ニグルム寮へようこそ
外部生、新ニグルム寮生達を案内しつつ、軽く自己紹介なんかも行いました。
ついでに注意事項も話しておきましょう。
「ああそうだ、外部生もとい新ニグルム寮生の皆様。ニグルム寮にも談話室や訓練場、決闘場など生徒が自由に使える場所や施設がいろいろありますが、基本自室に引きこもっていたほうが身のためですよ」
「それは、何故なのかしら?」
聖女様が不思議そうな顔で首を傾げました、確かに平和で普通の人に囲まれて生きてきた人にとって、私の言葉は奇妙に聞こえるかもしれません。
「ニグルム寮生、特に今年中等部から高等部に上がった一年のニグルム寮生は、私含めて頭のおかしい変人ばかりだからですよ」
当たり前のことを当たり前のように言うと、聖女様を含めた全員が不可解そうな顔をしました。
「ニグルム寮はよくいえば個性豊かな、悪くいえば奇人変人の巣窟です。……今年の一年は数が少ない分変人度合いが高いと言われている代でして、まあなんというか酷いのです。ちょっとしたことで手足魔法その他主に暴力が出る人がほとんどで……新ニグルム寮生の皆さんはそうでないことを祈っていますよ、私は」
せめて私が一番マシな現状からは脱却したいものです。切に願いながらそう言うと、可哀想な新ニグルム寮生達はちょっと引いているような顔をしました。
「それと、一応アドバイスというか注意点をいくつか。……学園敷地内で爆発音やファンタスティックという叫び声が聞こえたらすぐに逃げてください。幽霊に遭遇しても無害なので慌てないこと。寮の庭で裸踊りをしている女生徒を見かけてもいちいち通報しないこと。それと、こちらは男性限定ですが在学中には絶対に女装もしくは魔法道具の類によって女性の姿に変身しないでください、最悪の場合うちの寮というか学園中の電化製品が全滅します。それから……」
つらつらと主に同学生のやばいニグルム寮生に関する注意点を話すと、新ニグルム寮生の皆さんの顔がどんどん引き攣っていきました。
「だ、大丈夫なのかしら、ニグルム寮って……」
「変人や危険人物はそこそこいますけど、慣れれば案外どうにかなりますよ。……ただ、お友達を作るのなら同じニグルム寮生でも新ニグルム寮生にするか、そもそもニグルム寮生の友達なんか作らないことを強くオススメします」
「そんなにやばいのかニグルム寮……」
ウッドハウスさんがドン引き顔でそう言いました、彼にはニグルムのまとも代表の看板を背負って欲しいので、その感性を大事にして欲しいものです。
「ああ、そうだ。最後にもう一つ、とても大切な忠告を。ニグルム寮生は自身の『こだわり』をとても大事にする方が多いのですが、その『こだわり』を誰かに貶された場合、容赦なく暴力を叩き込んでくることがあります。というかそっちの方が大多数です。なので、たとえあなた方が何かを見てそれをどれだけくだらないと思ってもそれを口にしない方が身の為です」
そんな忠告を話しているうちにニグルム寮に到着しました。
「ここがニグルム寮です」
「おお、よかった、見た目は結構まともだ」
ウッドハウスさんが寮の外観を眺めてそんな言葉を漏らしました。
寮に入ると、待ち構えていたのか特にそうではなかったのか、寮長の姿がありました。
「おや、タマ後輩。……それとタマ後輩と同じクラスのうちの寮の子達かな?」
「はい、寮長。こちらうちのクラスの新ニグルム寮生さん達です」
「ふふ、新しい子達を案内してくれたんだね、ありがとう」
寮長は幼い子供にそうするように私の頭を撫でました、同級生の前でそういう事をされるのは少し恥ずかしいような気がします。
「それでは、その案内はボクが引き継ごうかな。改めましてニグルム寮へようこそ。ボクはコルデラ・メルレット。ニグルム寮の寮長だ」
寮長が挨拶すると、ウッドハウスさんを筆頭に新ニグルム寮生達が名乗りました。
「寮長が案内を引き継いでくれるのなら私はここまでですね。では、失礼します」
「え、あ、あぁ……じゃあな」
若干狼狽えたような顔で、というか引き留めたそうな顔のウッドハウスさん達にペコリとお辞儀をして、寮長に「お願いします」とお願いしてからその場をそそくさと立ち去りました。
鋭い視線を感じたのは、きっと気のせいに違いありません。
一度自室に戻って荷物を置いた後、すぐに訓練場に向かいました。
利用者は幸いゼロだったので、中等部の時と同様にいつも通りの訓練を始めます。
高速で動きまくるマトを撃ち抜き続けているうちに、だんだんと冷静になっていきました。
大丈夫、大丈夫、問題などありません。
どうせ気付かれない、せいぜい親族疑惑が出るだけでしょう。
あの頃と今の私の姿はだいぶ異なっています、なのできっと心配は不要なのです。
というかそもそもあの新ニグルム寮生の正体が実はあのアダマス・グラファイトだったなんて私のトンチキな予想が当たるわけないのです、だから問題なんて一つもないのです。
レベル十を五セットぶっ続けで終わらせた頃には、空は赤くなっていました。
少し早いような気がしますが、そろそろ大食堂に向かいましょうか。
入学式の日は帰郷していた上級生達も帰ってくることが多いのもあって、いつもに比べると豪勢な食事が出るのです。
肉料理とデザートをいっぱい食べようと思いつつマトを定位置に片付けて、訓練場の入り口に身体を向けました。
「すごいね、お前」
入り口の前にとても見覚えのある人によく似た女子生徒が立っていました。
その女子生徒、新ニグルム寮生ジル・トープさんはゆっくりとこちらに歩み寄ってきます、その目は何故か獲物に喰らいつく寸前の獣の顔によく似ていて、足が自然に後ろに下がりました。
「本当にすごい。二時間……いやそれ以上もぶっ続けで魔法使ってたのもすごいけど、一度もはずさなかったのが本当にすごい。……尊敬するよ、本当に」
何故か時間を把握されていて怖いのですが。
「それほどでも……」
「謙遜しなくてもいい。本当に純粋に、それだけは心の底からすごいと思ったから」
にこり、と彼女は笑いました、とてもわざとらしい作り笑顔でした。
逃亡に使える魔法を私は使えません、私にできることなんてせいぜい鋼の杭で撃ち抜く程度なのです。
それでも、これは多分逃げたほうがいいのでしょう。
「お前に一つ、聞きたいことがある」
いつの間にか目の前に立っていたトープさんが、私の顎を片手で軽く持ち上げました、最近恋愛漫画にどハマりしたココさんが言うところの顎クイとか言うやつです。
真っ黒な目が、観察するように睨みつけます。
「なんでしょうか、トープさん」
平然とした声でそう聞き返しました。
この寮にいれば、この程度で動揺しないのです。
というか動揺してたら命が危ないのです。
「随分と綺麗な顔で平然としちゃってさあ。まあいい……お前」
そこで悲鳴が聞こえてきました、大絶叫とはこのような声のことを言うのでしょう。
聞こえてきたのは訓練場の外、おそらく庭園の東側あたり。
「おっと、今のお手本通りの絹を裂くような悲鳴は……ローズドラジェさんの声ですね」
「……そうだな」
「一応様子を見に行ってきます。お話はまたいずれ、ということで」
トープさんをひょいっと避けて入り口に向かいます。
何を聞かれたところで基本否定するだけの話なのでここで終わらせてしまってもいいのですが、この人にはあんまり向き合いたくないのでさっさと逃げることにしましょう。
後ろから小さく溜息が聞こえてきました。
「わかった。今回だけは見逃してやる。……確証もない、アホみたいな話だしな」
「はあ。よくわかりませんが失礼します。大した問題じゃないでしょうけど、入学初日で聖女様に死なれでもしたら大問題ですから」
「この寮、平然と人間の死の心配をするほど危険な寮なの?」
狼狽えを隠しきれない疑り深い声に一度だけ振り返ってこう返しました。
「慣れればそうでもないですけど、しばらくは注意したほうがいいと思いますよ。私もここのに来たばかりの頃に三回くらい死にかけたことありますので」
この学園で最も危険な場所は、現時点ではこのニグルム寮ですからね。
「で、結局ドラゴンの胃袋の中で溶けかけてたワーウルフの死骸見て悲鳴あげてただけで、特に命に危険はなかったです」
事前に約束していたわけではありませんが、なんとなく集まった友人達に今回の事件の顛末を語ると、全員が「かわいそうに」と口を揃えて言いました。
「よりによって初日でアレを見ちゃったかー、聖女様かわいそう」
「私が最初に見たやつに比べるとだいぶマシでしたけどね」
「あーねー」
私があの日どんな地獄を見たのか知っていた友人達は心底同情した顔をしました。
「聖女様大丈夫だった? 主にメンタル……」
「ダメでしたね。ショックで気絶して、寮長とトープさんに医務室に運ばれて行きました」
「かわいそうに」
「まあ、そのうち慣れるでしょう。聖女様も一応ニグルム寮生ですし」
そう言いつつローストビーフを口に運びます。
うん、美味しい、柔らかいです。
アレを見た後平然と食事できるようになったのは成長というべきでしょう、たった一年でよくここまであの寮に順応したものだと思います。
「そういやアタシ、聖女様のことまだ一回も見てないんだけど、本当に噂通りの髪と目の色だったの?」
フレーズさんの質問に、私とエビフライを口の中に詰め込んでいたココさんがコクコクと頷きました。
「本当に噂通りならすごいな。聖女になると全員その色になるんだったか?」
「らしいね。今代の聖女様は……先代の聖女様がお亡くなりになって、その代替わりで聖女になってあの色になったって話。元は金髪碧眼だったらしいよ」
「ふーん、そうなのか……というか先代の聖女様ってお亡くなりになられていたんだったか? 確か……」
「あー、行方不明らしいってことだけど、代替わりしたからほぼ……ってことらしいよ。一応、先代聖女様は実はどこかで生きていて、聖女としての力を使い果たしたから代替わりしたかもっていう説もあるらしいけど、一年くらい見つかってないらしいし」
「……そうか」
「それにしても、いきなり髪とか目の色が変わるのって、すごくびっくりしただろうね……わたしだったら大騒ぎしちゃうかも」
「アタシも多分大パニックになる。ミルは大騒ぎしそうだしー……タマは、あんま動揺しなさそうな気がするけど」
「そんなことありませんよ、私だってある日突然こんなに地味な黒と青緑からあんな煌びやかな色に変わったら死ぬほどびっくりすると思います」
いろんな意味で、という言葉は付け加えませんでした。
「えー、ほんとー?」
そんなふうにいつも通りに談笑しつつ、普段よりも豪勢な食事を私達は楽しんだのでしたとさ。
食事を終えて友人達と別れた後、寮の自室に戻りました。
戻る途中で花吹雪が庭園で踊っているのを目撃しましたが、特になんの反応もせずに素通りします。
花吹雪の合間にチラチラ見える丸出しの胸や陰部にあれって大丈夫なのでしょうかと思わなくなったのは去年のいつ頃だったでしょうか、それすらもう思い出せません。
遠くからファンタスティックという叫び声が聞こえてきました、この距離なら毒の餌食になる可能性は極めて低いのでそちらもスルーします。
鮫と人間を滅茶苦茶に組み合わせたような見た目の怪人が「サーメサメサメ」と叫びながら見知らぬ生徒達を追い回していました、彼は狂人的な見た目と言動からは信じられませんが意外と常識人で人に害を及ぼすことは滅多にありません、そんな彼が追い回しているのだから追い回されている生徒は余程のことをしでかしたのでしょう、助け舟は不要です。
目撃した変な寮生のほとんどが一年生だったなあ、と思いつつ、自室に到着。
ドアを閉めて鍵をかけて、そこで急に力が抜けました。
「はは、あはは……」
乾いた笑い声が口から漏れました。
黒い瞳が呪いのように脳裏に浮かびました、あの恐ろしげな黒をもう一度目にすることがあるだなんて、思ってもいなかったのです。
しかもなんでか、勘づかれているようで。
私はこんなにも変わってしまったというのに、何故彼女は、いえ、彼は気付いてしまったのか。




