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第一話「魔女のヤミコちゃん、現る。」

 ニッポール王国・北部高原。

 朝霧がゆっくり晴れていくと、古城のような外観をした「桜霞(さくらがすみ)マギアスクール」が見えてきた。

 春の柔らかな日差しの中、霧は桜色に染まり、校舎の周囲には魔法の気配がオーロラのように漂っている。

 そこは、未来の魔法使いの卵たちが集う、不思議と活気に満ちた学び舎だった。



 朝、生徒たちが登校して間もなくの頃。

 校舎の廊下に、ひときわ響く声があった。


「……いったい、何をしたの……ヤミコ!!」


 金髪サイドテールの少女、キョウコ・アルカナの声だ。

 キョウコの目の前には、今にも泣き出しそうなオレンジツインテの少女、ミキコ・フレイアがいた。


「…お前を、許さない…っ!!」


 ミキコはそう宣言すると同時に、ギラッ!と目の前の標的を睨みつけた。


「ふっふっふっふ……」


 その向かいには、黒いローブを羽織り、口ではフッフッフと言いながらも全く笑っていない、表情の読めないジト目の黒髪少女、ヤミコ・ヤミミヤが、黒い猫を携えて立っていた。

 ただ者じゃない暗黒のオーラを放つ彼女。果たして、彼女はいったい何者なのか――


「ニャ~ン」 「あっ」


 ヤミコが携えていた黒猫は一声鳴くと、彼女から離れ、草むらへと駆けていった。


「じゃ~ね、猫ちゃん…」


 ヤミコは、少し寂しそうに猫を見送った。ほんのりと、間抜けな空気が漂い始める。


「え…?」


 状況がよくわからなかったので、キョウコはヤミコに恐る恐る話しかけてみた。


「…今の猫、あんたの猫じゃないの?」


「うん。さっき木の上にいたのを助けたばかりの、知らない猫。」


「な~んだ…」


 キョウコは、少し拍子抜けをして、肩の力がすっかり抜けた。


「ううっ……ヤミコに……負けた……」


 ミキコは唇を噛みしめて、涙をこらえていた。


「……勝負でもしてたの?」とキョウコ。


「…別に、勝負してたわけじゃないけど」


 ヤミコは淡々と呟いた。ボサボサ気味の黒髪ショートヘアが静かに揺れる。


「だって!! 校舎裏の木にネコが登っててさ! 落ちそうだったから、助けようとしたの!


……でもその前に、ヤミコがスッと影から出てきて、もう抱えてたのよ!? そんなのズルくない!?」


 ―ミキコが言うには、ヤミコは影に出入りする魔法が使えるらしい。ミキコが木に登ってネコを助けようとした瞬間には――

 影に入り、影を移動させ、木を伝って登ったヤミコに、あっという間に猫を助けられてしまったのだった。


「…ミキコに、ズルいって言われてるけど?」


「ズルい…? いや、普通に助けただけ」


「普通じゃないって!あんな影の魔法とか見たことないもん!」


 まだまだ騒ぎ足りないミキコ。キョウコはそんなミキコをなだめるのに必死だ。


「…………。」ヤミコは居心地悪そうに二人を見つめていた。


「と、とにかく!もうミキコを泣かせるようなことはしないこと!教室に帰るわよヤミ――」


 ……言い終える前に、キョウコはハッと気づく。


「……って、あれ? いない!?」


 ヤミコの姿はもうどこにも見当たらなかった。


「ちょ、ちょっとー!どこ行ったのよ!!」


 キョウコは小走りでその場を離れ、いずこかに消えたヤミコを探し始めた。




* * * * * *




 数分後。


 あちらこちらを走り回り、校舎裏の広場で、キョウコはついにヤミコを発見した。

 キョウコやミキコは学校の指定通り、制服にローブを羽織るスタイルの服装をしているが、ヤミコは黒いローブを、全身を隠すかのごとく纏っている。

 真っ黒な外見のため、遠目からでもヤミコとわかった。


「……えっ?あれは……?」


 そこには、小さなレジャーシートの上に並べられた手作りおもちゃや果物。

 そしてその後ろで、黒ローブの少女——ヤミコが、小さな子どもたちに向かって何かを売っていた。


「はい、これは100エル。こっちは200エル。」


「ヤミコさん、これください〜!」


「まいど。」


 ヤミコはニコリともせず、しかし慣れた商人のような手つきでお金と品物をやりとりしていた。

 周囲のちびっこたちはニコニコしており、ちょっとした即席のバザーのような光景だった。


「……ヤミコが……商売してる……??」


 目を丸くするキョウコ。


「ちょっとアンタ…」 「…ぬ。」


 ヤミコは、無言で商品をサッと片付け始めた。


「あ!逃げようとしないでよっ!また逃げるつもりなら…出でよ、雷の矢っ!!」


 バチンッ!


 キョウコの指先に稲妻が走り、軽い雷撃がヤミコの影をピシッと貫く。

 ヤミコの体がビクッと震える。


「……動けない……」


「やっぱり、影の魔法には雷魔法が有効なようね。今度こそ逃がさないんだから!…で、なにやってたの?」


キョウコはヤミコを立ち止まらせ、ゆっくりと歩み寄る。

ヤミコは観念したのか、ボソボソと語り出した。


「……依頼を受けて、頼まれた品物を売ってただけよ。私は500エルで、いろいろと依頼を引き受けてるの。」


「500……エル……?依頼……?」


「簡単よ。報酬は500エル限定。それに見合うだけのことをする。

500エル以外では引き受けない。大変で疲れそうな依頼はお断りしてる。」


 ヤミコは懐から1枚の500エル硬貨を取り出し、空にかざして輝かせてみせた。

 その表情は、どこか誇らしげでもある。


「500エル…いつ見ても最高の輝き。」


「……へ、変なやつ……」


 そう呟きながらも、キョウコは内心、ヤミコの独特すぎる行動に妙な興味を抱いてしまうのだった。




* * * * * *




 その直後だった。


 遠くから、けたたましい悲鳴が聞こえた。


「うわああああああっ!!」


「えっ、なに!?」


 キョウコとヤミコが顔を見合わせる。声のする方へ駆けつけると、

 中庭で魔法の実験中だった生徒たちが、逃げ惑っていた。


「うわっ!やばっ、あれ―」


 ミキコが叫ぶ。


 そこには、暴走状態のゴーレムがいた。魔法陣の中から半ば失敗して呼び出されたのか、片腕が巨大に膨れ、無機質な目がギラギラと光を放っていた。


「なんであんなもんが召喚されてんのよ!?」


「生徒が実験で魔石を間違えてー!」


「そんなのアリ!?」


 パニックの中、キョウコは咄嗟に前に出て構える。


「よしっ……!来なさいッ!ハァァ…出でよ雷撃!!」


 彼女のサイドテールが風に揺れ、雷の紋章が浮かび上がる。

 バチーン!と閃光が走り、ゴーレムに雷の矢が突き刺さる——が、


「っ、全然効いてない!? タフすぎ!」


 岩のような身体は焦げただけで、ほとんどダメージを受けていない。


「離れてなキョウコ!」次にミキコが躍り出た。


「この天才ミキコさまが…今度こそ、かっこいい所を見せてやるよ…っ!!いでよ、特大ファイアーボール!!」


ゴゴゴゴオオオオオ…


ミキコは派手な火の球を出現させた。そして出現させた火の球を、ゴーレムめがけて解き放った。


「食らいな、ゴーーーーレムッ!!」


ドゴオオオオ!!……


ゴーレムの腹に、火の球がヒット。焼焦げるゴーレムだったが…


「…………」


 火煙の中から現れたゴーレムは倒れもせず、まるでダメージを受けてないかのように前進を続けていた。


「な、なにぃいーーー!」ミキコは驚愕した。


 キョウコが歯を食いしばる。


「くっ……私たちの魔法じゃ、全然ダメージが入ってない…こうなったら先生を呼んでくるしかないわ。もっと威力のある魔法を、みんなで一斉に浴びせないときっと倒せない……!」


 キョウコがゴーレムを背に走り出そうとした、そのときだった。



 ——スッ。



 誰も気づかぬうちに、ゴーレムの足元に影が伸びていた。

 そして、影の中からひょっこりと出てくる黒ローブの少女がいた。


 「え、ヤミコ!?何を―」キョウコが驚きの言葉を口にするよりも早く。


 「……はい、おしまい。」


 ヤミコはボソッと呟くと、そのままゴーレムの影の“先端”に軽く触れる。

 すると、まるで糸を引っ張るように、影全体がグインと引き絞られ——



 ズルズルズル……ッ!!



 ゴーレムは身体ごと、そのまま影に引きずり込まれていく。


「…………!!」


 叫び声をあげる間すらなく、ズズーンという音を最後に、ゴーレムは完全に姿を消した。

 ……中庭は、一瞬で静寂に包まれる。



「…………え?」



 茫然と立ち尽くすキョウコとミキコ。

 そして、淡々と影を整えるヤミコ。


「一丁あがり、っと。」


 ――ヤミコのその姿は、魔法学園の生徒とは一味違う、魔女とも呼ぶべき風格を漂わせていた。


「な……なに今の……ゴ……ゴーレムは……?」


 ミキコがぽかんと呟く。


 キョウコも目を見開いたまま、ただヤミコを見つめていた。


「ヤミコが……ゴーレムを……一瞬で……?

 なんていうか……やっぱりすごいわね、アンタ。」


 その言葉は、驚きと、ちょっとだけ認めたような響きを持っていた。




* * * * * *




 ゴーレム騒動のその後。突如消えたゴーレムの行方は、ヤミコたち3人以外は知らない出来事となり、解決方法不明のまま、うやむやとなった。

 以後の授業は通常通り再開され、数時間が経った――夕暮れ、放課後の教室。

 キョウコは腕を組みながら、ヤミコの席のそばに立っていた。


「とにかく!もうミキコを泣かせたりしないでよね!」


 ミキコ本人はすでに機嫌を直しており、今は後ろの席で机に突っ伏して寝息を立てていた。

 ヤミコはというと、ジト目でぼーっと窓の外を見ていた。


「……聞いてる?」


「…………うん。聞いてるわよ。」


「絶対聞いてないでしょ。」


 キョウコは深いため息をつきながらも、口元が少しだけほころんでいた。


「でもまあ……今日は助かったわよ。その……ありがとう。」


 ヤミコは、ゆっくりとキョウコの方に顔を向けると、ぽつりと呟いた。


「……感謝する気持ちがあるなら、500エルくれる?」


「えっ、有料!?」


「当然よ。」


 ヤミコから何も持っていない右手が、スッと差し出される。


「……あんた、ほんっと変なヤツ。……でも、嫌いじゃないわよ。」


 そう呟きながら、キョウコは笑顔でそっとその右手を握り返した。


「いや、だから500エルだってば……」


怪訝な顔をするヤミコだったが、キョウコはお構いなしにヤミコの右手をにぎにぎするのだった。



* * * * * *



 ——この日。


 桜霞マギアスクールを舞台に、個性豊かな魔法学生たちと、影魔法を操るヤミコちゃんの不思議な物語が始まった。

 この学び舎のもとで、少女たちは何を学び、どのような体験をするのか―

 ヤミコちゃん達による面白不可思議な日常が、静かに幕を開けるのであった。



✨第一話・完✨

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