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報復合戦 後半戦


 1


 翌朝。

 “元気に”出社してきた恵美の姿に驚愕していく秘書課の面々。額の絆創膏は垂らした前髪で誤魔化せるものの、ムチウチの治療を受けたくびだけは、どう隠しようもなかった。大破させられてしまったアヴェンタドールは、廃車処分行きとなったので、通勤の際はしばらくの間は史土菜穂しどなほから送ってもらうこととなった。昨晩あのあとで、恵美は事情聴取を受けて、同い年くらいの女性警察官から自宅まで送ってもらった。“現行犯の悲惨な姿”を見た刑事および警察官たちは、正当防衛にしてはやり過ぎだと思ったらしい。

 皆からの有り難い声を受け止めていった恵美は、笑みを浮かべてこう返した。

「皆さん、ご心配ありがとうございます」―あの不届き者を差し向けた人は、だいたい見当がついているわ。――


 場所は変わって。

 それぞれ出勤前に仲良く朝食をとっていた、美砂子と隆史は、朝のニュース番組を観た瞬間に同時に箸を止めてしまったのだ。未遂とはいえ、秋富士恵美が強姦事件に遭遇したことと、そのけっか犯人を返り討ちにしてしまったことにであった。このとき隆史なりに、まあ、恨みを買う可能性が高い女だったから当然のことかもしれないなぁ、と“これっぽっちも”気の毒に思わなかった。対して美砂子は、目の前の彼氏のそんか思いなんぞ尻目に、内心は悔しさと失敗した怒りとで歯を食いしばっていた。

 ―あの役立たず! 痛めつけられてどうすんのさ!! …………まあいいわ。次の手を考えなきゃね。――



 2


 ムチウチには、全治一ヶ月を要した恵美。事件後ということもあり、恋敵の美砂子へのいつもの嫌がらせをするのを控えていた。よって、約半月ほど鎮静化。だからといって、自粛をしていた恵美ではななかったようだ。この間に、恵美は思った。最近やっぱり、尾行をされている。いったいどこの誰なのか?

 というわけで。

 夕方。

 長崎駅内部にある、とある喫茶店。

 奥の席に、女が四人座っていた。

 ひとり目は、秋富士恵美。

 その隣りに、史土菜穂。

 向かい合わせに、李寵姫。

 並んで、ミシェール・ウッティパイカー。

 と、皆揃いも揃って華やかだった。国際色豊かとも云える。そのなかでもこの中国人女性の、李寵姫り ちょうきは、隣りのタイ人娘のミシェール・ウッティパイカーと、以前は外国人キャバクラにてホステスとして働いていただけではなく、李寵姫に至っては恵美から呼び出された挙げ句に拳を一撃お見舞いされたはずだった。そんなはずだったが、治療を受けながら自宅療養(この場合は、飲食店の従業員寮で)をしていたときに、なんと、恵美の方から訪ねてきたうえに、あのときは大変失礼をしましたと頭を下げて“本当のお見舞い”にきたのだ。先客できていたミシェールの仲介もあってか、二人の長身美女は和解。そして現在はホステスを辞めた李寵姫とミシェールは、恵美の紹介で、この女の父親の会社で受付と案内とを受け持って働いている。そして、史土菜穂も先の二人と同じく、恵美の父親の会社で、オペレーター兼オンブズマン(苦情処理係)をしていた。

 外国人キャバ嬢として働いていたときは金髪頭だったものから、黒髪へと戻して、女神の度合いが増している色白な李寵姫。そして、浅黒くキメの細かい地肌と、緩い天然パーマがかかった黒髪を持つミシェールは、ホステスをしていたときからあった天使の印象は全く変わっていなかった。

 そうして、各々が注文した飲み物をほど良く減らしたところで、恵美から切り出した。

「今日、貴女たちに集まっていただいたのはほかでもないわ。―――私を尾行している方がいったいどういう人物なのか、尾行してほしいの」

「尾行の尾行」と、菜穂が復唱。

「そう、尾行の尾行」

 頷きつつ返す恵美。

「どお? 面白そうだと思わなくって」

 と、こう皆に微笑んで見せた。



 3


 やがて長崎が梅雨入りした頃。

 恵美のムチウチは完治していた。

 そして、遂に訪れた。

 通称『お泊まり女子会』。

 誘ってきた当人である恵美が事件に遭遇して、延期に延期を重ねて、本当に雨で“お流れ”になってしまうのではないかと不安でならかった、野川探偵事務所の探偵助手の佐伯真琴女史。この女の本音を云えば、お泊まり会に至っては、お仕事抜きで本気で楽しみにしていたところだった。だが、これが潜入調査ということは忘れたわけではなく、野川彰宏所長との打ち合わせの通りに、上着の胸元のボタンには極小の隠しカメラを仕込んでいた。このカメラは、彰宏所長の持つ小型のノート型パソコンと無線で中継できる。あと、携帯電話のメモリーカードサイズと薄さを有しているマイクも装備。このマイクは、半径500メートルくらいまでの音を拾える、無線タイプだった。

 よって、準備万端。

 備えあれば憂いなし。


 週末を迎えて。

 そして、秋富士邸に到着。

 長崎は今日も雨だったと歌われているが、この日に限っては雲ひとつ見当たらないくらいに真っ青な碧空。あたしを歓迎してくれているのね。と、そう勝手に解釈した真琴女史は、気持ちも晴れ晴れと澄み渡っていた。

 集まったメンバーを見た途端に、真琴女史は溜め息を漏らしてゆく。それは、もう、華々しいのひと言に尽きる。余計な装飾語は要らない。秘書課の面子はもちろんのこと、史土菜穂を始めに李寵姫とミシェール・ウッティパイカーも招待されていた。しかし、これだけの人数が揃っていても、当の恵美を含めて個々の華やかさは埋没すらしていなかったのにも、真琴女史は改めて驚愕した。あえて言葉に出すとしたら、オー・マイ・ゴッド!!―――である。だからといって、この女は別にカトリック信者ではない。しかも、よく見てみたら、皆さんこれと云ったアクセサリーなど身に付けておらず。確かに、当人方が美しければ余計な装飾は要らない。

 あと、秋富士邸の近くには、彰宏所長が藍色の軽自動車でスタンバイしていた。云い忘れていたが、真琴女史の身に付けているこの隠しカメラから受信する映像は、現場の近ければ近いほど、より鮮明に観ることができる。しかしそれ以前に、助手に「何かあったら、万が一駆けつけることができる」ように、現場からなるべく近い所で見張りと待機といったものだった。



 ついに始まった、お泊まり会。

 贅沢で豪華な日本料理。

 しかし、並びは控え目かつ上品。

 そんなに“ドカ盛り”でもないし。

 招待した面々へと労いを済ませて。

 そして、いただきます。

 皆それぞれ持ち寄ってきた“お酒”も付け加えて、この先の盛り上がりは必至だと思った真琴女史。皆さん意外にも、スラックスかGパンだったのが驚きで、あたしだけ気合いを入れてスカートを穿いてきたのは、ちょっと恥ずかしい。このような探偵助手の気持ちなど余所に、恵美たちは、お互いに会話をジャブしていきながらもアルコールを少しずつ入れていく。そして、夕刻を迎える前に、並べられていた日本料理の皿をほとんど空にしていた。しかも、真琴女史がお酒によって顔をほんのりと赤くさせていたのにもかかわらず、その他の恵美を含めた面々は、意外にも顔色ひとつ変えないで平然としていた。

 そういった流れを察してかどうかは解らないが、シルバーのワンボックスカーが一台、門の前に停まるなりに運転手がインターホンへと言伝をしたのちに開いていき、車両は敷地内へと入ってゆく。これに応対してゆく恵美。そして駐車場に停めて新たな美女が三人ほど出てくると、後ろへ回るとトランクを開けて、なにやら大きな箱を引き出していった。

 チャイムの鳴るのを聞いた恵美は、扉を開けて新たな来客を迎入れていく。それは、大きな箱を三人がかりで抱えた、スレンダーな女たち。

 海原摩魚うなばらまな博士。

 その従姉で芸能人の、潮干ミドリ。

 旦那と小料理屋を営む、濱辺亜沙里。

 三人の女ともに市内離島の『陰洲鱒町』の出身で、久々の集まりだからということで島でとれた40キロの黒鮪を持ってきた。この女たちは小中学生からの旧い付き合いである。摩魚に至っては、日本歴史研究に身を投じて勤勉したけっか、近年で博士号をとった。

 そして。

「まあ、ありがとう!」

 と、片付けたお膳にまな板を下敷きに堂々と横たわっている黒光りする大きな鮪を見るなりに、恵美は喜んで、摩魚まなたちに三人へと頭を下げた。

「いいえ、どういたしまして」

 そうミドリが代表して返したのちに、次は恵美からすすんで台所へと行き、そしてなにやら長い物を携えて戻ってきたではないか。それは、刃渡り一メートルを有する鮪包丁。

「新鮮なうちに、捌くわね」

 こう、この女には珍しく、実に嬉しそうに微笑んで見せながらも、身構えてゆく。

 まず、頭を切り落とす

 次に、縦に刃を入れて背骨を残し。

 上を1/4(しぶいち)ずつ切り離す。

 刃を横にして、尻尾まで滑らせ。

 中落ちまで切り離して終了。

 最後、手際の良さに拍手が起こる。

 これも訓練の“たまもの”である。

 そしてあとは、普通に身を捌いていき、皆へのお裾分けの分を作ったのちに、少しだけ赤身を刺身にしていただいていった。

 この間、話しは大いに盛り上がる。

 内容は、皆の生活から性生活まで。


 そうしているうちに、日も落ち掛けて景色も薄暗くなってきた頃に、流し台で洗い物を終えた恵美から、せっかく来ていただいたんですから御案内しますわ―――と、真琴女史は誘われたので、ありがとうございますと云ってついて行くことにした。その洗い物を片付けながらも、恵美は、李寵姫とミシェールへと目で合図をしていた。そう案内してゆくところは、真琴女史が内心溜め息をついてしまうくらいに『御屋敷』だったこと。やがて最後に案内されたところというのは、適度に広い道場。長年代々に渡り使い込んで年季が入っていたが、同時に、まるで埃ひとつさえ見当たらないくらいに綺麗に掃除してあった。

 凄いですなぁと感心しつつ見渡していたら、角の近くに立ててあった太い丸太のような物体から、細い枝を左右と下とにそれぞれ放射状に生やしている奇妙な物が真琴女史物の目に止まった。目測は、人ひとり分の高さか。そして、これに気づいていた恵美が、口元の端を釣り上げながらこう述べた。

「あれは『木人ぼくじん』と云って、『詠春拳えいしゅんけん』の鍛錬に使うのよ。―――私ね、じぶんの武術をしながら、詠春拳もしているの」

「それは、凄いです」

「そう? ありがとう。―――そろそろ、この私に伝えなければならない、大事なことがあるのではなくて?」


 いきなりの不意打ちに、動きが止まる真琴女史。その恵美の眼差しは、私の言葉は間違いないといった確信。

「大事なことって、いったいなんですか」

「うふ、ふ。……いやだわ。身を粉にしてまで私の勤め先に忍び込んで得た情報を逐一報告して、その願わくば私のお家事情まで調べたかったんでしょう。―――ここまで教えてあげたのだから、貴女が何者かも吐いたほうが公平じゃないかしら」

「いったい、なんのことですか」―なんか、マズい空気じゃん。こりゃあ、逃げるしかない。――

 決意して、足元で逃げ出す準備をしたときに、恵美は追い討ちのひと言を吐き出した。

「ねえ、長崎市丸山町の『野川探偵事務所』で助手をされている、佐伯真琴さん。でしょ」

「じ、じゃあ、あたしお先に失礼させていただきます!!」

 早口で吐き捨てて駆け出した真琴女史の前に、恵美が回り込んで、胸倉を掴みあげて、廊下の壁に押し付けていく。女の胸元で光る第二ボタンを覗き込み、「へえ、よく出来たカメラね」と呟いたのちに、躰を密着してきて、今度は完全に壁に押さえ込んだ。そして抱きしめたかたちを極めると、まずは、細い指先で真琴女史の後ろ頭を探っていき、お次は“うなじ”を這って下げていくと、背中を中心に入念に“なぞって”弄っていく。あまりにもその優しい指先に、真琴女史は思わず仰け反り、熱い吐息を出してしまった。

 背骨を主に弄っていったけっか、インナーとはまた違う感触を発見した恵美は、大胆にも真琴女史の上着の後ろをずらして、中に腕を突っ込むと器用にホックを外して、さらにはその異物をも取り出してみせたのだ。探り当てた物を顔を位置まであげて、相手に見せつけていく。

「これ、マイクでしょう。しかもこの形とラベルは、私の勤め先の会社の製品ですもの。いったいどこから手に入れたのやら。全く、感心するわね。―――そういうことで、所長のところまで“今度は貴女から”案内してもらうわよ。いいかしら」

「はい、解りました」

 これ以上あがいても無駄だと悟ったのか、女は素直に認めた。


 ほぼ同時刻、秋富士邸周辺。

 藍色の軽自動車内部。

 運転席で、今までの流れをノート型パソコン越に観ていた彰宏所長は、こりゃあ大変だと判断して、機材を助手席に置いて出ていこうかとした途端に、ドアが独りでに開いて道を塞がれた。探偵に通せんぼをした人物とは、李寵姫とミシェール・ウッティパイカー。いきなり現れた目の前の女神と天使に、男は戸惑ってゆく。そんな彰宏所長の様子を見ながら、ミシェールが愛くるしい笑みを浮かべてこう切り出した。

「長崎市丸山町の『野川探偵事務所』の野川彰宏所長さんですね」

「……はい」

 流暢かつ丁寧な発音の日本語に、彰宏所長は感心しつつ頷いた。

「私たちは今まで、恵美さんの頼みで貴男を尾行していました。その熱心なお仕事振りを、ちゃんとこれら携帯におさめたのを恵美さんのパソコンに送っていますので、とぼけようとしても無駄ですよ」

 そう携帯電話を片手に微笑みかけながら話してゆく、李寵姫。これはもう、俺たちの負けだと認めたときに、遠くから真琴女史を前にして歩いてきた恵美の姿を見た。そして、彰宏所長へと助手を突き出したのちに、上着の内ポケットからSDカード取り出して、恵美は“つっけんどん”気味に言葉を吐いていく。

「これに、私の今までのデータを詰め込んであります。(貴方たちが)欲しいのは、私の情報でしょう。欲しいのなら、差し上げます。―――その代わり、貴方たちの依頼人の名前を白状してもらいます。よろしいかしら?」

 逆らえば確実に殺されると思った瞬間、決意して、男はその依頼人の名を語り出していった。

「入江美砂子と、御藏隆史です」

「そのお二人に間違いがなくて」

「はい、間違いありません」

「ありがとうございます。貴男は、とっても賢明な判断をなされましたわ。私は貴方たちに危害を加えるつもりはありません。だから、早くここから立ち去りなさい」

「す、すみません……」

 謝罪して部下を連れて帰ろうかとした男を、恵美は呼び止めた。

「―――と、ちょっとお待ちなさいな。帰って報告したら、その入江美砂子さんに伝えてくださらない」

「どのように、ですか」

「仰りたい事がおありならば、私のもとにいらして、ちゃんとお話ししましょう。―――と」



 4


 翌日。

 夕刻を迎えた野川探偵事務所所内。

「ふっざけないで!! なにが『私のもとにいらして、ちゃんとお話ししましょう』だぁ!?―――あたしが貴方たちに期待して依頼したのは、あの女を警察に突き出せる証拠を集めてほしかったからじゃない。その結果、データを貰って帰ってきたのが今までの収穫って、いったいどういうことなのよ!!」

 こう怒鳴り散らしたのは、美砂子。

 結果報告を聞いた途端に爆発した。

 目を鋭くつり上げて椅子から跳ね上がり、声をあげてゆく。女のその様子を、彰宏所長と真琴女史は気まずそうに肩を狭めて見ていた。と同時に、じぶんたちの失態を噛みしめていく。今まで、尾行だけではなく潜入までしていた行為が、昨日、恵美に見つかったことで全てが水泡と化した。そのオマケに貰ってきたのは、これと云って当たり障りのない、対象者のデータ。これは、今回承った依頼が無駄な努力に終わったことを示している以外なにものでもなかった。

 本日、彼氏は残業で同席しておらず、美砂子だけがきていた。もちろん探偵事務所に向かう前に、隆史と、今回の結果に対してどうするかを話し合っていた。

 よって導き出された結論は。

「……まあ、ちゃんと報酬は後日払います。だから、請求書を渡してください」

「ありがとうございます。本当に、申し訳ない」

 小さくなっていた二人を見かねたのか、怒りをおさめた美砂子は椅子に腰掛け直しただけではなく、さらに短パンで剥き出しな生脚を組んだ。真琴女史が引き出しから取り出した請求書を受け取った彰宏所長から、経由して美砂子へと手渡そうとしたところで「その前に、最後に教えてほしいことがあるんだけれど」と、切り出されたので、それは何ですかと尋ねた。

 すると。

「過去に、あの秋富士恵美から酷い目に遭わされた人の名前と電話番号を教えてくれないかしらね」



 5


 さらに数日が経ち。

 日も落ちて、藍色の空と変わった。

 臼田幹江うすたみきえが、白い普通乗用車の車内で男三人と同席して待機していた。その男三人はそれぞれ、運転席に口髭の男、後部座席にニット帽の男とパーカー姿の顎髭男。そして、助手席に幹江みきえの配置。手前の対向車線側にあるコンビニから、少し斜めに離れた路肩で停車しており、その白い普通乗用車の後ろには、幹江の自家用車の赤いミニクーパーが停めてあった。

 それは三日ほど前に、電話をかけてきた美砂子と顔を合わせるなりに今まで恵美からされた屈辱的な出来事に対して、お互いに愚痴り合っているうちに意気投合。あたしは前回あの女を潰そうとして失敗したから、今度は、あなたの方に頼めないかしらと尋ねられて、幹江は承諾した。任せて、二人か三人元気がいいのを用意するから、と歯を見せて答えた。

 そうして幹江の連れてきた男三人ともに、空手や柔道の有段者たち。なんだか緊張している面々を見渡したのちに、女は再び運転席のタンクトップ姿の口髭男に顔を向けて切り出してゆく。

「いーい? あの女が怪しげな古武術か“なんちゃら拳”とかいう中国拳法を嗜んでいるかなんか聞いたけれども、アンタら三人の方が見た目から説得力あるんだから、絶対勝てるわよ。伊達に何年も空手と柔道をしてないんだろ。―――アンタたちで寄ってたかって、けちょんけちょんのコテンパンのボッコボコにしてやりな。いいね!? やっちまえ。―――ほら、あの女が来たよ!!」

 そう激励を飛ばしていたときに、通過をしていく菜穂の車に同乗をしている恵美の姿を発見した幹江は、白い普通乗用車から出ると赤いミニクーパーへと戻っていった。



 この日は、少し残業した帰り。

 コンビニの駐車場に入り込んで停車。車から出てくるなりに、恵美は菜穂なほにひと言礼を述べていく。ここで降ろして大丈夫なのと訊くと、恵美が微笑んで「大丈夫よ。少し歩けば私の家だし。心配してくれてありがとうね」と返して、菜穂を見送った。そして、ここのコンビニでしか仕入れていないインク乗りと滑らかか書き心地のボールペンを数本ばかり購入して、恵美は店から出ると、自宅へと足を運んだ。これと同時に、対向車線側の路肩で停車している白い普通乗用車と赤いミニクーパーとを見た菜穂は、とくに後ろの赤い車の運転席の女に対して、どこかで見た顔だわと思いながらも帰路を走らせていった。


 菜穂が帰ってゆくのを確認した幹江は、前の白い車の男三人に「今だ! 行け、やっちまえ!!」と合図を送って行かせた。


 街灯の照らす夜道を歩いていた恵美は、耳に入ってきたエンジン音に気づいて振り向いたときには、既に白い普通乗用車が数十メートル手前に迫ってきていた。しかし、取り乱すことなく後ろをチラ見するなりに、さらに後退していき、突進してきた車を誘導していったときには、もう、追突寸前。その刹那、恵美はその場から跳んで車をかわすと、車道へ受け身をとって躰を転がした途端に、白い普通乗用車は街路樹へ向けて豪快に衝突を起こして、ボンネットを大きく歪ませて大破。同時に、衝突によって勢いよく膨らんだエアバッグから顔面パンチを喰らった運転手の口髭男は、脳震盪のうしんとうを起こして気絶。

 この口髭男を斬り込み隊長として、次に、草陰から飛び出してきたパーカー姿の顎髭男が、恵美にタックルを喰らわさんと、身を低くしてきた。これに女は反射的に身を沈めて、足を払うと、顎髭男は勢いそのままに飛び上がったその先で落下。続いて反対側から飛び出してきたニット帽の男からによるタックルを受けた恵美は、押し倒されてしまった。男の背中をめがけて肘を撃ち込んでゆく恵美に負けじと、捕らえたその女の脇腹へと拳をお返ししてゆく。これはまちがあかないわねと、すぐさま判断した女は、殴っていたニット帽の男の腕を捕って捻り、あっさりと抜け出すと、今度はさらに肩から捻りあげて関節を外した。突然発生した激痛に呻きだしたニット帽の男の頭を、恵美はトドメと云わんばかりに踏みつけて完全に気絶させた。

 最後は、落下したパーカー姿の顎髭男が足元をふらつかせて立ち上がってゆくのを確認した恵美は、貴男たちは誰の差し金かを訊くために、その男へと歩いていく。あるていど近づいたときに、顎髭男から振るわれた拳を避けたと同時に、横から蹴りを入れて膝を破壊。さらに、耳をてのひらで思いっきり叩いて鼓膜こまくを破くと、間を置かずに、喉を拳で突き上げた。続けて、その喉仏を集中的にさらに拳を数発叩き込んでいき、そして相手が激痛に仰け反った隙を突いて、槍のごとく突き出した踵で下腹部を刺して蹴り飛ばした。よって顎髭男は対向車線側の街路樹へと後ろ頭ごと打ちつけてしまい、気絶した。

 早々と男三人を一掃した恵美が、その手前で停まる赤い車に気づいて足を運んでゆく。


 恵美へと襲撃が始まった頃に、だいぶ走らせたところで、菜穂は“ハッと”思い出して、ハンドルを切り、Uターンして飛ばしていった。あの赤い車の女は、臼田幹江。恵美に深い恨みを持っている女だった。


 ―やっべえ。バレた!!――

 迷わずに足をこちらへと進めてくる女を見て、幹江は引きつりつつもギアをバックに入れてミニクーパーを出した。これを見た恵美が駆けて、車を追いかけてゆく。逃げるしかないと思い、そのまま飛ばしていったその矢先に、真正面からきた車両と衝突してしまい、打撲と衝撃を受けた幹江は座席に力無くずり落ちた。正面衝突の寸前で、ブレーキを踏んだ菜穂は、自家用車から出てくるなりに変形したミニクーパーのドアをこじ開けた。そして、追いついてきた恵美が、幹江の胸倉を掴んで車内から引き抜くと、後部座席のドアに女の背中を叩きつけてこう叫んだ。

「これ、貴女が勝手にやったの。それとも、誰かの指示で動いたの。―――どっち? おとなしく吐き出しなさい!!」

「誰がゲロ(白状)するかよ。この、寝取られ女!!」

「黙れ!!」

 瞬間に、幹江の後ろ頭を車体に叩きつけた。恫喝して瞬間的に冷めたのか、恵美は携帯電話を取り出して、とある番号のところにかけていく。

「もしもし、警察ですか」




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