出会い
暑い。三日前にテレビで梅雨が明けたという話を聞いたが、今日、初めてその影響を俺は肌で感じている。日差しは強く、気温も高め。川辺にいるからマシなほうだが、じわっとした夏の気配を隠すことはできていない。ちょっと前までの大雨が嘘のようだ。こんな日には冷房のついた部屋でゆっくりしたいが、あいにく俺には仕事がある。
「すいません。人を探していまして、今お時間よろしいでしょうか?」
今回俺が話しかけたのは、四、五十代くらいのおばさん。買い出しからの帰りなのか、パンパンに膨らんだ買い物袋を肩にかけていた。
「今忙しいんです。今度にしてください」
「あ、はい、スイマセン」
きっぱりと断られ、すごすごと引き下がる。大人の女性は怒ると怖い。怒らせないためには折れて引き下がることも重要だ。父さんはよくそうやって不機嫌な母さんの機嫌を取っている。
「それにしても、4人目か…」
今日話しかけた人数は、40人かそこら。そのうち4人に今のような冷たい対応で断られた。10人のうち1人がこういう態度になるということは、俺の話しかけ方に問題があるのだろうか。何か自分が気付かないうちに、人から嫌がられるような態度をとっていたりするのだろうか。
「…ちょっと休憩にするか」
思えば今日は朝から休みなく働いている。そのせいで疲れがたまって態度が投げやりになっていても不思議じゃない。気分のリフレッシュという意味でも休憩は必要だ。
周囲を見渡し腰を下ろすのにちょうどいい場所を探す。近くにあるのは民家や堤防、橋、河川敷くらい。この中で日差しをよけながらゆっくり休める場所と言ったら…。俺は河川敷に降り、近くの橋の影に入り込んだ。
この時期になると、こういう場所は良い。日差しは直に当たらないし、川辺に吹く風のおかげで他の場所より涼しく感じる。しかも人通りも多くないのでゆっくり落ち着くことができる。特に最近の夏は暑いし、避暑地を確保しておくのは重要だ。これから先しばらく重宝する場所になるかもしれないと思いながら、俺は橋下の堤防斜面に腰を下ろした。
風が吹いて、草を、髪を、服を、水面を揺らす。その風が体のほてりと汗をぬぐってくれているようで気持ちがいい。さっきまで少し落ち込んでいたが、この休憩のおかげで忘れることができそうだ。
「それにしても、相変わらず汚い川だな」
目の前を流れる川を眺めて、俺はそう呟く。
俺の地元でもあるここ福野市を流れる川、芦畑川。一級河川として地本の人たちから広く知られているが、一時期は中国地方で随一の汚さを誇っていた川としても有名だ。今は多少改善されているらしいが、それでもやはり綺麗とは言えない。ちょっと前までの大雨の影響か、今日は特に水が濁っているように見えた。
「ま、雨が降った後に水が濁るのは、どこの川も一緒か」
そう言って俺は、またぼんやりと濁った芦畑川を眺め始めた。
茶色く濁っている川は、川底どころか水面に反射する景色さえ映していない。もしこの中に鍵か何かを落としてしまったら二度と見つからないのではないだろうか。水害で流された人が見つからないのも今の芦畑川をみたら納得が…。
「…まさか」
その考えがよぎった瞬間、俺は走り出していた。
依頼人から聞いた話では、彼女がいなくなった時期は今から一週間くらい前。その日はまだ梅雨は明けていなかったし、大雨も降っていたはず。近くには潜水橋もあるし、可能性は十分にある。
潜水橋は幅が狭くて柵もない。人が足を滑らせて転落する可能性はとても高い。
「はあ、はあ、はあ」
走りながらも川からは目を離さない。川の水が濁って見えにくいが、もし浮かんでいたら見逃すわけにはいかない。大事な大事な依頼人の家族を、見逃してしまったから見つけられませんでした、なんて報告をするわけには絶対にいかない。
あ
ふと、それっぽい影が見えた。人の肩から腰に掛けた背中の部分。それに似た何かが、水面に浮かんでいた。
バシャッ!
反射的に、俺は川に飛び込んでいた。
「はっ、はあ、ッ、はあ、はあ、はぁ…」
数分後、俺は濡れねずみになって、地面に倒れ伏していた。隣には、同じく濡れねずみになっている人が気絶した状態であおむけになっている。
運がよかった。川の流れはそれほど激しくなく、引き上げた人もあまり重くなかった。そして何より、地に足がつく範囲に彼は浮かんでいた。一つでも条件が違えば、引き上げるどころか俺も一緒に流されていただろう。
救出した彼も、意識こそないが、呼吸も心臓の鼓動もキチンと確認できた。死人を引き上げたわけではなさそうだ。しかし、想定外が一つあった。
「で、誰?この人」
引き上げた人は、探していた人とは別人だった。