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第29話:容疑者 2


「こいつはいったい誰なんだ?」


ネロの頭に最初に浮かんだ疑問だった。見知らぬ男の声と顔を目にした瞬間、彼はそう感じた。復活してから多くの人と出会ったわけではない。特に、数秒しか目にしなかったような、脇役レベルの人間をすべて覚えているわけでもない。記憶の神ではないのだ。


だが、この男は違った。金持ちの上流階級のような豪華な服を着て、まるでアップグレードされた脇役のように見えるが、彼の言葉の一つがネロの心に引っかかった。


「やあ、また会ったな。」


その「また」という言葉が、彼の疑念を呼び起こした。もしかすると、この男は全く無関係ではないのかもしれないと。よく思い返せば、昨日ギルド内でほんの数秒すれ違っただけの相手かもしれない。印象に残らない短い出会いだったが、不思議なのは、あの男ははっきりとネロのことを覚えており、彼が知らない何かを知っているかのように振る舞っていることだった。


その時はちょうど正午を少し過ぎたころで、厚い赤いカーテンから陽光が差し込み、窓際に置かれた木の机に長い影を落としていた。二人は自然とそこに腰を下ろし、まるで秘密の舞台のような空間で語り合った。


ネロと男は互いに落ち着いた目で向き合い、瞬きさえせず、静寂が室内に張り詰めていった。ギルド内の時間が止まったかのような空気の中、しばらく無言が続いた後、ネロが先に口を開いた。


腕を組み、少し顎を上げて、冷静で状況を掌握している冒険者の風格を演出しながら言った。


「用があって呼んだのか?どうやら俺のことはよく知っているようだな。」


男は軽く鼻で笑った。


「いや、知ってるってわけじゃないよ。たまたまお前の話を耳にしただけだ。驚くなよ。」


その言葉は気さくに聞こえたが、全く誠意は感じられず、明らかに何かを隠している雰囲気だった。


「自己紹介もまだだな。」


男はリラックスした様子で続けた。


「俺はレイン・ベルモンド。このギルドの冒険者だ。お前と同じさ。」


そう言いながら右手を胸に当て、礼儀正しい笑顔を浮かべて自己紹介した。できるだけ誠実さを見せようと努めているようだった。


「……」


ネロは疑いの目を向け、眉をひそめ、信用していない様子で低い声で言った。


「本当に名前を騙っているわけじゃないな?」


冗談めかしながらも、相手の裏を取ろうとする意図は明白だった。


レインは一瞬戸惑ったが、すぐに答えた。


「もちろんだ!俺は本物のレイン・ベルモンドだ、100パーセント!」


最初は少し言葉に詰まったが、ネロは相手が口下手か、何か隠しているのかもしれないと思い始めた。


レインはすぐにズボンのポケットから名刺を取り出した。まるでこの状況に備えていたかのようだった。


「これが俺の名刺だ。信じられないなら見てみろ。」


ネロが受け取って確認すると、名刺に書かれた情報はすべて彼の言った通りだった。フルネーム、所属ギルド、性別、登録日、そしてランクは彼と同じ「C」だった。


「ふーん…別に変わったところはないみたいだな」


公平を期すために、ネロは自分の名刺も取り出して見せた。必要はなかったが、少しでも友好的な態度を示せば、相手が何かをもっと話してくれるかもしれないと思ったのだ。


二人が名刺を見せ合ううちに、レンの目には少し信頼の色が浮かんだように見えた。しかしネロの心の中では、それはただの「目くらまし」であり、相手の反応を見ているだけだった。


レンはあくまで普通の冒険者を装い、害のない友好的な態度を取り、薄く微笑みながら子供のような少年の警戒心を解こうとした。しかし実際は巧みに時間を稼ぎながら、勇者システムに秘密裏に相手の能力をスキャンさせようとしていた。


「今回は前回みたいなミスは絶対にしない…」とレンは心の中でそう決め、静かにネロを見つめた。


もしもシステムがまた誤作動や異常表示を起こしたら、彼は右ポケットに隠してある状態異常回復薬をすぐに取り出して使うつもりだった。


【ステータスオン】


【処理中…】


青白い魔法陣がレンの前に静かに浮かび上がり、彼の指先がゆっくりとポケットに入り、異変があればすぐ薬瓶をつかもうとした。


しかし、その直後に表示された結果に彼は思わず動きを止めた。


【ネロ・クラウド・ルシファー】


【状態:正常】


レベル:24


HP:8,000/8,000


MP:245/440


攻撃力:356


魔力:1,200


速度:600


その他のステータス:なし


「えっ…?」


レンの口から思わず小さな声が漏れた。


かつて固く握っていた薬瓶の手が、ゆっくりと緩み始める。目は依然として表示されたデータから離れなかった。


全ての数値が「正常」で驚くほどに平凡だった。超人的な強さも異常も警告もなく、昨日のような異変はなかった。


レンは口元をわずかに開き、困惑とほっとしたような表情を浮かべた。


『なるほど…昨日はシステムの誤作動だったんだな。単なるシステムの不具合か…自分が考えすぎてただけか』


彼は軽く首を振り、少し申し訳なさそうにしてからネロを見上げた。


「どうやら勘違いだったようだ。時間を取らせて悪かったな」


そう言うとレンは即座に立ち上がり、片手で胸を軽く押さえて謝罪の意を示した。そして振り返らずに素早く立ち去ってしまった。


「は!?ちょっと待てよ、話すって言ったじゃないか!」


ネロは困惑しながら声を張って呼び止めた。


彼はすぐに立ち上がり、かなり大きな声で声をかけた。ここでは、アリシアというギルドの職員以外で、彼に友好的に話しかける者はいなかった。ましてや自分のことを「知っている」ような人間なら、会話を続ける価値はあると思ったのだ。


しかし叫び声にもかかわらず、レンは振り返ることも返事をすることもなく、


迷いなく正面玄関の扉を抜けて行き、ネロの胸には疑問と虚しさだけが残った。


とはいえ、レンが落ち着いた表情でギルドを出ていく途中、数え切れないほどの思考が頭を駆け巡っていたその時、すれ違う二人の男性冒険者の会話が彼の注意を強く引きつけた。


「なあ、このマスク見たか?」


「何だそれ?」


「これ、魔法のマスクなんだぜ!放浪商人から手に入れたんだ。めちゃくちゃ高かった、なんと五千セリンもしたんだ!」


「五千!?何かできることがあるに違いないな…」


「もちろんさ!これをつければ、装着者の魔力を隠せるんだぜ!」


レンはその場で足を止めた。


会話はシンプルだが、『重要な情報』が詰まっていたのだ。


「誰がこのマスクをつけても、本当の魔力は誰にも見抜けないんだ。上級冒険者が使ってて、魔力検知がほとんどできなかったのを見たことがあるぞ!」


「でも…お前はそんなに強くないだろ?隠す必要なんてないだろ?」


「ああ、そういう問題じゃねぇんだよ。カッコよさの問題だろ!」


二人の笑い声がかすかに響きながら通り過ぎていき、レンはまるで雷に打たれたようにその場に立ち尽くした。


「…待てよ」


彼は小声でつぶやき、目を見開いた。


「これを…完全に忘れていた」


レンはゆっくりと体を回転させ、ギルドの窓辺に置かれたテーブルを見た。そこには少年が座っており、レンの鋭い目がじっと彼を見つめていた。表情は怒りや疑念を示してはいないが、その奥には明らかに張り詰めた警戒心がはっきりと感じられた。


青年はゆっくりと目を閉じ、静かに息を吐く。身体からは淡い光が漂い始め、集中して感覚を研ぎ澄ませる「感知モード」に入った。周囲の生物の魔力の気配が少しずつ刺激されていく。


これはレンの固有スキル【気配察知】。高等スキルであり、人間や亜人種の生命エネルギーを正確に識別できる能力だ。


種族も様々な人で溢れるこのギルド内。人間、エルフ、獣人たちの魔力はレンにとっては慣れ親しんだものだ。ほんの一瞬で彼は誰が何者かを見分けられる。


しかし、あの少年から放たれる気配は――


違っていた。


人間でもなく、通常の亜人種とも違う。


彼の小さな体から発せられる異様な気配にレンは眉をひそめた。それは彼の人生で一度も感じたことのない匂いだった。まるで彼が学び、経験してきた自然の法則を超越した何かがそこにあるかのようだった。


たとえあの少年が魔法のマスクや魔力隠蔽の術を使おうとも、レンの高等スキルの感知からは逃れられない。


「これは…一体どういうことだ…?」


青年は独りごとをつぶやき、ここ数日で初めての厳しい表情を浮かべた。


まさか…あの少年が“それ”なのか――


もう一方の丸テーブルの向こう側、ネロ・クラウド・ルシファーは、あきれたように頬杖をつき、ギルドの外の通りをぼんやりと見つめていた。迫りくる危険にまったく気づいていない様子で、その無関心な目には不安の色ひとつ映っていなかった。


「このあと、どうしようかな…」


失業者のように小さくつぶやく。


すると――


彼が気づく前に、そっと足音が横から聞こえた。


レンが、まるで動きなく現れたかのように、そこに静かに立っていた。


「……」


驚いて眉を上げたネロは、だるそうな声で問いかける。


「おい、いつ戻ってきたんだ——」


チャッ!


言葉を終える間もなく、銀色のクレイモアが左腰から素早く抜き取られた。


ネロが目で追えない速さで、ためらいなく彼の身体に斬りかかる。


鋭い刃が空気を切る音とともに強い衝撃が生まれ、ギルドの窓や壁の一面が、まるで隕石が落ちたかのように粉々に破壊された。


ガシャーン!!!


壁や板、ガラス、カーテンの破片が爆風に巻き上げられ、嵐のように吹き飛ばされる。


ギルド内の人々は悲鳴をあげ、カウンターの後ろにいたアリシアはとっさに身をかがめ、腕で頭を守った。


爆風の音が急速に収まり、残されたのは埃と張り詰めた静寂だけだった。


落ち着きを取り戻すと、アリシアはゆっくりと顔を上げ、息が詰まる光景を目にした。


ギルドの入り口の壁は巨大な穴となり、まるで巨大な獣に突き破られたかのようだった。


そしてその穴の中心には、一人の青年が剣を手に立っていた。


「う、うわっ……」


アリシアは言葉を失い、カウンターの下に隠れたまま、昨日まだ修理が終わっていない壁の傷跡をちらりと見た。


「き、昨日の壁の傷、まだ直ってなかったのに……」


彼女の声は震え、次の瞬間泣き出しそうだった。


「ケルマが見たら……どうなるんだろう……」


アリシアは、昨日の出来事で残された人型の壁の跡を見つめ、深いため息をついた。


先輩のスタッフがそっと肩を叩き、慣れた口調で言った。


「そのうち慣れるさ」



---


ギルドの向かいにある広場のもう一方――


ネロは疲れ果て、レンの攻撃で吹き飛ばされながら、レンガの地面を転がり、うつ伏せに倒れ込んだ。


軽くむせ返りながら身体を起こす。


外見はそれほど大きなダメージを受けていないが、服は明らかに裂けていた。


「くそ……」


顔の埃を払いながら呟く。


バリアを間に合わせて張ったが、レンの攻撃力は普通の魔法防御では到底耐えられなかったらしい。


「あいつ……ただ者じゃないな……」


彼は見上げて攻撃の発信源を見る。


群衆が騒然と逃げ惑う中、レンは広場の対岸に威厳をもって立っていた。


手には銀の長剣クレイモアを掲げ、ネロを指し示す。


その鋭い目には凄まじい殺意が宿り、遠くからでもそれは明白だった。


彼の声は冷たく、しかし明瞭だった。


「ネロ・クラウド・ルシファー……お前は悪魔か?」



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