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サバ缶食ってりゃ死なねぇだろ!……たぶん。  作者: さかき原 枝都は


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第42話 第三章 祝福されたい心と憧れのかたち

 金曜の夜の居酒屋を出たあと、会社の同僚たちはそれぞれ駅に散っていった。酔いつぶれた後輩を背負って行く者、二次会に消えていくグループ。人混みがざわめきながら流れていく中、智春と和音はさりげなく列を外れ、別の道を選んだ。


 会社の近くの路地は、夜になると人影も少なく静まり返っている。街灯に照らされながら、二人は並んで歩いていた。


 ――心臓が、まだ落ち着かない。


 智春は喉を鳴らした。ほんの少し前、居酒屋で「カップルみたいだ」と笑われた記憶が頭に焼き付いている。しかもその中心は、自分と和音だった。


 「……危なかったな」

 思わず口にすると、和音も「ほんとに」と力なく笑った。


 「智春、シャツ……大丈夫ですか?」

 「ん? ああ、サバの味噌……うん、もう乾いてきたし、家帰ってすぐ洗えばなんとか」

 「……ほんとごめんなさい」

 「いや、助かったんだよ。あのタイミングで皿を落としてくれたから、逆にごまかせた気がする」


 言いながら、智春は和音の横顔を盗み見た。夜風に前髪が揺れ、酔いでほんのり赤く染まった頬が街灯に浮かんでいる。あの時、和音が必死に笑っていた顔が脳裏に残っていた。


 ――俺たち、隠すのがこんなに大変だなんて。


 しばらく沈黙が続いた。踏みしめる靴音だけが響く。やがて和音が口を開いた。


 「……ねえ」

 「ん?」

 「やっぱり、バレそうでしたよね」

 「……ああ。正直、肝が冷えた」


 二人は同時に苦笑する。


 「でも、変ですよね」和音がぽつりと言った。「岡本リーダーと、その彼は公にしてても、誰も何も言わないじゃないですか。むしろ、祝福されてるぐらいで」

 「……そうだな」

 「なのに、私たちは隠して。こんなにびくびくして。……時々、なんだか、少し寂しいです」


 和音の声は、夜気に溶けるように小さかった。智春は足を止める。胸の奥がぎゅっと詰まる。


 「……寂しい?」

 「ええ。だって、もし本当に私たちが一緒にいるって知られたら、少しは驚かれるかもしれないけど、きっと誰かは祝ってくれると思うんです。私……隠してるのって、嘘をついてるみたいで」


 智春は返す言葉を探しながら、街灯に照らされた和音を見つめた。彼女は視線を落とし、指先を胸の前で組んでいる。


 ――そうだ。俺も本当は。


 「……俺もさ」智春は低く言った。「あの飲み会のとき、皆に『仲いいですね』って言われて……心臓バクバクだったけど、同時に……ちょっと、嬉しかったんだ」

 「え?」

 「だって、皆の前で『ああそうだよ、俺たち付き合ってるんだ』って言えたら……楽になるだろうなって。祝福されるのを想像しちゃったんだ」


 和音の目が、ぱちりと智春を見上げた。


 「……池上さんが、そんなふうに思ってたなんて」

 「俺だって、一応……男だからな」

 照れくさく笑う智春。けれど胸の奥は真剣だった。


 「でも……やっぱり、怖い」智春はつぶやく。「もし俺たちが別れたらどうなる? 仕事だってやりにくくなる。周りに気を遣わせるかもしれない。……それを考えると、まだ公にするのは早い気がするんだ」


 言葉を聞きながら、和音は唇を噛んだ。確かに智春の言う通りだ。大人としての責任や立場。会社という共同体。その中で恋愛を公にするのは、簡単ではない。


 けれど。


 「……でも、隠し続けるのも、きっと苦しいですよね」和音は呟いた。

 「そうだな」


 夜風が二人の間を吹き抜ける。


 智春は無意識に、和音の手に自分の指先を触れさせていた。ほんの一瞬、触れただけ。だが和音は驚いたように目を見開き、それからそっと手を重ねてきた。


 温かい。


 「……まだ答えは出せないけど」智春が言う。

 「ええ」

 「でも俺たちは、俺たちのやり方を見つければいい。隠すんじゃなくて、ただ……時期を選ぶ。そうだろ?」


 和音は小さく笑った。


 「そうですね。私たちのやり方……」


 二人は並んで歩き出す。足取りは先ほどよりも軽い。まだ不安はある。だけど同時に、確かな絆もそこにある。


 ふと、智春が小声で呟いた。

 「……和音」


 不意に名前で呼ばれて、和音は頬を染めた。


 「……もう。外で呼ばないでください」

 「ごめん、つい」

 「でも……悪くなかったです」


 夜の街灯に照らされる彼女の笑顔に、智春は胸が熱くなるのを感じた。

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