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第1話: 復活


かつて「エルランガル」と呼ばれた大地では、種族間の戦争が千年以上にわたり続いてきた。神々、魔族、異世界の勇者たちが幾度となく戦いを繰り広げようとも、その闘争の輪廻が途絶えることはなかった。


そして、最後に頂点に立つ者は、ただ一人——


どの地においても、どの領域においても、あるいは神秘の次元の最奥でさえ、その名を知らぬ者はいない。最強の魔族、魔王ルシファールの子にして、恐怖の伝説となった男——ネロ・クラウド・ルシファール。


彼こそが『真なる原初の魔』。魔族の文明を築き、思想を生み出し、魔術の理を創り上げた者である。


元来、魔族とは堕天した天使たちにすぎなかった。彼らの力は中位の神々に匹敵するものの、天界を追放された後は獣のように地上をさまよい、影に潜む存在となるしかなかった。


しかし、ある日、彼らはエルランガルの中心に眠る力の源泉——**「ブラックラプラス」**を発見する。そして、その瞬間から魔族は歴史の表舞台へと躍り出ることとなった。


最強の神ですら彼の力を前にして抗えず、ついにはネロ率いる魔族の軍勢に膝を屈した。それは神々の歴史に刻まれた最大の汚点でありながら、この終わりなき戦争を止める唯一の方法でもあった。


かくして、ネロは人界、天界、魔界すべてを統べる者となった。長きにわたり、彼の意のままに世界は創り変えられ、理想郷に近づいていった。しかし、時が経つにつれ、魔族の心は欲望と憎悪、権力への渇望に蝕まれていった。やがて、その歪みは内乱へと発展する。


ネロはその異変を察知し、内乱を鎮める策を講じようとした。


だが、信頼と慈悲こそが、最大の過ちであった。


どれほど強き魔王であろうとも、決して誤ちを犯さぬわけではない。彼は巧妙な策謀に嵌められ、ついには自らが生み出した究極の魔術——古の封印術によって束縛されてしまう。


意識が深淵へと沈みゆく中、彼は最後に一つの誓いを残した。


「いつの日か—— 我は帰還する。創造者として、破壊者として、変革者として」


その日を境に、彼の伝説は歴史から徐々に消え去り、まるで初めから存在しなかったかのように、人々の記憶からも忘れ去られていった。


二千五百年もの時が過ぎ去り……




「……俺は、本当に戻ってきたのか?」


少年は戸惑いながら呟いた。見知らぬ暗い洞窟の中、ぼんやりと周囲を見渡す。


その瞬間、封印される前の記憶が一気に押し寄せた。異世界で生まれ、退屈な学園生活を送り、報われぬ初恋を経験し、そして裏社会の頂点へ—— そして最後は銃弾を受け、高層ビルから落ちていった。


「……人間に転生するなんて、最悪だな」


封印の間、魂は異世界へ転生し、そこで死を迎えたことで"誓約"が発動。封印が解かれ、今こうして目覚めたのだ。


ネロは自分の身体を見下ろす。小さくなった手足、ほぼ消えかけた魔力——復活の代償は大きい。しかし、顔つきだけは昔のままだ。


ここはどこだ? どれほどの時が流れた? 魔族は今も存在しているのか?


考えても答えは出ない。出口を探すしかない。


彼は赤い魔眼で闇を見通し、静かに歩みを進めた——。


目の前には、泉から数メートル離れた場所に、何段にも続く石の階段があった。

その深さからして、ここは思った以上に地下へと広がっているようだ。

上へと登り切るには時間がかかるだろう。

だが、いつまでもこの薄暗い洞窟に留まっているよりは、ずっとマシだった。


小さな身体が水面から立ち上がる。

裸足の足裏に、冷え切った石の感触が伝わった。

寒さに息が白く霞む。


この階段は、長い間放置されていたのかもしれない。

ひび割れや崩れかけた部分が目立つ。


ゆっくりと慎重に登り続け、ついに最上段へとたどり着くと、そこには古びた木の扉があった。

少年が手を伸ばし、それを押し開く。

ギィ…と、板が床を擦る音が響いた。


扉の向こうにあったのは、かつて白かったであろう床。

しかし今は、厚く積もった埃に覆われ、その美しさを完全に失っていた。


そして、まず目に飛び込んできたのは、

大きな窓から差し込む銀色の月光。


その窓はひどく損傷しており、砕け散ったガラスの破片が床に散乱していた。

かつては見事だったであろうカーテンは、今やボロボロに裂け、垂れ下がっている。


一目見ただけで分かる。

ここは豪華な城でも、高級ホテルでもない。


少年は窓へと歩み寄り、外の様子を伺った。

目に映ったのは、果てしなく広がる暗い森。


濃い霧があたりを覆い尽くしている。

静寂が、かえって不気味さを際立たせていた。


木々は枯れ果て、大地はひび割れ、生命の気配すら感じられない。

この地には、長らく繁栄というものが存在していなかったのだろう。


「……廃墟か。それとも、何かの巣か?」


どちらにせよ、慎重に動くべきだろう。


しかし、何も持たずに歩き回るのは得策ではない。


彼はカーテンの一部を引き裂き、寒さをしのぐために体に巻きつけると、さらに館の探索を続けた。


道すがら、いくつもの部屋を通り過ぎた。かつては生活に欠かせない物が置かれていたのだろうが、今ではほとんどが朽ち果て、使い物にならなくなっている。家具は朽ち、シロアリに食われたものもあれば、蔦が壁を覆い尽くしている場所もあった。この館は少なくとも百年以上は放置されているに違いない。


そして何より、ここへ来てから一度も他の魔族の気配を感じていない。


手がかり、もしくは何かしら役に立ちそうなものを探していたその時、彼の視界の隅に奇妙な光が映った。


青白い炎——


それは遠くからこちらをじっと見つめていた。まるで様子を伺うかのように。そして、徐々に近づいてきている。


その瞬間、少年は自分が"独り"ではないことに気づいた。


赤い瞳が周囲を警戒する。だが、見えるのは月明かりに照らされた床だけ。何者かの気配を感じるのに、その姿はどこにもない。


ならば、気にする必要はない。


そう判断し、彼は次の部屋へと向かった。


長い廊下を抜けた先、一つの扉の前で足を止める。


ここだけ、他の部屋とは様子が違った。


壁はしっかりしており、扉も歪んでいない。それに、何より——きちんと閉じられていた。


彼は手を伸ばし、扉を押し開いた。


そこに広がっていたのは、巨大な図書室だった。


本棚は整然と並び、分類もはっきりしている。ところどころに蜘蛛の巣が張っているものの、館の他の場所とは異なり、今も手入れが行き届いているかのようだった。まるでここだけが別世界であるかのように。


——ここには、何か重要な書物や情報が保管されているに違いない……!


少年は室内を歩き回り、興味を引く本を探し始めた。やがて、目に留まったのは、本棚の高い位置にある一冊の本。しかし、小さな体では到底手が届かない。少年はつま先立ちになり、腕を精一杯伸ばしたが、それでも指先すら触れなかった。


力ずくでは無理だと悟った彼は、魔法を使うことを決めた。物体を操る魔法で本を引き寄せようとしたが——


その瞬間、本はひとりでに棚から滑り落ちた。


少年は思わず動きを止めたものの、反射的に手を伸ばし、本をしっかりと受け止める。


そして次の瞬間、本を落とした"原因"が姿を現した。


それは——青白く光る不思議な炎。


最初から彼の後をつけていた存在だった。


とはいえ、少年にとっては驚くべきことではなかった。彼はこの館に足を踏み入れた時から、それがずっと近くにいることを感じ取っていたのだから。


「——貴様が、この館を守る霊魂か?」


赤い瞳がじっと青白い炎を見つめる。


その声音は淡々としていたが、どこか冷ややかさを孕んでいた。


少年が少しも怯える様子を見せなかったことに気づくと、青白い炎は低く響く声で答えた。


「我が名はカミエル。この館を護る霊魂たちの長……まさに、貴様の推測どおりだ」


「人間の子供である貴様が、なぜこのような場所にいるのか……気になって様子を見させてもらったが——どうやら、貴様は私を恐れていないようだな」


カミエルは名乗りつつ、己の疑問を口にした。


しかし、少年の表情は微塵も揺らがず、何の関心も示さなかった。


「お前の名前が何であろうと、俺には関係ない。今はお前の主と会いたいだけだ。案内してもらえるか?」


少年は単刀直入に尋ねた。少しでも早く答えを得るために。


「申し訳ありません……。ですが、私は主君に長らくお会いしておりません。顔さえも、もう思い出せぬほどに……」


カミエルは軽く頭を下げ、真摯な声で謝罪した。霊体であるにもかかわらず、その態度と言葉から、少年は彼が嘘をついていないことを感じ取った。


そして会話を重ねるうちに、彼は重要な情報を得る。カミエルの主は禁忌の術を操る ネクロマンサー である可能性が高いということを。


なるほど……だからこんな荒れ果てた森の中に住んでいたのか。


主の正体を知った少年は、自らの 魔眼 を用いてカミエルの魂に刻まれた呪詛を見極めることにした。


そして、現れた結果は予想通りだった。


「……奴隷契約スレイブ・パクト


もしこの屋敷の元主が本当にネクロマンサーだったのなら、彼はこの術を用いて数多の魂を支配していたはずだ。


そう確信した少年は、カミエルに命じる。屋敷の霊たちを全員ここに集めるように、と。


それから間もなく、屋敷中に散らばっていた霊たちが、次々と姿を現した。そして、整然と並び、少年の前に静かに佇む。


カミエルを含め——そこに集った魂の数は、十六体 だった。


すべての準備が整った瞬間、小さな身体が左手を前へとかざした。


すると、赤い魔法陣が腕の周囲に浮かび上がる。


彼は指先を軽くひねり、ほんの数回回すだけで、霊たちに刻まれていた拘束の呪文が変化し始めた。


それはより複雑な古代ルーンへと書き換えられ、生きているかのような強大な魔力を放ち始める。


ほんの一瞬の出来事だった。


儀式は完了し、霊たちは自らの存在に流れる力が、先ほどよりもずっと強く、激しくなっているのを感じ取った。それは不思議なほど心地よい感覚だった。


「……お前、いったい何をした?」


カミエルが疑問を口にする。


そして返ってきた答えに、彼らは息をのんだ。


「少しは自覚を持つことだな、霊どもよ。これからは——俺がお前たちの新たな主だ!」


その言葉に、霊たちは皆、驚愕した。


「……どういうことですか?」


一体が震えるような声で問いかける。


青い鬼火がかすかに揺らぎ、その不安を表していた。


少年は霊たちを一瞥し、冷静な声で告げた。


「言葉通りの意味だよ。お前たちの前の主は、自分が優れた術者だと勘違いしていたようだが……実際のところ、ただの模倣に過ぎなかった」


彼は手をひねりながら、何かを確かめるように指を動かした。


「本物の『隷属の契約』というものはな、正確な古代ルーンを刻み、それを術者の魔力と完璧に融合させなければならない。ただ適当に記して、うまくいくはずがないだろう?」


少年は鼻で笑う。


「所詮は……三流の『ネクロマンサー』ごときに、本質が理解できるわけがないさ」


その言葉に、霊たちは思わず沈黙した。


まるで今まで考えもしなかった『何か』に気づかされたかのように——


「……あなたは、一体……?」


その問いを聞いた瞬間、小さな頬に微かな笑みが浮かんだ。


少年はマントを軽く翻し、優雅に月明かりのもとへと向かう。


大きな窓辺に足を運び、冷たい風を浴びながら、誇らしげに言葉を紡いだ。


「我が名は、この世界の隅々まで、いや、あらゆる次元にまで轟いている。誰一人として、この名を知らぬ者など存在しない。かつて全てを支配し、時がどれほど流れようとも、決して忘れ去られることのない名——」


紅蓮の瞳が煌めく。


そしてネロは勢いよく振り返り、目の前に浮かぶ魂たちを見据えた。


その口から高らかに宣言が響き渡る。


「我が名は——ネロ・クラウド・ルシファー! 太初の魔王だ!!」


宣言を終えた少年は腕を組み、誇らしげに顎を上げる。


さあ、これで魂たちは恐れおののき、驚愕し、ひれ伏すはず——!


しかし——


静寂。


驚きの叫びも、騒然としたざわめきもない。


いや、それどころか、誰一人として反応を示さなかった。


ただ、静かに冷たい風が吹き抜けるばかり……。


「……」


ネロは数回瞬きをし、目の前の魂たちを見つめる。


まるで心を失った人形のように、彼らは静かに宙に浮かんでいた。


「……な、なんだこれは!? どういう反応だ!?」


少年は眉をひそめ、苛立ち混じりに声を上げる。


「お前たちは驚くべきだろう! 口をあんぐり開けるべきだろう! そして、恐れ敬ってひれ伏すべきだ! なのに——」


「——申し訳ありません」


ネロの言葉を遮るように、カミエルが静かに口を開いた。


そして、わずかに頭を下げる。


「先ほど、あなた様はご自身の名がこの世界のすべてに知れ渡っているとおっしゃいましたが——」


一瞬、彼は言葉を詰まらせる。


まるで続けることをためらうかのように、慎重に次の言葉を選ぶ。


「ですが、私も、そしてこの場にいる全ての魂も……その名を一度も聞いたことがございません」


「……」


ネロの紅い瞳が大きく見開かれる。


口がぱくぱくと動くが、言葉が出てこない。


「……は?」


その問いに、カミエルはどこか気まずそうに、恐る恐る答えた。


「……私が死んだのはたったの百五十年前ですが……正直、その名を耳にしたことは一度もありません……」


ネロは硬直し、遠くを見つめる。


先ほどまでの誇り高き感情は、一気に足元へと崩れ落ちた。


「……は?」


微かに漏れたその声は、魂が抜けたかのように虚ろだった——。



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