ちょっとした昔話その2
昔話をしましょうか。
昔といっても、たった数年前のことですが。
人を治す装置だった少女は聖女という名称で保護されました。
装置が保護されたのは国が歴代聖女のために作った聖虹宮と呼ばれる施設でした。
そこで装置は聖女のためにと用意された様々な人達に出会いました。
教育係、使用人、他にもいろいろいましたが、装置はあんまり、覚えていません。
装置が鮮明に覚えているのは、四騎士と呼ばれる四人の少年達のうちの一人だけ。
四騎士とは聖女を守る使命を世界から与えられた存在と言われています、こちらも聖女と同様に、世界に必ず四人存在するそうです。
炎の騎士、水の騎士、光の騎士、闇の騎士がそれぞれ一人ずつで四人。
装置の代の四騎士は長らく守るはずだったものが不在だったため、その力を持て余しつつ、それでもいつかの日のために研鑽を重ねたり、重ねなかったりしたそうです。
四騎士は一人を除いて、基本的に装置を気遣い優しく接していました、多分そうしてもらっていたのでしょう
何も知らずに犯罪組織で使い潰されていた自分と同じ歳の女の子の事を憐んでいました。
けれど一人だけ、闇の騎士だけは初めから大層装置のことを嫌っていました。
顔を見れば嫌そうな表情を、時には憎らしくてしかたがないといった顔を。
何をしたわけでもありません、だって装置には人を治す以外の何もできなかったのですから。
それでも、ああでも今なら少しわかるかもしれません。
きっと、その装置にはそれしかなかったから、彼はあの装置のことを大層嫌ったのでしょう。
けれど、ただの装置にそんなことがわかるわけありません、人の感情の機微など、理解できるわけがないのです。
闇の騎士は人が見ていないところでその装置のことを度々傷付けました。
顔を思いきりぶん殴られたこともあれば、吐くまで腹を殴られたこともありました。
死んでしまえと燃え盛る廃墟の中に置き去りにされたこともあれば、崖から真冬の海に突き落とされたこともありました。
多分、言われた通りに死ねばよかったのでしょう。
けれども装置は人を治す装置でした、装置そのものも人だったので、装置はどれだけ傷付けられてもすぐに自分で自分を修復しました。
どれだけ酷い目にあっても平然としている装置を見て、彼の顔はどんどん、恐ろしくなっていきました。
そのうち諦めたのでしょう、彼はいつのまにか装置を痛めつけるのをやめました。
その行為と入れ替えるように、彼は荷物運びとして装置を度々どこかに連れ出すようになりました。
髪色と目の色さえ誤魔化せばお前なんてどこにでもいる小娘だ、と言って装置の色を魔法で誤魔化して、そうして出向いた先で小間使いのようにこき使い始めたのです。
装置にできるのは人を治すことだけでした、それでも一応人間の形をしていたので、やれと言われたことはどうにかこなせました。
そんな小間使い扱いも慣れたとある日、装置はふと露店に置かれていたとあるものに目をとめました。
それは闇色の石のピアスでした。彼の瞳によく似ていた色をしていたから、装置は少しだけ気になって足を止めてしまったのです。
足を止めた装置に彼は「そんなものが欲しいのか」と聞いてきました。
装置は首を横に振りました、本当に、欲しかったわけではなかったので。
その日の夜、彼は装置の両耳に穴を開けました。
わかりやすく痛めつけられるのが久々だった装置は、その時だけは少し驚きました。
穴を開けると同時に取り付けられたその金属を外すなと彼は言いました、穴を治すな、とも。
装置は素直にそれに従いました。
聖女という名称の装置の耳に勝手に穴を開けた彼に大人達は難色を示しましたが、彼は聞く耳を持ちませんでした。
それからしばらくしたある日、彼は装置の耳から金属を外して別のものに付け替えました。
それは、装置があの日見ていた闇色の石がついたピアスでした。
欲しかったわけではないのです。
けれども、それが、それだけが唯一、本当の意味でその装置の所有物でした。
装置は聖女という名称が付いてからいろんなものを贈られましたが、そのピアスだけは『聖女』ではなく装置そのものに贈られたものであると、装置はそう思ったのです。
だから失くさないように、大事にしていたのに。
けれどそれからしばらく後、今から一年と少し前の話。
装置は魔王と戦うことになりました。
詳細は割愛して、装置は最終的に瀕死の魔王が放った最後の一撃を聖魔法で相殺して、その時発生した異常な魔力のせいで謎ワープしました。
謎ワープの際に装置は身につけていたもの全てと記憶、そして聖女としての力をすべて失いました。
吹っ飛ばされた装置は幸運なことに死ぬ前に親切な人に拾われて、一命を取り留めました。
死体かと思った、と後に装置を拾った親切な人は言っていましたっけ。
全てを失った装置は、装置であったことすら忘れた私は、魔力と、それから鋼魔法への高い適性を買われて、そのまま親切な人が所属していた学園に入ることになりました。
何もなかったから、私はせめてと思って魔法の練習をたくさんしました。
親切な人は時々様子を見にきてくれました。
からっぽだった私の友達になってくれた人がいました。
個性豊かな、豊かすぎる愛すべき変人達は、何もない私をそれでも仲間として扱ってくれました。
そうして十ヶ月程度経った頃、唐突に、本当に唐突に、なんの予兆もなく私は装置だった頃のことを思い出しました。
すぐに両耳に触れました。
穴すら残っていないそこに触れて私はその時、物心ついた頃から今までの間で初めて、涙を流したのです。




