出逢い
ネガなテンションを集めて書いてゆく物ですので、お読みしている最中に気分を悪くされた方は、ごめんなさい。
この書き物を、人体切断やスプラッターが好きな方々に捧ぐ。
1
数年前の秋口。
それは、長崎県立長崎大学の中での出来事。当時、大学三年生だった御藏隆史は、昼休みにキャンパスを歩いていたところで、三人のうちその先頭をゆく並外れて美しいひとりの女とすれ違った。それが、秋富士恵美であり、その時期の大学内で羨望されていた『キャンパスの三大マドンナ』と云われていた内のひとりだった。まさに高嶺の花だった女に、隆史はその日に限ってなぜだか一目惚れをしてしまい、翌日の昼休みを狙って話しかけてみたのである。そう、最終的に付き合ってほしいと声をかけたのは、恵美からではなく隆史の方からだった。
いままで男に対して免疫がなかっために、小中高と通ってきた学生生活から風向きが一変したものだったから、恵美はこれに戸惑いを隠しきれずも隆史の申し出を跳ね返すことなく受け入れた。恵美には同性の友達や知人は出来ていたのだが、異性からは―――つまりは男たちに至ってはそうでもなかった。
高嶺の花だからではない。
むしろ、遠ざけられていた。
そして、同性の知人たちからも距離を置かれていた。
この大学に入るまで恵美を知らなかった隆史。二十歳を過ぎた今まで、異性から敬遠されて男といったモノに免疫が無かった恵美。急接近に至るまでの時間は、当然のように短かった。
交際を始めて僅かで、恵美は隆史へと処女を捧げ。それから熱い夜を繰り返し、すごしていった。
2
あれから月日が経ち、恵美と隆史は大学を無事に卒業したのちに、二人はそれぞれ就職をして会社で勤めていきながらも、交際は続いていた。そして、恵美が隆史の賃貸住宅へと押しかけるようなかたちをとり、同棲生活が始まっていく。
それから隆史は、大学時代の同級生やバイト仲間などの付き合いから、週末には合コンと歓楽街へと出掛けるようになっていった。このような彼に対して、恵美は意外なほどに寛容を示していたのだ。
日が経った週末の夜。
隆史はいつものように、大学からの友達の木田恒昭と佐渡晴之の二人と連んで、長崎市内の歓楽街である思案橋に建つ飲み屋『クラブ 月光華』へと来ていた。店内の一角を陣取って、男たちは皆、お気に入りのホステスを指名してそれぞれの隣りに座らせている。ここのクラブは市内に数ある中でも、全体的にホステスの質が高いところで有名。よって当然のごとく、隆史にもお気に入りがいたので、指名していた。源氏名はナホ。本名を、史土菜穂と云う。腰まである髪の毛をキレイなまでに脱色している、ちょっと猫っぽい女。太ももが見えるほどに大胆に切れ込んだスリットの深い青色のドレス姿で、これまた大胆にも隆史の真横で、その長い脚を組んでいたのだ。女の整った顔が心なしか曇りを見せており、煙草を取り出す仕草に何だか迷いがうかがえた。パールピンクが薄く引かれた唇から、ゆったりと煙りを立ち上らせながら菜穂は意を決したように切り出していく。
「あのさ、隆史君。じぶんの携帯電話、ちゃんと管理してる?」
「もちろん手の届くところに置いているけれど」
意外な質問だった。最近撮れた新しいフォト見せて、や、アタシも機種変更したんだ、などでなく「管理しているか」ときた。予想だにしなかったことに、隆史は湧いて出てきた内部の煙りに揺らぎを覚えつつも、抑えて言葉を返す。
「なんだよ、急に。そっちに何かあったのか。―――まさか、盗まれた、とか」
「冗談、アタシを誰だと思ってんの。夜に生きる女よ、身辺から体調管理まで用心しているんだから」
そう云い切った菜穂は、少林寺拳法の有段者らしい。女の話しは続いていく。
「まあ、アタシの事はあとに回して。―――そんな事よりもさ、君は彼女さんにいったいどんな“躾”してんの」
「なんだよ、それ?」
「『なんだよそれ』って……。まあ、いいや。―――ええい、もう、極端に気を遣う仲じゃないから云わせてもらうとね。―――君の彼女さんね、アタシに電話かけてきたのよ」
「は?―――どんな」
斜め上を行った恵美の行動に、隆史は目を見開いた。その男にチラリと視線を流したのちに、戻してから吸い殻を携帯灰皿へとこねくり回しながら、菜穂が言葉を繋げてゆく。
「これからは隆史さんに電話もかけないでくださらない。と、彼からの電話にもメールにも応じないでください。……だってさ。―――だいたい、こんな内容だったわ」
そして、軽い溜め息をついて。
「まあ、ね。彼の携帯履歴が気になるという気持ちは、アタシも解らないわけではないのよ。しかしさ、直接このアタシに電話してきて「ああするな、こうするな」と警告してくるっていうのは、さすがにどうかと思うのよね」
「他にも、なにかあったのか」
「いいえ、今のところはこれだけだけれど。もしあるとしたら、君の履歴に載せている女の子たちじゃないかしら。―――あとは、他にも同業者というかアタシの知り合いは居るかと訊かれたけれども、この仕事でアタシの知人は居ませんと返しておいたよ。一応」
菜穂の語りに、隆史の中は大きな舵をきって揺れ始めていた。ついでに、なんだか顔にじんわりと脂汗も噴き出してきたようで。これで良かったのよねと心配を交えた表情を浮かべた菜穂が、もうひとつだけ付け加えた。
「今からまだ、そこのお友達とハシゴする予定があるんだったら、おかかえのお店に行ってお気に入りの女の子を指名して話しを訊いてみなさい」
「……分かったよ。そこまで心配してくれるなら、行ってみる」
ここまで気を遣ってくれているのが嬉しく思った隆史は、やってみる分には損はないかもなと頷いた。
3
それからといもの、週末に飲みに行く先々の“お店”の女たちから、隆史は
「(あたしの)実家の番号を尋ねられた」
「店外もしくは同伴するな」
「隆史と関係を持っているのか」
「営業メールもしないでほしい」
「貴女も男が居るんでしょ」
「ご両親はこのお仕事をご存知なの」
などの話しを訊いた。
挙げ句の果てに、外国人のキャバクラにおいては。
「あなた(隆史さん)ご指名のルル(源氏名。本名:李張姫)さんが殴られて、ここ一週間ほどお休みしているんだ」
マジですか!?である。
信じられないようだが、隆史を信用した上で、固く閉ざしていた口を割って話したのだった。
このタイ人ギャバ嬢のから聞いた話しには、隆史はさすがに驚愕した。全治一週間以上もの怪我を負わせてしまったとは。これが本当だったとしても、いくらなんでも“やり過ぎ”にも程がある。
そういえば俺、恵美の素性を知らない。
いったい、なにをしている女だ。
こりゃあ、問うてみる必要あるな。
ということで。
実際に訊いてみた。
合わせ味噌をひと啜りしたのちに、お椀を静かに置いて、秋富士恵美が答えてゆく。
「え? なんで私がその方たちに電話なんかをする必要があるの。だいいち、隆史さんのご友人の方々との“お付き合い”には、ひと言も文句は云っていないはずよ」
「まあ、そういやそうだな」
「私の(携帯の)履歴も見せたでしょ」
「ああ、確かに。俺としか通話がなかったな」
呆れるくらい。
「で、お前、日頃なにかしているのか」
「ええ。健康のための躰づくりはしているわ。―――それが、なにか?」
「どんな運動だよ」
その問いに、恵美は箸をご飯茶碗に置いて一拍ほど空けたのちに、彼氏の目を見ながらこう答えていった。
「そんなに、私が知りたい?」
露骨なまでに語尾を上げて。
これに魅せられない訳がない。
「い……いや、今日はやめておこう」