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第33話:ギルドマスター



二人はギルドマスターの部屋へと連れ戻された。

そこは「執務室」という言葉では言い表せないほど豪華な空間だった。四方の壁は陽光を受けて柔らかく輝く白大理石で造られており、天井まで届く書棚が部屋を囲むように並んでいる。古い本と新しいインクの香りが混ざり合い、どこか落ち着く空気を作り出していた。


レインとネロは、部屋の中央に置かれた深い色合いの布張りソファに座らされた。

そのソファはちょうど大きな窓の正面にあり、外からの風と午後の日差しが心地よく流れ込んでくる。

二人の体には、微かに光を帯びた銀の鎖が巻き付いていた。中を何かが巡るような感覚があり、それがただの鉄の鎖ではないことを示している。――これは「疲労の呪い」がかけられた魔導鎖であり、力や魔力を一切使えなくするものだった。


「もう逃げられないな……」

レインはそう心の中で呟き、腕をわずかに動かした。鎖が「カシャン」と乾いた音を立てて、彼を嘲笑うかのように響く。


二人の目の前には、手入れの行き届いた濃い茶色の木製の机が置かれ、その向こう側に一人の青年が立っていた。

赤く整えられた髪が印象的で、歳は二十歳前後。白いシャツに黒のベストを重ね、左耳には獅子の形をした銀のピアスが光っている。その姿は冒険者というより、むしろ上流貴族のようだった。


彼の傍らには、金髪の女性が静かに立っていた。

優雅な立ち姿と所作から、彼女が相当な教育を受けた人物であることが一目でわかる。

――きっと、先ほどアリシアが言っていた「ケルさん」、ギルドの主任秘書に違いない。


青年は黒い手袋を外して机の上に置くと、穏やかだがどこか威圧感のある声で口を開いた。


「初めまして。私の名はラファエル・クラウスデス。ギルド《ベレフ》の現ギルドマスターです。」


その柔らかな声音とは裏腹に、鋭い眼差しが二人の心を見透かすように注がれる。


ネロは目の前の男を見ながら心の中で毒づいた。

(こいつがギルドマスターだって? 思ってたより若ぇな。もっとヒゲ面のじいさんが杖でも持ってるかと思ったのに……)


部屋の後方には、先ほど彼らを捕えたSランク冒険者たちが控えていた。

全員が武器を構え、いつでも行動できるよう警戒している。

そのせいで、室内の空気は重く張り詰めていた。


一方、さっきまで怒鳴り散らしていたレインは、今は驚くほど静かに座っている。

ただ、その視線だけはネロに突き刺さるように鋭く――まるで殺意そのものだった。


(なんなんだよこいつ……知り合いのフリでもしてんのか? いや、違うな。ただの狂人か?)

ネロは混乱しながらも思考を巡らせる。


彼自身、どうして正体がバレたのかもわからない。

それに、もし相手が本当に2500年前から生き残った魔族だとしたら、自分に勝てるわけがないことくらい分かっているはずだ。

――だから、その線はない。


それでも彼が気になったのは、レインの「剣術」だった。

あの速さと威力は人間のそれではなかった。

さらに、あの紅い雷を纏った「神雷の剣」。

普通の人間が扱える代物ではない。


(まさか……あいつも――)


「さて、話を始めましょうか。」

ラファエルの穏やかな声が、ネロの思考を断ち切った。

彼は微笑んでいたが、その笑顔には確かな圧力があった。


「率直に言えば、あなたたち二人はすでに牢に入っていてもおかしくない。

この区域が私たちのギルドの管轄でなければ、そうなっていたでしょう。

……あなたたちは新人冒険者のようですね。ギルドの規則をまだよく知らないようで。」


彼はゆっくりと椅子に腰掛け、手元の書類を開く。


「今回の件は思っていた以上に大ごとです。単なる喧嘩ではなく、町の建物を数十棟も破壊してしまった。

幸いにも死傷者はいませんでしたが……。さて、誰が先に手を出したのか、聞かせてもらえますか?」


ネロは即座にレインを指差した。

「こいつが先に仕掛けたんだ!」

「こいつが怪しかったんです!」


「はぁ!? どこが怪しいってんだよ!」

「杖もなしに魔法を使えるなんて怪しいに決まってるだろ! 詠唱もなしに発動してたじゃないか!」

「そんなの才能の差だよ! 俺は生まれつき優秀で、かっこよくて、最高なんだよ!」

「理屈になってねぇ!」

「じゃあお前のその破壊力は何だ! みんな見てただろ、何軒壊したか!」

「ネロ!!」


二人の口喧嘩がエスカレートし、Sランク冒険者たちは一斉に頭を抱える。


ラファエルは静かに手を上げ、深くため息をついた。

「なるほど……状況はだいたい理解しました。

予備調査によると、複数の証言が一致しています。――先に手を出したのは、あなたですね、レイン?」


レインは小さく喉を鳴らし、ためらいながら答えた。

「……はい。でも理由があったんです。」

「聞かせてもらいましょう。」

「その子が――『魔族』かもしれないと思ったからです。」


一瞬にして、部屋の空気が凍りついた。

誰もが息を呑む中、Sランク冒険者の一人が吹き出した。


「ハハハハハッ! 聞いたかマスター? こいつ、あのガキを“魔族”だってよ! あははは!」

「ディーズ、静かにしろ。ここはマスターの前だ。」

「す、すみませんゲーゼルさん。でもさすがに笑うだろ! 魔族なんて何百年も前に絶滅したんだぞ!」


「本気で言ってるんです!」

レインは真剣な目で叫ぶ。

ネロは小さく笑みを浮かべながら目を伏せた。


「証拠がないなら、ただの妄言だな。」


ラファエルは指先で机を軽く叩き、静かに告げた。

「真相はともかく、被害が出たのは事実です。

規則に従えば、今回のような大規模破壊行為の罰は――『ギルド追放』です。」


「はぁぁ!?」

ネロが勢いよく立ち上がった。

「追放だって!? そんなの冗談じゃない!」


レインはその反応に驚き、思わず目を瞬いた。

(なんでそんなに焦ってんだ……?)


ラファエルは軽く笑い、手をひらひらと振った。

「落ち着いてください。今回は幸いにも負傷者がいませんでした。

ですので、減刑が認められます。ただし――“ギルドとの和解条件”を受け入れてもらいます。」


「和解条件……?」

「はい。今回の損害を補填してもらうことです。」


「僕が払います。」

レインが即答した。


「いや、俺が払う!」

ネロが即座に反論する。


「お前、払えるのか?」

「もちろんだ!」

ネロは胸を張る。


ラファエルはにこりと笑い、淡々と告げた。

「損害総額は――1億800万セリンです。」


「……今、なんて?」

「1億800万セリンです。」


「……じゃあ、こいつが全部払う!」

ネロが即座にレインを指差した。


「おい! さっき自分が払うって言っただろ!」

「お前が原因だろ! 責任取れよ!」

「お前も戦ったじゃないか!」

「聞こえなーい! 俺は何も知らなーい!」


ネロは耳を塞いでわめき散らす。レインは額に青筋を立て、喚き返す。


やがて、ラファエルが手を叩いた。「パンッ!」

「はい、そこまで。ではこうしましょう。

レインさんが80%、ネロさんが20%。これで決定です。」


レインは深いため息をつき、ネロは一瞬で魂が抜けたような顔になった。


――和解条件の一つ目、これにて成立。

……多分、ね。



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