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第4話:変わらぬ新時代


夜の二車線道路を、黒いベンツが静かに走っていく。ギャングの幹部たちとの会議を終え、コンドミニアムへと戻る途中だった。


車の後部座席には、"アクマ" と呼ばれる悪名高いマフィアのボスが座っていた。黒のスーツに身を包み、足を組んだまま、防弾ガラス越しに外の景色を眺めている。


前の座席には、黒いスーツとサングラスを身につけた部下が二人。そのうちの一人がハンドルを握り、車を運転していた。


アクマが父親から組織を継いで 二年以上 が経つ。若くしてボスとなった彼だが、その実力はすでに広く知れ渡っていた。短期間のうちに、すべての反対勢力を完全にねじ伏せたのだから。


しかし、彼の野心は一つの区域を支配することでは終わらない。より大きな力が手に入るなら、止まる理由はない。 アクマの目的は、組織を頂点へと導き、誰にも逆らえない絶対的な権力を築くことだった。


そんな時、静かな道を走る車の前方から、一台のバイクが向かってきた。 すれ違うその瞬間、後部座席に座っていた細身の人物――おそらく女性――が、突然 石を投げつけてきた!


バンッ!


運転手がとっさに急ブレーキを踏む。タイヤがアスファルトを擦り、キーッ! という鋭い音が響いた。


アクマは鋭い視線をミラーに向ける。すると、石を投げた女が中指を立てて挑発し、そのままバイクを加速させ、全速力で逃げていくのが見えた。


幸い、フロントガラスは防弾仕様だった。どんなに勢いよく投げつけられようと、ほとんど傷一つついていない。


「クソがっ! 何考えてやがる!」


運転手が怒りをあらわにし、吐き捨てるように叫ぶ。


「どうしますか、ボス?」


もう一人の部下がアクマの様子をうかがった。彼の誇りを傷つけた者が、無傷で済むはずがない。


「追え。」


冷徹な声が車内に響く。


その瞬間、部下たちは目を合わせ、不敵な笑みを浮かべた。まるで、「面白い遊びが始まるな」と言わんばかりに。


運転手はギアを入れ替え、アクセルを踏み込む。エンジンが唸りを上げ、黒いベンツが勢いよく前へと飛び出した。後輪が地面を擦り、白い煙を上げる。


そして、道路に黒いタイヤ痕を残しながら、獲物を追いかけるかのように猛スピードで走り去った――。


バイクの二人乗り——運転する若い男と、その後ろに座る若い女。

ただの普通のカップルだ。


彼らはパーティー帰りで、まだその余韻に浸っていた。

「何か面白いことをしよう」

——そんな軽い気持ちで、通りすがりの車に石を投げつけた。

もちろん、後先のことなど何も考えていなかった。


二人は楽しげに笑い合い、ふざけた会話を交わしていた。

しかし、次の瞬間。


後方からヘッドライトの光が強烈に輝いた。


「えっ…?」


眩しさに思わず腕を上げ、顔を覆う女。

目の前に現れたのは——


黒いベンツ。


ついさっき悪ふざけをしたばかりの車だ。

その車が、今、彼らのすぐ後ろにピタリと張りついていた。


「ちょっ、ちょっと…!?」


女が驚き、男の革ジャンの袖を強く掴む。


「…マジかよ!? 追ってきやがったのか!?」


ヘルメット越しに漏れた声には、明らかな焦りが滲んでいた。


男はアクセルを全開にして逃げようとする。


——だが、遅かった。


ドンッ!!


黒いベンツが、バイクの後輪に激突。


衝撃で二人の体が宙を舞う。

バイクは制御を失い、そのまま路肩へと転がっていった。


——そして、林の中へと消えた。


***


ベンツは静かに停止した。


ドアが開く。


スーツ姿の大男二人が降り立つ。


その後ろから、一人の男が姿を現した。

右手にはサプレッサー付きの拳銃が握られている。


アクマ——


ヘルメットの下で、男は顔を歪めた。

もがきながら立ち上がり、全力で逃げようとする。


パンッ!!


銃声が一発。


男の左足に弾丸が撃ち込まれた。


「ぐっ…ああぁっ!!」


男は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。


アクマは静かに銃口を下ろす。

その顔には、一切の感情がなかった。


***


「いやっ! やめて、お願い!!」


叫ぶ女。

だが、彼女はすぐに大男たちに捕らえられる。


「待て…! 彼女に手を出すな!!」


男は必死に叫び、のたうち回りながら手を伸ばす。


——しかし、その直後。


グシャッ!


アクマの革靴が、男の右手の甲を踏みつけた。


「がっ…ぐあああぁぁっ!!」


容赦なく、何度も踏みつける。

皮膚が裂け、血が滲む。

しかし、アクマの顔色は微動だにしなかった。


やがて、彼はゆっくりと男のヘルメットを外した。


金髪。

実年齢より少し大人びた顔。

いや、単に"恐怖"がそう見せているだけなのかもしれない。


男の目は見開かれ、体は小刻みに震えていた。


だが、それも無理はない。

何せ、額のど真ん中に銃口を突きつけられているのだから。


「お、お兄ちゃん、お願いだから離してくれ! 二度とこんなことはしないって約束する。もしくは、せめて俺の彼女を解放してくれ、頼むから!」


少年は謝りながら懇願の言葉を口にした。彼は、兄のような存在であるアクマに少しでも情けをかけてもらえることを期待していたが、アクマは冷たく、誰にも心を開かない男だった。


「ボス、俺たち、彼女をどう扱えばいいんですか?」


と、部下の一人が熱心に尋ねると、アクマは淡々と横に手を振りながら答えた。


「好きなようにしろ。ただし、終わったら必ず証拠を消し去れ」


その命令に、部下二人はにやりと笑い、すぐさま彼女を床に押し倒してヘルメットを外し、魅惑的な美貌と長い茶色の髪を露わにした。乱れたセーターが、彼女の体のラインをちらりと見せ、彼女は必死に叫んだが、すぐに一人の男が彼女の口を押さえ、同時にベルトを外してズボンを脱ごうとした。


「やめろ! お願いだ、彼女に触るな!」


彼女の恋人は必死に訴えたが、助けの手は差し伸べられなかった。


アクマはただ、前を見据え、静かに低い口調で呟いた。


「もっと賢く行動していれば、こんな結果にはならなかっただろう。残念だな」


彼は床に倒れている少年の元に近づき、革靴の先でそっと顎を突く。


「お前の彼女は、俺たちがしっかり守るから、安心しろ」


そして、彼は静かに耳元で囁いた。


「どうせ……お前はもう彼女を見ることはない」


その言葉とともに、アクマはヘルメットを高く掲げた。


「ま、待っ——」


少年の最後の声が途切れた。


ゴンッ!


ヘルメットが頭蓋に叩きつけられる。


ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!


何度も、何度も。乾いた衝撃音が響く。その背後では、男たちの下卑た笑い声が聞こえていた。


暗い色の血が草地に飛び散る。


やがて、すべての音が消えた。


少年の体は動かなくなり、血が静かに広がっていく。赤黒く染まったヘルメットが、遺体の隣に転がった。


アクマは静かに立ち尽くし、頬に飛び散った血を指先で拭った。そして、その赤をただ黙って見つめる……。


なぜだ?


なぜ、何も感じない?


人を殺したばかりだというのに——。



小さな体が突然夢の世界から飛び起きた。その勢いに、すぐそばを漂っていた小さな霊が驚いて飛び退く。


「えっ! ネロ様…悪い夢でも見たのですか?」


カミエルは心配そうに尋ねた。しかし、ネロは短く「何でもない」とだけ答えた。


悪夢と呼ぶのは適切ではないかもしれない。なぜなら、それはただの夢ではなく…彼がまだ人間だった頃の記憶。アクマという名で生きていた時の記憶だったからだ。


あの世界での自分の性格は、冷酷で残忍だった。純血の魔族である今の自分ですら、嫌悪感を覚えるほどに。


どの世界にも、このような人間は必ずいる。そして、どれほど忘れようとしても、その記憶は心に深く刻まれたままだ。たとえ魔法で記憶を消し去ったとしても…自分には何の意味もなかった。


ネロは赤い瞳で周囲を見渡した。そこには透き通った清流が流れ、豊かな緑に囲まれた美しい森が広がっていた。その光景はまるで天上の楽園のように穏やかだった。


長い時間をかけて、ようやく呪われた森を抜けることができたのだ。


今、壺の中に封じていた魂たちは自由に飛び回っている。そして、ネロ自身も先ほどまでの戦いで大量の魔力を消耗していたため、大樹の木陰に体を預け、小さく仮眠を取っていた。


すると、やがて小さな霊がふわりと近づいてきて、真っ赤なリンゴを差し出した。


「ネロ様! 野生の果実を見つけたので、どうぞ!」


ネロは迷うことなくそれを受け取る。その様子を見て、ノヴァは嬉しそうにくるくると宙を舞った。


魔族にとっての「食事」は、単なる生存手段ではない。食べることでエネルギーや魔力を回復することができる。そして、栄養価の高いものほど、より多くの力を得ることができるのだ。


さらに彼は 排泄する必要がない。食べたものはすべて体内で分解され、跡形もなく消滅する。


ネロは 魔眼 を使い、リンゴに毒が含まれていないかを確認した。そして安全が確かめられると、ひとかじりした。口いっぱいに広がる甘みと瑞々しさが心地よい。


ふと目を向けると、彼の僕たちは川で気持ちよさそうに泳いでいた。


彼の「僕の契約」は、魂を強化するだけではなく、生前の感覚を取り戻させる効果 もあった。


彼らは肉体を持たない存在だが、それでも 味覚・嗅覚・温度・暑さ寒さ・周囲の雰囲気 など、まるで生きているかのように感じることができるのだ。


まるで、もう一度生まれ変わったかのように——


しかし、その安らぎの時間は長くは続かなかった。


ドォォォン!!!


突如、近くで爆発音が轟く。


ネロはすぐさま立ち上がり、すべての僕を壺の中へ戻した。ただし、カミエルだけは例外だった。


彼はため息交じりにぼやく。


「またかよ!?」


ネロは爆発音の方向へと急いだ。好奇心に駆られながらも警戒を怠らず、すぐ背後にはカミエルがぴったりとついてくる。


道中、彼は辺り一面が燃え広がっていることに気づいた。立ち込める煙が視界を覆い尽くし、鼻をつく焦げ臭さが漂っている。しかし、これは自分の仕業ではないと確信できた。自分の魔法の攻撃範囲では、ここまで広範囲に影響を及ぼすことはできないからだ。


奥へ進むにつれ、その光景はより鮮明になっていく。


人間とオークの死体が、そこらじゅうに転がっていた。


屍の列が果てしなく続き、大地は流れ出た血によって赤く染まっている。それぞれの装備は、敵の返り血でべったりと濡れていた。


人間側の兵士たちは銀色の騎士鎧を身にまとい、一方のオークたちは巨大な獣の骨を纏った武骨な装いをしている。その威圧的な姿は、見る者に畏怖を抱かせるほどだった。


ネロは黙ってその光景を見つめ、ぽつりと呟いた。


「戦闘があったのか……? だが、なぜだ?」


魔族が完全に滅ぼされた今、他の種族は平和に共存しているはずではなかったのか?


しかし、現実はその理想とは正反対だった。


ネロは足元を蹴り、近くの丘の上へと跳び上がる。赤い瞳で戦場を一望すると、その全貌がはっきりと見えてきた。


鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が辺りに響き渡り、戦士たちの咆哮がこだまする。


人間軍の後方には、銀色のローブを纏った魔導士たちがずらりと並び、雷、炎、氷の魔法を矢継ぎ早に放っていた。


しかし、オーク側も決して劣勢ではない。


彼らの肉体は人間より遥かに巨大で頑強だった。大岩のような棍棒を一振りするだけで、十人近い騎士たちが吹き飛ばされる。たった一体のオークを討ち取るために、人間たちは大勢の犠牲を払わねばならなかった。


そんな激戦の最中——


突如、騎兵隊が戦場に突入した。


彼らを率いるのは、赤い重鎧を身に纏い、金の装飾が施された肩当てを持つ一人の男。彼の軍勢が突撃すると、槍の煌めきが閃光のように走り、オークたちの身体を次々と貫いていく。


血と絶叫が飛び交う戦場。


だが——


この壮絶な戦いを目の当たりにしながらも、ネロの胸には 何の感慨も湧かなかった。


むしろ——


彼の拳は、怒りに震えていた。


その殺気に気づいたカミエルは、思わず一歩、後ずさるのだった。


「まったく……この雑魚どもが。俺がいない間に、前の戦争で懲りたんじゃなかったのか?」


「こんなの……俺が望んだ世界とは程遠いな」


少年は冷たい声で呟きながら、再び次元袋を開いた。


彼はその手を虚空へと差し入れ、中に秘められた武器を探る。そして指先がある物に触れた瞬間——漆黒の禍々しいオーラが、一気に辺りへと広がった。


突風が吹き荒れ、まるで嵐のように大地を揺るがす。カミエルは咄嗟に近くの木にしがみついた。あまりの衝撃に、戦場にいる兵士たちですら異変を感じ取ったほどだった。


そして——


次元袋から現れたのは、一振りの剣。


漆黒の柄には、夜空の星々を思わせる模様が刻まれ、刃は深紫に輝いている。その表面は脈打つように波打ち、生き物が囚われているかのような不気味さを放っていた。


それは、神々ですら理解し得ぬ存在。


この剣こそ——あらゆるものを破壊し尽くす災厄の武器。


彼ですら、可能な限り使いたくはなかった。


その名は——


「滅びのゾッド


——だが今、エルランガルは思い知ることになる。


真なる支配者が、帰還したことを。


ネロは剣を天へとかざす。瞬く間に暗黒のオーラが溢れ出し、まるで黒き大海のごとく辺り一面を覆い尽くした。そして、彼はゆっくりとその刃を地へと振り下ろす。


もちろん、力は大幅に抑えた。


それでも——


一閃で、巨大な黒い斬撃が戦場の中心へと向かって奔る。


大地は引き裂かれ、亀裂は遥か彼方の山へと達した。やがて、そびえ立つその山すらも——


真っ二つに断ち割られた。


刃が触れたすべてのものは、完全に消滅した。


塵すら残らない。ただ、虚無のみがそこにある。


——静寂。


斬撃が消え去った後、戦場は静寂に包まれた。


両軍の兵士たちは戦いを忘れ、ただ恐怖に満ちた瞳で、真っ二つに裂けた大地を見つめる。


オークの族長と、赤き鎧の騎士——


彼らの視線は、一斉にこの災厄を生み出した者を捜していた。


...しかし、その時にはすでに少年と小さな魂はその場を後にしていた。


ネロは《破滅の剣》を、二度と取り出すことのないように 次元袋 の奥深くへと仕舞い込んだ。


これが――最後だ。


その力はあまりにも 恐ろしすぎる。

持ち続けることすら、彼にとっては 畏怖すべき ことだった。


しかし、あの戦場を目にしたことで 確信したことがある。


この世界は、かつての時代と何も変わっていない。


ならば、ネロには 新たな目的 ができたということだ。


「ネロ様、これからどうなさるおつもりですか? こんなのじゃ、戦争は止まりませんよ?」


カミエルが不安げに問いかける。


ネロは足を止めると、不敵な笑み を浮かべた。


「まずは、俺の故郷へ向かう」


「そこには... 俺を待つ古き王国がある」


「古き王国……?」


カミエルが疑問の声を漏らす。

ネロは答えず、ただ 意味深な笑み を浮かべるだけだった。


「――俺の魔王国さ!」



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