなりまともな方です。

 所感終わり。

 ひとまず、私の同学生というか、去年の中等部三年のニグルム寮生と比べるとニグルム感が薄い方達でした、本当に良かったです。

 というか私の代が特別おかしかっただけなんですよね、多分。

 三人ともニグルム寮生であるにも関わらず孤立せず、ニグルム寮生だからと避けられず、他寮生とも普通に交流できているようでした。

 寮長から頼まれていた聖女様も、特に問題なく学園生活を謳歌されているようです。

 私のチュートリアルキャラとしての役割は初日の道案内のみで終わったようです、終わってよかったと心の底から思います。

 あとは護衛の四人とアルブムとルブルムの子達に聖女様の学園生活を任せてしまって問題ないでしょう。ニグルム寮生達の奇行には、ほっといても慣れてくれるでしょうし。

 ちなみにトープさん以外の護衛四人から私への接触は特にありませんでした、トープさん以外誰も勘付いていないようです。

 というかそれが普通なのです、トープさんがおかしいだけで。

 そのトープさんからも、あれ以降特に何もありませんでした。

 思い過ごしとか気のせいだったと思い直してくれているといいのですけど。

 あの頃に比べると私は随分変わりました、見た目もですけど、中身も。

 今の私の座右の銘は先手必勝と数撃ちゃ当たるです、昔の自分が今の自分を見たら二度見するかもしれません。

 けど、記憶喪失状態で十ヶ月くらいこの狂った寮で生活していたのですから、こう成り果てたのは当然の結果だったのでしょう。

 後悔は一つもありません、この澄み切った夕空のように、なんにも。

「平和ですね……」

 休日の夕方、いつものようにマト当てを終わらせた直後に美しい夕空を見上げて思わずそんなことを呟いていました。

「精が出るな、ティール」

「あら、ウッドハウスくん。こんにちは。あなたも訓練に?」

「いや、適当に散歩してただけ」

 この寮で散歩するのは危険ですよと注意すべきか悩んでやめました。

 危ないのをわかっていて散歩しているのでしょう、というかここに早く慣れるためにそうしているのかもしれません。

「というか、お前以外に誰も利用者いないんだな、ここ」

「訓練場で真面目に訓練する人はうちの寮にはあんまりいないみたいです」

「ふーん」

 ニグルム寮にはあまりにつかわしくないまともな会話でした、まさか同じ寮の同級生とこんなにまともな会話ができる日が来るとは。

 ウッドハウスくんはニグルム寮生なのが信じられないくらい、かなりまともな方でした。

 聖女様ですらこの一週間で「なるほどこれはニグルム寮生」という片鱗が見えているのに、彼だけはずっとまともでした。

 本当にまともなのか、実はどこかが致命的におかしいのか、それともまともに振る舞うのがとても上手なのか。

 そのどれであっても私は別にどうでもいいのです、ただこの代のニグルム寮生ベストオブまともの看板を押し付けられるのならそれだけで十分です。

 ちなみにA組以外の新ニグルム寮生はちょっとはっちゃけたところがありますが、私含めた内部生の一年に比べるとそれほど大したことがないという人が今のところは多い印象です。

 ひょっとしたら寮長から一番マシと言われた私が全然マシでもなんでもない扱いされる日が来るのかもしれません、来ない可能性も多少ありますが、来てくれることを祈りましょう。

「オレ、そろそろ夕飯食べに行くんだけど、お前は?」

「んー、そうですね。キリがいいですし……私もそろそろ……」

 よろしければご一緒に、なんと言葉を続けかけたその時。

 そこで悍ましい視線を感じました。

 うっかり杖を抜きそうになりましたが、どうにか堪えます。

 ウッドハウスくんは気付いていないようでした、あるいは気付いた上で私と同様に気付いていないふりをしているのでしょうか。

 このまま謎の視線に怖気付くべきなのか、それとも気にしないべきか。

 ニグルム寮生なら当然後者を選びます。

 ですが、いずれニグルム寮生ベストオブまともを背負うことになるウッドハウスくんを巻き込むのはあまりにも忍びありません。

「けれどお片付けが先ですね。片付けた後に夕食休憩としましょう」

「ふーん、そう。んじゃ、またな」

「ええ、また」

 その「また」が本日の夕食時になるのか、それ以降になるのかは気にしても意味がないでしょう。

 ウッドハウスくんが立ち去った後、悍ましい視線に気付かないふりをしつつ、ささっとお片付けを済ませました。

 訓練場を出ようと一歩を踏み出したところで、後ろから何者かに肩を掴まれ引き摺り倒されました。

 人間かつ不審者ではないと判断して杖を抜かずにいた私を盛大に褒めて欲しいものです。

 蜂の巣にする余裕は十分すぎるほどありました、しかし基本は無害な寮生相手にそれをするのは大変よろしくないでしょうから。

「男に媚び売って楽しい?」

 私を引き摺り倒したその人、トープさんは私に馬乗りになって心底不愉快そうな顔でそう言いました。

 馬乗りにされていますがトープさんは私よりも若干背が高いくらいの小柄な方なので、全力で押し除けようとすれば簡単に押し除けられるでしょう。

 至近距離でその顔を見てもアダマス様似の美少女にしか見えません。本当に女の子にしか見えないです。

 なので彼女がもしも『彼』であるのなら、エレクトリックフェアリーと違って何か高度な魔法を使って姿そのものを女性のそれに変えているのでしょう、体格や身長も違うのでおそらくきっとそう。

 もしそうならエレクトリックフェアリーブチギレ案件です。

 ただの超絶技巧による変装か、もしくはアダマス様女装して入学説だなんて私の馬鹿馬鹿しい推測が外れていることを祈りましょう。

 トープさんはただ単にアダマス様に顔がそっくりなだけの美少女だった、という方がいろんな意味で都合がいいので本当にそうであって欲しいものです。

 そもそも彼女が『彼』だった場合、なんで女性のフリをしているのかその理由も思いつきませんし、普通にただの別人という可能性の方が高いです。

 けど、トープさんがただ単にアダマス様にそっくりなだけの美少女だった場合、彼女が私に突っかかってくる理由とか特にないんですよね。

 ……というか、仮にアダマス様だとしても絡まれる理由とかは特にないはずなのですが。

 黒い瞳を見つめ返します、非常に見覚えのある闇の塊のようなドス黒いそれを。

「この寮では絶滅危惧種なまともな寮生とのおしゃべりを『男に媚び売る』と言われるのは誠に遺憾ですね」

 冷静にそう答えるとトープさんは盛大に舌打ちしました、舌打ちしたいのは急に引き倒されたこちらなのですけどね。

 けれど私は変人の対応に慣れた立派なニグルム寮生なのでそんなことはしません、今だってそんなに動じていませんし。

「それにしても今の会話から『媚を売る』という言葉が飛び出してくるとは思いませんでしたよ。……あー、ひょっとしてその、トープさんってウッドハウスくんのこと好きだったりします? 大丈夫ですよ、私は彼に一目置いていますが、恋情とかは抱いておりませんので。というか私みたいな地味なブスが恋愛とか、滑稽で笑えます。というか恋愛事にうつつを抜かす暇なんざ、クソザコの私にはないのです」

 曇りなきまなこでしれっとそう言ってみると、トープさんの顔が思い切り歪みました。

「というわけで、誤解も晴れたことで」

「一回黙れ?」

 にこりとまた、わざとらしい作り笑い。

 こちらを睨め付ける黒い瞳は、一切笑っていません。

「馬鹿みたいな話だ、気のせいの可能性の方が高かった」

 ぽつりと彼はそう呟きました。

「だから、少しだけお前のことを調べさせてもらった。……勝手に聞こえてくる他の寮生達と違って大した話は出てこなかったが」

「でしょうね、私、ニグルム寮生の中では大したことやらかしてないので」

 思わず口を挟むとトープさんはムッとした表情になりました。

「……お前の話は結構すぐにいろんなところから聞き出せた。お前、記憶喪失なんだってな。一年前にここの寮長に森の中で拾われて、記憶もなければ素性も不明なお前は高い魔力があるというそれだけの理由でこの学園に保護された」

「ええ、そうですよ。特に隠してはいませんので、私に直接聞いてくれてもかまいませんでしたが」

 隠そうとしても隠せないほど有名な話だったので、特に隠していなかったし隠そうとも思っていませんでした。

「ちなみに魔力があるとは言ってもまともに使えるのは鋼魔法だけなんですけどね。他は全然ですし、しかも実戦でまともに使えるのは鋼の杭で狙撃する程度のザコです」

「……そういえば随分と物騒なあだ名もついているらしいな? 確か、蜂の巣製造機だったか」

「ええ、そんな感じのあだ名がいつの間にか付いてましたね、最近では略して蜂の巣と呼ばれることの方が多いですけど」

 私にできるのは鋼の杭で狙撃しまくる程度なので、私が魔法を使った対象は基本的に穴だらけの蜂の巣状態になるのです。

 だから蜂の巣製造機、最近は製造機が取れて単に蜂の巣。

 今の私に出来ることなんて基本それだけです、それ以外には何にもできません。

 一応頑張れば杭以外の簡単な形のものも作れますが、実戦で使うのはちょっと厳しい感じです。

 故に、彼女もしくは彼のトンチキな推測は見当違いの大外れ、と判断してくれればいいのですけどね。

 そうはいかなそうなところが現実の厳しいところです。

「……今から一年と少し前、お前がこの学園に保護された時期にとある事件が起こった、心当たりはあるか?」

「当時色々ありすぎて知らなかったんですけど、ちょうどその頃魔王が討伐されて、その時に先代の聖女様がお亡くなりになったから結構な騒ぎになっていた、という話を後々友人から聞きました」

 そう言うとトープさんの顔が心底機嫌悪そうな顔になりました、これは一週間はまともに口を聞いてくれないどころか姿を探しても見つけられない顔です。

 そんな顔するのなら私の平穏な学園生活からフェードアウトしてほしいのですけどね。

「……正確には生死は不明の行方不明だ。死体は見つかっていない」

「らしいですね。ただ、代替わり……ローズドラジェさんが新たな聖女になったから、先代の聖女様の生存は絶望的だという話も聞いたことがあります」

 あくまで他人事として、タマス・ティールというただの学生が知っているだけの情報を口にしました。

 余計なことは語りますまい、私はあくまで名前も何も覚えていない状態で保護されそのまま学生やってるだけの人間です。

「…………ああ、そうだな、世間一般的にはそういうことになっている。俺だってあいつが生きているとは思っていなかった。何日も何週間も何ヶ月もその死体を探して、それでも欠片一つも見つからなかったがな」

 嘘吐きですねこの人は、どうせ探しもしなかったくせに。

 アダマス・グラファイトという人は、先代聖女のことを嫌っていました、心の底から彼女のことを嫌っていたのです。

 聖女なんかと関わりたくないと常々口にしていました。大嫌いだって、嫌いで嫌いで仕方がないって言っていました。

 ……彼女が『彼』ではなくただ彼に似た美少女であるのなら、なんらかの理由で先代聖女の死体探しをやっていた可能性はありますけど。

「魔王の最後の一撃を聖魔法で相殺した反動で肉体が消し飛んだのではないか、みたいな話を聞いたことがあります。……もしそうなら、どれだけ探しても遺体は見つからないでしょうね」

 これも友人から聞いた話、聖女様がこの学園にやってくるらしいと噂になった時、先代聖女のことも多少話題になっていました。

 故に、私がそんな話をしても違和感はないでしょう。

 実際はその反動で発生した異常な魔力によって先代の聖女はこの学園近くの森に謎ワープした、というのが真相だったらしいのですが、これは墓場まで持っていく話なので誰にも言う気はありません。

「だろうな、もしもそうならあれの死体はどれだけ探しても見つからない」

「でしょうね。……ところで、何故私に先代の聖女様の話を?」

 そんなことを聞いたところで、こちらが出せる情報など何一つ存在しないというのに。

 出そうと思えば出せますが、出すつもりはありません。

 ですが、ここまで察しが悪いと逆に疑われてしまうかもしれません。

 なのでここで一つ、タマス・ティールという学生が、もしも今現在も記憶喪失だった場合にいかにも言いそうなこと言ってみましょう。

「まさかとは思いますが、先代聖女様が行方不明になったと同じくらいの時期に発見された身元不明で記憶喪失な私を、その先代聖女様なのでは? とか突拍子もない疑いをしてたりします?」

 まあ実際その通りではあるのですが。

 ですが、もしも本当にそんな馬鹿げた疑いを持たれているのであれば、それはこの場で完全に否定させてもらいましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ