第47話 第三章 祝福されたい心と憧れのかたち
金曜の夜、オフィスの軽い飲み会が開催されることになった。
池上智春と野上和音も参加することになったが、二人の心は複雑だった。
(ルール、守らなきゃ……)
(でも都築さんもいる……)
都築翔太は、この飲み会をまるで“観察の場”と心得ているかのように、始まる前から鋭い目を光らせていた。
会場はオフィス近くの居酒屋。
小さめの個室には、部署のメンバーが集まり、軽く乾杯を済ませた。
「池上さん、最近野上さんと仲良さそうじゃないですか?」
都築の鋭い一言に、智春は思わず箸を止める。
「え、えっと……あ、いや、仕事の話をしてただけで……」
うまくごまかそうとしたが、都築の目は真剣そのものだった。
「ふーん……そうなんだ。あ、じゃあ、野上さんも?」
視線は和音に向く。
「わ、私は……その、えっと……」
言葉が詰まる。心臓の鼓動が急に速くなる。
二人とも内心では「秘密ルール作戦」が発動していた。
智春は笑顔を作りつつ、和音の目を見る。
和音もまた、必死に普通のトーンで返す。
「……えっと、そうですね、池上さんとは仕事上の付き合いです」
「そうだよな、そうだよな!」
智春は心の中でガッツポーズ。
しかし都築の目はまだ鋭く光っている。
料理が運ばれ、会話が和やかになった頃、都築がまた口を滑らせた。
「そういえば、池上さん、最近野上さんとよくランチ行ってるって聞いたけど、本当?」
全員の目が二人に向く。
その瞬間、智春と和音は目を合わせ、即座に作戦を開始する。
(スパイごっこモード発動……!)
「えっと、それは……あの、部署の打ち合わせ後に資料を確認することがあってですね……」
智春は小声で説明しつつ、話の筋を細かく膨らませて“普通の業務トーク”に変換。
「なるほど……仕事の延長ね」
和音もニコリと笑い、都築の質問をすんなり受け流す。
都築は眉をひそめながらも、確証を得られず、一歩引いた。
さらに和音は、メニューの話題をさりげなく振る。
「そういえば、池上さん、ここの唐揚げおすすめですよ」
「お、ありがとう。じゃあ一緒に頼みましょう」
二人で手を伸ばして皿をシェアする動作は自然に見えるが、都築の目には偶然のように映る。
(あれ……本当に付き合ってるのか? いや、まだ証拠はないな……)
都築は頭をかきながら、内心で考える。
二人の息はぴったり。まるで“秘密の合図”を使うように、互いの視線と仕草でコミュニケーションを取っていた。
「……ふう、危なかった」
智春は小さく呟く。
「はい、でも楽しかったです」
和音も同意する。
互いに肩を寄せながら、さりげなくグラスを重ねる。
周囲には完全に「同期・仲良し同僚」に見える演出が成功していた。
その夜、都築は帰り際に小声でつぶやく。
「……あの二人、怪しいな……でも証拠がない」
まるで諦めた探偵のように、彼は居酒屋を後にした。
二人は息をつきながら、肩を並べて出口に向かう。
「……都築さん、まじで鋭いんだから」
「でもスパイごっこ、意外に楽しかったですね」
笑いながら、二人は夜風に吹かれた。
智春は和音の手をそっと握る。
「今日の作戦、完璧だったな」
「はい。でも、まだ油断は禁物です」
「そうだな。ルールBとCもちゃんと守ろう」
二人の間に、また“秘密ルールノート”の話題が広がる。
都築がどれだけ観察しても、二人の絆は揺るがない――そんな安心感と笑いが、そこにあった。
マンションの前に着き、二人は別れの時間を迎える。
「じゃあ、また来週も……」
「はい。次は“サバ缶コード”第二弾ですね」
二人の視線が交わる。
小さな笑みの中に、言葉にできない気持ちが含まれていた。
(いつか、ルールなんかなくても、自然に一緒にいられたらいいのに……)
(そのときまで、二人で工夫しながら楽しもう)
智春は心の中でそう思い、和音も同じ気持ちを抱いていた。
秘密ルールは続くけれど、二人の距離は日ごとに近づき、絆は少しずつ強くなっていくのだった。




