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サバ缶食ってりゃ死なねぇだろ!……たぶん。  作者: さかき原 枝都は


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第53話 第三章 祝福されたい心と憧れのかたち

 夜のマンション。

 ソファに並んで座る二人。手元には、いつものようにサバ缶。

 智春は無邪気に缶を開けながら、和音の横顔をなんとなく眺める。

 和音はその視線に気づき、胸の奥で小さな熱を感じる。


(……今日こそ……)

 和音の胸の奥で、小さな勇気がじわりと沸き上がる。

 サバ缶のドタバタも、肩を寄せるぎこちなさも、すべてはこの勇気を後押しするための小さな舞台装置のように思えた。


 彼女はそっと手を伸ばし、智春の手に自分の手を重ねる。

 智春は驚き、手を見下ろすが、すぐに「まあ、いいか」という顔で握り返す。

 その瞬間、和音の胸の奥の小さな勇気は、さらに膨らむ。


 肩をそっと寄せ、手を握り直す。

 和音は内心で少しドキドキしながらも、智春の鈍感さに助けられ、次の行動へ心の準備を進める。


(……もう、ほんの少しだけ……顔を近づけてみよう……)

 サバ缶をつまむ手を止め、ゆっくりと顔を智春に近づける。

 智春は気づかず、缶を開けることに集中している。

 その無防備さが、和音の勇気を押し出す。


 ついに和音は、小さく息を吸い込み、智春の頬に手を添える。

 智春は一瞬、目を見開くが、すぐに「あ、そうか」と無邪気に笑う。

 和音は内心で小さく舌を巻く。


(……なんで鈍感なんだろう……でも、それがいい……)


 顔の距離は近いが、智春はまだその意味を理解していない。

 その無自覚さが、和音の胸の奥の勇気をさらに加速させる。


 だが、状況は穏やかではなかった。

 智春が手元のサバ缶を取り上げようとして、手が滑る。

 缶が空中に舞い、二人の間をわずかに飛び越える。


「うわっ!」

 智春が慌てて手を伸ばす。

 和音も思わず反応し、両手で缶をキャッチする。

 その瞬間、和音の体が智春にぴったりとくっつき、二人はぎこちなく肩を重ねる。


 和音の胸の奥の勇気は、このドタバタによって、さらに熱を帯びる。

 「今がチャンス……!」

 心の中で小さく決意し、智春の顔を覗き込む。


◆ 初めてのキスの一歩


 和音は、智春の目をまっすぐ見つめ、ゆっくりと顔を近づける。

 智春は無意識に、サバ缶を握る手で和音の手を優しく包む。

 息が重なるほど近くなる距離。


(……これが……恋人としての距離……?)

 和音の胸の奥は、期待と少しの恥ずかしさでいっぱいになる。

 しかし同時に、この一瞬を逃すまいという決意が、勇気をさらに押し上げる。


 「……智春……」

 小さな声で呼ぶ。

 智春は顔を上げ、少し首をかしげる。

 和音はそのまま、唇をそっと重ねようとする。


 しかし、寸前で智春の手がサバ缶に触れ、ふたりのバランスが微妙に崩れる。

 お互いに顔を真っ赤にしながら、思わず吹き出す。


「……サバ缶……邪魔……」

「ごめん、つい……」


 笑いながらも、胸の奥の熱は冷めない。

 このぎこちなさが、二人の距離をより濃密にするのだと、和音は心の中で確信する。


 手をつなぎ、肩を寄せ、ほんの少し唇が触れるか触れないかの距離。

 物理的にはほんの数センチでも、心理的な距離は一気に縮まった。


 和音の胸の奥では、次に踏み出す勇気がさらに強く膨らむ。

 「今度こそ、きちんと……」

 しかし智春の鈍感さとサバ缶のドタバタによって、行動はまだ完全には実行されない。


 それでも、和音の心は満ち足りていた。

 恋人としての距離を確かめ合う小さな一瞬が、日常の中でこれほど甘く、濃密に感じられるとは思わなかったのだ。


 結局、キスはまだ達成されないまま、二人はソファに寄り添い、缶詰をつまむ。

 しかし、その物理的な距離感と心理的な親密さは、これまで以上に濃密になっていた。


「……次は、サバ缶じゃ邪魔されないように……」

 和音は心の中で密かに笑う。


 智春はその言葉に気づかず、無邪気にサバ缶を開け、手を重ねたまま和音と笑い合う。

 その無自覚さが、また次の「小さな勇気」を育てる。


 二人だけの時間は、ぎこちなくも甘く、コミカルで、そして確実に濃密な夜として記憶に刻まれるのだった。

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