VSスライム巨人
スライム、いえ、スライム巨人とひとまず仮称しましょう。
スライム巨人はまず、現場でただ一人「もうどうでもいい」となっていた筋肉バカを拳でぶん殴ってお星様にしてしまいました。
たとえメンタルがやられていても筋肉バカは筋肉バカであるため、あの程度では死なないでしょう。
ただ、たとえメンタルブレイクしていようとあの筋肉ムキムキマッチョマンを軽々とぶっ飛ばしたあのスライムの膂力は油断なりません。
ここで流石にやばいと思ったのでしょう、私以外のニグルム寮内部生一年達も本気を見せ始めます。
「にゃああああ!!?」
現状一番撃破数が多かった爆破三連娘の上と下がひとまとめにスライム巨人の両手に包まれ取り込まれかけました。
花吹雪と翅中毒が即座に助けに行ったため取り込まれずにはすみましたが、二人とも白目を剥いて気絶。
これ以上はまずいと判断し、かろうじて巻き込まれずに済んだ爆破三連娘の真ん中と現状一番パワーがある花吹雪に戦闘不能になった二人を連れての撤退と寮長もしくは上級生への応援要請を頼み、どうにかその場から逃しました。
「ごっふ……!!」
滅竜の剣で応戦していたドラゴン内臓愛好クラブ部長がスライム巨人に蹴飛ばされ遠くの方に吹っ飛んでいきました。
筋肉バカよりは飛距離が短そうでしたが、彼はもう戦線離脱でしょう。
ちなみに滅竜の剣はスライムの肉に阻まれそこまで効いていなさそうでした、骨まで到達していればどうにかなったのかもしれませんが、無理でした。
こちらに残った戦力は私と毒野郎、翅中毒と一人お化けの四人のみ。
毒野郎は流石にこれ以上毒を注入するのは危険と判断したのか珍しく風魔法で切り刻み、翅中毒は棍棒で殴りまくり、一人お化けは燃やしまくります。
とにかく物量で攻めるしか手のない私はとにかく杭を撃ちまくります、バラけさせて串刺しにしたり逆に二百本くらい一点に集中させて一気に撃ち込んでみたりしたのですが、あんまり効いていません。
「キリがありませんね……どれだけ攻撃しても再生していきます」
べらぼうに厄介なことに、ドラゴンの骨を取り込んだせいなのかスライムの再生力が凄まじいことになっていました。
「はちのす……これ、けっこうやば……あ、ごめん……」
慣れない鬼火を使って息を荒げた一人お化けがふっと力を失ったように座り込んでしまいました。
魔力切れを起こしてしまったようでした。
「蜂の巣!! テメェはおばけ連れて逃げろ!!」
翅中毒の怒号に少しだけ躊躇って、それでも一人お化けの手を掴んだその時でした。
「あ……」
私達を逃すためにスライム巨人の前に立ち塞がっていた二人がスライム巨人の片手で軽く振り払われて地面に転がりました。
スライム巨人のもう片方の拳が勢いよくこちらに。
「っ!!」
咄嗟に一人お化けを突き飛ばし、彼女をスライム巨人の拳の射程圏内から逃すことには成功しました。
私はもう、間に合わないでしょう。
覚悟を決めて衝撃に備えました。
グロテスクな拳が視界の大半を埋め尽くします。
その直後、覚悟していた衝撃は訪れませんでした。
「え……?」
スライム巨人の拳は私をぶっ飛ばす直前で、何故か消滅しました。
片腕を失ったスライム巨人が絶叫のようなものをあげます。
「ぼさっとすんな!!」
叫び声と同時に誰かに肩を引っ張られて体が後ろに。
私と入れ替わるような形でその誰かが前に出ました。
聖女様と一緒に逃げたはずの、トープさんでした。
「トープさん、何故ここに……聖女様は」
「その雇い主本人からの命令だ。自分の寮を守るために戦え、と」
少しだけ振り返った彼女は機嫌悪そうな声でそう言いながら、杖をスライム巨人に向けました。
杖から放たれた闇魔法がスライム巨人の頭に命中、スライム巨人の頭はあっけなく吹っ飛びました。
先ほどスライム巨人の片腕が意味不明に消滅したのは、どうやら彼女の闇魔法をくらったからだったようです。
「あ……えっと、助けてくださって、ありがとうございます」
「別に」
お礼を言うとそっけない声が返ってきました。
「ってかあのわけわかんない魔物はなんなんだよ。……腕も頭も、もう再生しはじめてやがるし」
「すみません、いろいろあったんです……事故やらなんやらでうちの寮生の魔法やら私物を吸収し続けた結果、最初はただの巨大なスライムだったのに、あんな怪生物に……」
数秒の沈黙、その後に盛大な溜息を吐かれました。
「もういい、どうにかしてやるからお前は他の連中連れて逃げろ」
とても、ものすごく冷たい声で言い放たれました、これは素直に従った方がいいやつでしす。
トープさんがスライム巨人の相手をしてくれているうちに振り払われて地面に転がっていた毒野郎と翅中毒、それから一人お化けを回収しました。
「くっ……戦おうと思えばまだ戦えるが……」
「不覚……! ってか、なんで聖女の護衛がいんだよ!? 逃げたんじゃなかったか!?」
「はちのす、ごめん……ありがと……」
とりあえず全員意識はありましたが満身創痍です。
毒野郎と翅中毒は肉体的にも魔力的にも限界近く、一人お化けは魔力が底をつきかけていました。
私はまだどちらも余力がありますが、それでもいずれはという感じです。
トープさんが言うように、私たちは撤退すべきでしょう。
他の魔物からの襲撃に備えて、私に余力があるうちに他三人を安全圏内まで逃す必要がありました。
しかし、あんな怪物の相手を彼女一人に任せるのはあまりにも。
「うわ」
悶々と悩んでいると翅中毒がそんな声を上げました。
驚愕する彼女の視線の先を見ると、そこには上半身が存在しないスライム巨人の姿が。
スライム巨人は動きを完全に止めているようでした。
「ええ……すご」
私達がどれだけ頑張ってもほぼダメージを与えられなかったスライム巨人が、こんな簡単に。
「お前らこんなのに苦戦してたわけ?」
トープさんがこちらを見てニヤァと笑みを浮かべました。
翅中毒が滅茶苦茶悔しそうな顔してます。
「トープさん、すごいですね……あんなやばいのをたった一人で……」
「この程度ならちょろい」
そう言って笑う彼女の背後で動きを止めていたはずのスライム巨人の下半身がほんのわずかに震えました。
考えるよりも先に身体が動いていました。
ブルリと震えだしたスライム巨人が形を崩しました。
そしてその身体から拳のようなものが勢いよく伸びていきます。
その狙いはトープさんでした。
その拳が彼女を打ち据える前に、彼女の側まで走って全力でその身体を後ろに引っ張って放りました。
その直後、衝撃が。
「なめ、るなあ……!!」
鋼魔法でいつもの杭ではなく盾を作ってその拳を受け止めます。
間に合うかどうかはギリギリでしたが、どうにか間に合いました。
トープさん、聖女の護衛でもどうにもできないのなら、これ以上はどうしようもありません。
この場にいる五人のうち、まともに動けるのが二人、残り三人は満身創痍。
全員で逃げ切るのはきっと不可能、というかこれを放置するのは多分、とてもまずい。
ならば、未だまともに動けるうちの一人が、ここで足止めをする必要があるでしょう。
そして、幸か不幸か、私にはその手の足止めが可能でした。
普段は杭しか作りませんが、私の魔法は鋼かつ単純な形のものなら作れます。
杭に比べると発動までに時間がかかるから実戦では滅多に使うことがないのですが、それでも杭だけでどうしようもないのなら仕方ありません。
そういうわけで。
「トープさん、そこの三人連れて逃げてください!! 私が足止めしているうちに、早く!!」
そう叫びました、答えを聞く余力はありません、聞く気もありません。
拒否の言葉なんか、聞いてやりません。
「鋼よ、彼のものを封じる壁となれ!!」
地面に杖を強く打ちつけると同時に魔法を発動。
分厚い鋼の壁が私とスライム巨人、元スライム巨人を閉じ込める形で生成されました。
「ひとまず、閉じ込めは成功……」
拳を一度引いた、半分ほどの大きさになった元スライム巨人と対峙します。
「あとは死ぬまでどれだけやれるか、ですかね」
そう呟いて元スライム巨人に杖を向けようとしたその時、お腹の方から変な音が。
「え……」
下を見ました、お腹に何かが突き刺さっていました。
スライムがそのまま伸びたような形の物体、触手とでも言えばいいのでしょうか。
ふと元スライム巨人の方を見ると、それはもう何と形容すればいいのかよくわからない形状に変化していました…
ぐちゃぐちゃに崩れたそれから数本の触手が伸びてきています。
そのうちの一本が、私の腹部を貫いたようです。
遅れて、激痛。
咄嗟に繋がったままの触手を杭で引きちぎり、残った部分を引っこ抜きます。
杭でこちらに伸びかけていた触手を全て撃ち抜いて、キリがない。
「杭……さんびゃく」
一気に生成した杭をスライムに向かって一斉掃射し、そこで全身から力が抜けました。
魔力切れです。
さっきの壁だけで結構限界だったんですよね、本当は。
鋼の壁に背をもたれ、足から完全に力が抜けました。
スライムは未だ健在、最後の一斉掃射はほぼ効いていませんでした。
「もうすこし……じかんをかせぐつもり、だったんですけどねえ……」
ダメでしたか。
それでも多少は稼げました、これだけあればきっと逃げ切ってくれるでしょう。
力が出ない、お腹が痛い、ああ、意識が消えていく。
この程度で痛いと思うだなんて。
遠くの方から大声が聞こえました。
聞き覚えがある声だった気がしました。
もう一度大声が聞こえました、知っている人の声でした。
返事をしなければと思うのに、瞼がうまく開かないし、声も出せません。
そもそも何がどうしてどうなったんでしたっけ。
声がもう一度聞こえました、怒り狂っているような、それなのに悲しみを感じる、聞いているだけで痛い声でした。
これ以上、聞きたくない。
ぼやけていた頭が少しだけ働きはじめます。
あのスライムは、どうなったのでしょうか?
全員逃げきれたのでしょうか、その上で誰かがあれをどうにかしてくれればいいのですが。
頑張って、すごく頑張って瞼をこじ開けます。
視界はぼんやりとしていました。
ぼんやりとした視界の中で、見覚えのある人が酷い顔でこちらを見ていました。
アダマス・グラファイト。
少女ではなく、紛れもなく少年の姿をした彼が。
なんだ、ただの夢ですか。
ふっと瞼から力が抜けました、夢なら別にいいです、もういいです。
みたくないのです、むきあいたくないのです。
けれど、ああ、夢であってもその顔を見てしまいました。
罪悪感がキリキリと胃を、心臓を締め付けるようです。
知られたくなかった、言いたくなかった。
謝るべきだとは、ずっとずっと思っていたのですけどね。
ごめんなさい。
あの時もらったピアス、失くしてしまいました。




