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サバ缶食ってりゃ死なねぇだろ!……たぶん。  作者: さかき原 枝都は


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第56話 第三章 祝福されたい心と憧れのかたち

 雨は静かに降り続いていた。

 朝の光はまだ柔らかく、濡れた街路樹の葉やアスファルトに光を反射させる。

 二人は傘を一つだけ差し、肩を寄せ合いながら歩いていた。


 前夜、初めてキスを交わし、そのまま一夜を共にしたことで、二人の間には見えない距離が縮まっていた。

 和音の胸の奥には、まだ少し熱を帯びた余韻が残っている。

 その熱は、雨のしっとりした空気に触れ、心地よく胸をくすぐる。


 和音はふと、智春の肩に頭をもたれかける。

 雨の音に混じって、心の奥に静かな幸福感が広がる。


(……智春……こうして二人で歩くの、なんて幸せなんだろう……)

 思わず口元がゆるむ。

 智春もそのまま少し視線を和音に向け、微笑む。

 無言のまま、しかし確実にお互いの存在を感じ合う時間。


 和音は小さくつぶやくように、「昨日は……ありがとう」と口に出す。

 智春はすぐには返事をせず、ふと空を見上げ、雨粒が傘を打つ音に耳を傾ける。


「……いや、俺の方こそ。お前、昨日……すごく……」

 言葉に詰まり、智春は少し赤くなる。

 そのぎこちなさに、和音は思わず笑ってしまう。


「……ふふ、照れてる」

 小さくからかうように言うと、智春は慌てて手を握り直す。

 和音の胸の奥で、甘い熱が再びわき上がる。


 雨に濡れた舗道を歩く二人の距離は、物理的には肩一つ分ほどしか離れていない。

 しかし心理的には、まだ手探りの状態だ。

 智春は和音の心の動きを読み切れず、どう振る舞えばいいのか戸惑う。

 和音は和音で、智春の無自覚な優しさに安心しつつも、もう少し踏み込みたいという欲望を抱いている。


(……もっと……近くに……)

 和音は心の中で小さく決意する。

 肩を寄せ、手を少し強く握り返す。

 その微妙な力加減で、智春に気持ちを伝えようとする。


 智春はその行動に気づき、少し驚くが、次の瞬間には笑顔で応じる。

 その笑顔は、和音の胸に熱を再び送り込む。


 歩きながら和音は小さく「寒い……」とつぶやく。

 智春はすぐに、自分のコートの前を少し開き、和音を包み込むように寄せる。

 その仕草に、和音の心はますます甘くとろける。


「……智春……ありがとう」

 雨の音に混じって、柔らかく言う声。

 智春は少し照れながらも、和音の肩を抱き寄せる。


 雨に濡れた街の中、二人だけの世界がそこにあった。

 しっとりとした雨音が、周囲の喧騒を消し去り、二人の呼吸だけが聞こえるような感覚。


 歩く距離が長くなるにつれ、和音の心はどんどん甘さに包まれていく。

 雨粒が顔や手にあたり、少し冷たいはずなのに、胸の奥は熱いままだ。

 智春の無邪気さと、しかし自分のために自然に気遣う優しさが、和音の心をさらに押し上げる。


(……もっと……近くに……)

 小さな勇気が、和音の中で静かに育っていく。

 智春の手にぎゅっと力を込め、肩をもっと寄せる。

 智春も無意識に応じ、二人の距離は確実に縮まっていく。


 言葉にしなくても、心と心が少しずつ近づく瞬間。

 それを感じながら、和音は心の中で小さく笑う。


 雨に濡れた傘の下で、二人の体温は互いに伝わる。

 歩くペースを合わせ、互いに笑顔を見せる。

 その間、和音は胸の奥で、次に踏み出す勇気を少しずつ試していた。


(……もう少し……ここで……)

 しかし智春の無邪気さに、タイミングを計るのは難しい。

 それでも、和音の胸の奥では「この距離感のままでも十分甘い」という満足感と、「もっと踏み込みたい」という欲望が交錯している。


 微妙に体が触れるたびに、心が熱くなる。

 その微妙な距離感こそ、二人にとって特別で甘い時間なのだ。


 雨の中を歩きながら、和音は智春の肩に頭を預け、手を握る。

 智春も自然にその手を握り返し、肩を寄せる。

 雨粒が傘を打つ音、濡れたアスファルトの匂い、二人の呼吸……

 すべてが一体となり、甘くしっとりした夜の雰囲気を作り出す。


 和音は心の中で思う。


(……ああ……智春となら、どんな時間も特別……)

 甘える自分と、それに応えようとする智春。

 雨の中の散歩は、初めてのキスを経て一夜を思いのまま過ごした二人にとって、これ以上なく濃密で甘い時間となったのだった。

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