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君が差し伸べてくれた手。

「遅刻した理由わけは何回も聞いたよ。抜かりなく朝の代返だって済ませてやったしさ。お前は困った人を見かけると立ち去れない性格なのも親友である俺はよく知ってるつもりだ」


祐二ゆうじにはいつも感謝してるよ。だけどさ、お礼は言ったはずだ。それに今回は用意してきてやったぞ。ほら手作り弁当、お前の分だ」


「おおっ珍しいな!? どういう風の吹き回しなんだよ宣人。あっ、俺はワイロなんかで懐柔かいじゅうされないからな」


「弁当はワイロのつもりじゃないよ。今朝おかずを作りすぎただけなんだ。言ってみればまあ余り物だから……」


 今朝は明らかにどうかしていたな。いつもと調子ルーティーンが狂いっぱなしだ。さらに通学途中で妹の天音、部活の先輩である女の子、猫森未亜ねこもりみあと偶然出会うことになる。その後、僕がよく街中で行う困った人を助けるイベントの成り行き上、そのまま電車に乗って女子高のある隣駅まで彼女を護衛エスコートしたんだ。しかしミイラ取りがミイラになり。電車内で気絶してしまった僕は未亜ちゃんから駅のベンチで介抱される体たらくだった。


 ああ、僕が調子が狂わされた最大の原因は分かっている。あの不思議な女の子と親公認で同棲を始めたせいだ。


 同棲相手はS級美少女な女子高生。そう聞けば誰しも羨むだろう。リア充野郎、爆発しちまえ!! って早合点するかもしれない……。


 だけどちょっと待ってくれ。その美少女が自分を犬と思い込んでいるとしたらどうする? 彼女を家に連れてきた親父は、自分の亡くなった親友の忘れ形見の娘さんだと言っていた。《《ある出来事》》によって記憶の上書きがされ、普通の女子高生だった記憶を失ってしまったと。


 そんな同居人のためにいつもよりおかずを多めに作ったなんて、かなり照れくさくて数少ない親友であるこいつにも言えないな。


「おお、サンキューな。あっ宣人、話は終わってないぞ。さっさと立ち去ろうとするんじゃねえ!! ……俺が言いたいのは、あのお嬢様校の誉れ高い君更津南きみさらずみなみ女子の生徒とお近付きになるという千載一遇せんざいいちぐうのチャンスなのに、連絡先もデートの約束も取り付けないお前の間抜けさ加減について聞きたいんだ!!」


 すでに二限目の授業が始まろうとしている教室に何気ない素振りで入ろうとした。なるべく自分の存在を消して目立たなくするすべは長い隠キャ生活で身についた処世術だった。


 それなのに、目の前で声を荒げているこいつ――阿空祐二あくゆうじは根っからの陽キャ気質を隠そうともしない。天真爛漫てんしんらんまんといえば聞こえが良いが人の迷惑も顧みないところもあるんだよな。出来るだけクラスで目立ちたくないのに……。まあこれが祐二の憎めない部分でもあるんだよな。

 

 例の能力のせいもあって中学、高校と積極的に友達は作らないつもりだった。


 そんな見えない壁を四方八方に張り巡らせた自分の前にこいつはいきなり現れたんだ。あれは中総高校に入学してすぐの出来事だった。今日と同じで二限目の授業が始まる前の休み時間だったな。祐二との出会いを僕は追想する。



 *******



「……おい、猪野いのくん」


 休み時間は机に突っ伏して眠るか、たいして読みたくもない小説に没頭する《《ふり》》をして一人っきりで過ごすのが日課になっていた僕は、自分が声を掛けられたとは思わなかったからそのまま本に視線を戻し読書を続行した。


「おいおい、ガン無視しないでくれよ。猪野宣人くん」


「な、何? 僕に用があるの」


 声の主の顔を見て僕は身構えてしまった。あからさまなこちらの動揺が相手に伝わったはずだろう。


「そんなに身体をこわばらせないでくれよ。なにも取って食いやしないから。ちょっと君に話があるだけさ」


「ひっ……!?」


「なっ、どうしたんだよ!!」


 祐二は何気ないしぐさでこちらの肩に腕をまわしたはずだ。だけど身体に触れられた瞬間、僕は反射的に彼の手を思いっきり振り払ってしまった。まるで若鮎のように身をひるがえしながら席を立つ。その拍子に座っていた椅子が倒れ、後ろの机にぶつかり耳障りな金属音をたてる。


 休憩時間の教室内、それまでの喧噪が一気に無音になった。まわりの生徒たちの視線が僕たち二人に集中するのが感じられ、予期せぬ状況に戸惑いを隠せない。


「……あ、うああ」


「なんだ、入学早々にケンカかよ、祐二」


「ば~か。ちげーよ。……猪野くん、驚かせてごめん、ちょっと表に出ようか」


 まわりの友だちからの問いかけをさえぎり祐二が僕に目配せを送ってくる。その穏やかな目はケンカをふっかけている表情かおではない。若干粗暴な口調とは正反対に中性的なルックスを兼ね備えるイケメンだ。僕みたいなカースト下位に長年甘んじている生徒と接点はありもしないのにいったい何の話があるんだ?



 ――中総高校伝統の長い渡り廊下。午前の陽光が差し込む場所に僕たちは移動していた。さしむかいに佇む祐二の制服の襟元、少しくせっ毛な彼の髪の先端も窓からの光を浴びて明るいアッシュ色をさらに際だたせている。驚くほど肌も白い、下手な男性アイドル顔負けだ。これほどの美形ならカースト上位で、何気なく耳にする教室での会話でもクラスの女子が祐二のことを話題にするのも納得がいくな。


「で、僕に話っていったいなんだよ」


「……俺の妹を助けてくれてありがとう。兄として恩人のお前にちゃんとお礼を言いたかった」


 こちらにむかって深々と頭を下げた後、祐二の口から出た言葉に面食らってしまう。


「えっ、君の妹を助けた? この僕が……」


 意外な事実だ。


 妹の天音。市内の中学に通う女子中学生だ。偶然、祐二の妹も同じ三年生のクラスに在籍していて、天音とも仲の良い友だちだそうだ。妹が我が家で主催するお泊まり会にも毎回参加していると彼から聞いて知った。


「俺の妹が中学校からの帰り道、乗っていた自転車のチェーンが壊れて立ち往生しているのを通りかかった猪野くんに助けてもらったそうだな。その上、家まで送り届けてくれて」


 話を聞くまで完全に忘却の彼方だった。


「えっ、なんで助けたのが僕だってつきとめられたんだ?」


「俺の妹は君の家でよくお泊まりしているそうだな」


「……世間は狭いっていうけど。まさか妹さんと天音が親友同士だなんて」


香菜かなから聞いた話じゃあ。ああ、香菜ってのは俺の妹だ。……名前を告げずに立ち去った恩人と同級生の家ではち合わせ。その場で妹は驚きのあまりお礼も言えなかったそうだ」


 まさに晴天の霹靂へきれきだ。そして僕にとって()()()だったのはお互いの妹の関係だけでなく、この後、彼の口にした言葉せりふだった。



「猪野くん。いや宣人と呼ばせてもらう。お互いの妹同士も仲がいい。これも何かの縁さ。……今日から友だちになってくれないか」


 生まれつき人が持つ優れた資質。先ほど教室で僕の肩にまわした彼の腕のように、優劣のマウントを取るとかじゃない。邪気のない物腰で人の心に入り込める人間がいるって事実を知った。


 いまの彼がそうだ。


 己の持つ例の能力ちから。そのトラウマで他人と接するのを避けてきた。そんなちっぽけな自分に差し伸べられた手。


「……ああ、そうだな。宣人は自分の身体に触れられるのはめちゃくちゃ苦手みたいだから。別に親愛の握手はしなくても構わないぜ」


 彼は僕にむかってまっすぐに伸ばした腕をゆっくりと降ろした。


「祐二、僕へのおさわりはハイタッチぐらいなら許可するよ」


「なんじゃそりゃ、お前はガードのお堅いアイドルかよ!?」


「ははっ、じゃあ裕二の手のひらを出せよ」


「ほらよ!!」


 パンパ、パン……!! 


 お互いの手を合わせる小気味よい音が長い渡り廊下中に響く。



 陰キャの僕に初めての友だちが出来たんだ。これを快挙と呼ばずにはいられない。

 

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