第21話 第二章 二人のサバ缶共有
午後のオフィスは、パソコンの起動音やキーボードを打つ軽快な音が控えめに響き、淡い蛍光灯の光がデスクを照らしていた。
野上和音は書類を広げながら、ふと天井を見上げる。
――ああ……やっぱり返事がない……
先日の告白以来、心がざわつきっぱなしだった。
「好きです」と言った瞬間、言葉は軽やかに出たはずなのに、今になって妙に重くのしかかる。
――池上さんは、どう思ってるんだろう……
視線を上げると、向かいのデスクに座る池上智春が書類とパソコン画面を交互に見て、何やら眉をひそめている。
――あの人、私の告白に気づいてないのかな……
だが、心配で仕方がない自分もいる。
もしも無視されたら、恥ずかしい思いだけが残る。
でも、池上さんの顔を見ると、胸がぎゅっとなる。
一方、智春の方はというと、心の中はかなり複雑だった。
――どうしよう……返事……返さなきゃいけない……
いや、でも……俺、この子のこと……好き……なのか?
いや、違う……なんか気になる……でも、それが恋かどうかは……
智春はパソコンの画面に向かって真剣な顔をしているが、内心ではあっちにドタバタ、こっちにドタバタと混乱の嵐が吹き荒れていた。
――あの日、助けたくらいの関係で、告白なんて……いや、でも言われた……
どう返すのが正解なのか……いや、そもそも俺、恋愛の返答に慣れてない……
手元で資料をめくる手が少し震える。
――まさか……このまま放置するわけにはいかないよな……
和音もまた、デスクに突っ伏すようにして、悶々とした気持ちを抱えていた。
――なんで返事くれないの……あんなに素直に言ったのに……
心の中で何度もシミュレーションする。
「池上さん……どう思ってるのかな……? もしかして嫌われた……?」
「いや、でもあの表情……嫌いじゃないっぽい……?」
頭の中でぐるぐると考えながらも、胸の高鳴りは抑えきれない。
手元のペンを軽く握りしめ、指先の感触だけで落ち着こうとする。
――ああ……もどかしい……
昼休み、和音はランチを買いに外に出た。
ふと、智春が同じ方向に向かうのを見つける。
――えっ、また会う……!?
心臓が跳ね、思わず小さく息を呑む。
智春も、偶然か必然か、和音に気づき目が合う。
その瞬間、互いに無言の緊張が走る。
――やばい……動揺してる……
智春は口を開きかけるが、結局「お昼……同じ店?」とだけ言う。
和音は笑顔で答える。
「ええ、ちょっと買い物に」
その間、二人の間には微妙な距離感が漂う。
言葉は少ないが、心の中ではそれぞれがドタバタと考え事をしている。
ランチを終えてオフィスに戻る途中、和音はふと提案する。
「池上さん、もしよければ……私の分のサバ缶も、一緒に買ってきてくれませんか?」
智春は一瞬止まり、頭の中で動揺が爆発する。
――え、サバ缶……? 一緒に……って……
いや、ただの食材の話だよな……?
でも、なんで心臓がこんなに跳ねてるんだ……
結局、ぎこちなくうなずき、二人はスーパーに向かう。
レジで並ぶ間も、互いに視線を交わすたび胸がざわつく。
――俺、何か変なこと言ったらどうしよう……
――いや、でも、この子の横にいると……妙に落ち着く……
オフィスに戻り、二人は買ってきたサバ缶を並べる。
智春は少し恥ずかしそうに、和音に言った。
「……あの、野上さん……その、なんか……ありがとうな」
和音は軽く笑い、缶を整理しながら答える。
「いえ、こちらこそ……でも、池上さんが一緒に買ってくれて助かりました」
そのやり取りの中で、和音は内心で思う。
――ああ、こんなに自然に話せる……でも、返事はまだない……
でも、こうして近くにいるだけで、胸がドキドキする……
智春もまた、缶を手に取りながら思う。
――この子、なんでこんなに……気になるんだろう……
いや、でも、恋って……こういうものなのか?
いや、違う……俺、ただ心配してるだけ……?
――でも、返事はしないと……いや、どうすれば……
午後の仕事中、二人は距離を近くし資料を整理したり、確認作業を行ったりする。
物理的な距離はわずかだが、その間に流れる空気は微妙に熱い。
和音は時折、智春の表情や仕草に心を揺さぶられる。
――ああ、やっぱり……この人の隣は落ち着く……でも、ドキドキする……
一方の智春は、ふとした瞬間に和音の細かい仕草を意識してしまう。
――手が震えてる……いや、緊張してる……?
いや、俺、何かやらかしてるんじゃ……
二人とも、互いの心を測ろうとするあまり、余計にぎこちない空気が漂う。
夕方、業務が一段落したところで、和音は軽くため息をつく。
――ああ、やっぱり返事がほしい……
でも、焦っても仕方ない……
ただ、池上さんの隣にいるだけで、胸が跳ねる……
智春も、資料を片付けながら心の中で独り言のようにつぶやく。
――いや、でも、俺、この子の気持ちにどう応えれば……
焦るな……いや、焦る……
二人の心は、互いに気になる存在として接近しつつも、恋としての自覚にはまだ届かないぎこちなさを抱えたまま、時間だけが過ぎていく。
だが、夕陽がオフィスの窓をオレンジ色に染めるたび、互いの距離感は確実に縮まっていった。
――告白の返事はまだなくても、二人の心は少しずつ、そして確実に近づいているのだ。




