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0.2 電話

 那由多が転校して1週間。

 私はまだしょんぼりしてた。


 那由多の席がなくなっても、クラスは何にも変わらない。

 今までと同じように授業は進んだ。


 新しいお友達はすぐできた。


 斜め前の席の、葉月ちゃん。

 真っ直ぐの長い髪とくりくりした目の、とっても可愛い女の子。


 学校からの帰り道は、葉月ちゃんと一緒に帰るようになった。


 でも、途中の交差点でバイバイすると、そこからアパートまではひとりぼっち。

 たいして長くもないその距離が、無性に寂しさを沸き上がらせた。


 学校は楽しい。


 休み時間はクラスのみんなと外で遊んで騒いでたし、勉強も面白くなってきた。

 でも、算数の授業になると、やっぱり那由多を思い出して寂しくなる。


 涙が出ないように、我慢してた。




 そうやって、なんとか過ごしてた次の日曜日。


 那由多のいない日々は、眠れない夜みたいに長くて、先週まで那由多がいたのが嘘みたいに感じてた。


 日曜日の朝はいつも、今日は何して遊ぼうかってワクワクして目が覚めてたけど、今日はいつまでもベッドの中でゴロゴロ転がってた。


「零、そろそろ起きなささい」


 ママに言われて、モゾモゾと芋虫みたいに動いてやっと起きた。


「ママおはよー」

「おはよう零。顔洗っておいで」

「うん」


 リビングのソファで、コーヒーを飲みながらテレビを観てたパパにもおはようを言って、洗面所に足を引きずって向かう。


 冷たい水で顔を洗ってタオルで拭いていると、電話が鳴った。


 リビングへ戻ると楽しそうなママの声。


「うん、うん。…そう。…そうなの!うちも、うちも!」


 パパの隣にチョンと座って、誰と話してるのかなって考えてた。


 コトン。

 パパがコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置いて、私に向き直る。


「元気ないなぁ」


 パパはゆっくりと私の頭を撫でてから、抱き上げた。

 そして、膝の上に向かい合うように、下ろされる。


 私は何も言わずに、パパに抱きついた。

 パパは相変わらず優しく撫でていてくれて、また眠りそうになった。


「そうだ!」


 パパの声に顔をあげる。

 ウキウキしてるみたいなパパの顔が見えた。


「いいこと思い付いたぞ、零」

「なぁに?」

「ふふふ」


 パパは笑うばかりで、なかなか教えてくれない。


「おしえてよー」


 ほっぺたを膨らませて、答えを促す。


「今日、遊園地に行こう」

「ゆうえんち!?」

「行きたいだろ?」

「うん!」


 単純な私はそれだけで元気になってきた。


 何に乗ろうとか何を食べようとか、パパと話しているとママに呼ばれた。


「零」


 まだスマホを耳に当てたまま手招きしてる。


 頭に?を浮かべながら、パパの膝を降りてママのところへ行った。


「はい」


 ママは私にスマホを手渡して微笑んだ。


 受け取って耳にあてると、声が聞こえた。


『れいちゃん?』


 あまりにびっくりして返事ができなかった。

 だから、かわりに叫ぶ。


「なゆた!」


 君の名前。


 この1週間、ずっとずっと、聞きたかった声。


 私は嬉しくて嬉しくて喋り続けた。


 学校のこと、授業のこと、葉月ちゃんという友達ができたこと、新しく覚えた遊びのこと、どんな小さなことでも、話した。


 那由多も、新しい学校のこととか、お家のことを教えてくれた。


 楽しくて、私はスマホにかじり付くみたいになってた。


 でも、やっぱり、ずっとお話ししてる訳にはいかなくて。

 ママの合図で、ハッと我に返った。


「またね……」

『うん、またね、れいちゃん』


 合言葉みたいになった“またね”を言い合って、ママにスマホを手渡した。


 私はまたパパの隣に座った。

 ママは那由多のママとちょっと挨拶して、スマホを置いた。


 切れちゃった。


 再び元気のなくなった私に、パパは今度はなんて言おうか考えてたみたい。

 でも、その前にママが言った。


「また来週、ね」


 私はぽつりと繰り返した。


「らいしゅう?」

「そっ!」

「また?」

「うん」


 ママはニコニコ笑って、私に目線を合わせる。


「また、来週の日曜日に電話しようね」

「ほんとう!?」

「本当」

「やったー!!」


 私はソファの上をピョンピョン跳び跳ねて喜んだ。

 そのソファの隅でママがパパに、あなたの負けねって言ったのは聞こえなかった。


 またパパがガックリしてたのにももちろん気付かずに、私は奇声を上げて騒いでた。




 それから、毎週日曜日の午前10時を待つようになった。


 寂しくて涙が出そうになることもあったけど、日曜日に何を話そうか考えれば、笑うことができた。


 ママとの約束で、電話は15分だけ。

 でも、それで充分。


 私の全然知らないところに行ってしまって、次にいつ会えるのかも、何をしているのかも全くわからなかったときと比べたら、それだけでも那由多を近く感じて嬉しかった。


 夏休みになってからも、電話を一番の楽しみにしてた。


 葉月ちゃんとプールに行ったよ、とか、パパに動物園に連れていって貰ったよ、とか、宿題がいっぱいでたよ、とか、今度は海に行くよ、とか。

 本当は那由多と行きたいな、とか。


 いつも言いたいことがいっぱいあって、話題は尽きなかった。


 夏休みに会えるかなっていう期待もしてた。


 でも、那由多の家は引っ越しとかの片付けで忙がしくて、結局会うことはできなかった。




 新学期になっても毎週の電話はもちろん続いてた。


「ほんとうになゆたくんが、だいすきなんだね」


 相変わらず那由多の話の多い私に、葉月ちゃんがそう言って笑ったから、全開の笑顔で頷いた。


「うん!だいすき!」


 そうしたらなぜか、葉月ちゃんが真っ赤になって照れて、そっかって呟いた。


「あ、れいちゃん」

「なぁに?」


 ふいに、何かを思い出して葉月ちゃんが私を呼んだ。


「おたんじょうび、もうすぐだね」

「うん」


 10月1日。

 それが私の誕生日。


 それと、那由多の誕生日でもある。


「プレゼントあげるね」

「ありがとー!」


 もうすぐ、私たちの7歳の誕生日がやってくる。




 毎年、ふたり一緒だった誕生日。

 今年の主役は、私ひとり。


 パパとママと私と、それに葉月ちゃんを招待して、お祝いして貰った。


 本当は明日が誕生日だけど、明日は月曜日だから前日の今日がお誕生日会になった。


 朝の電話で、那由多にも1日早いおめでとうを言った。

 那由多も私におめでとうと言ってくれた。


 7本立てられた蝋燭をひとりで一気に吹き消すのは大変で、1本ずつ消した。


 拍手とおめでとうコールと共にプレゼントを受け取り、ケーキとごちそうを食べた。


 パパとママからはずっと欲しかったピンクの自転車。

 葉月ちゃんは好きなアニメのキャラクターの描かれた、可愛いノートを貰った。


 私はノートを自転車のカゴに入れて、自転車に跨がってはしゃいでた。


 それから、ママと葉月ちゃんと3人でクッキーを作った。


 ママが作っておいてくれてた生地を薄く伸ばして、型抜きをする。

 ちょっと歪んだけど、星とかハートがたくさんできた。

 そして、キャッキャッと騒ぎながら色とりどりのトッピングをして、焼き上がるのを待った。


 甘い良い匂いがしてきて、オーブンの中を葉月ちゃんと覗く。

 こんがりきつね色の美味しそうなクッキーが焼きあがっていて、笑い合って喜んだ。


 焼けたクッキーを冷ましてラッピングする。

 綺麗にリボンも巻いて、葉月ちゃんに渡した。


 これはプレゼントのお礼だ。


「ありがとう」


 葉月ちゃんは可愛らしく笑って、それを受けとるとお家へ帰った。


 これで、今年のお誕生日会は終わり。


 とっても楽しかったけど、どこか物足りなさを残したまま、私は7歳の朝を迎えた。


「おはよー、ママ」


 目を擦りながらキッチンのママに挨拶をした。


 パパはもうお仕事に出掛けたみたい。


「おはよう、零。お誕生日おめでとう」

「えへへ。ありがとー」

「プレゼントが届いてるわよ」

「え?」


 パパとママからのプレゼントは昨日貰った。

 お爺ちゃんたちからは先週貰ったし、誰からのプレゼント?


 首をかしげて考えていると、ママがそれを差し出した。


 それは、私の両手のひらを合わせたくらいの大きさの、厚い紙。


 真ん中に平仮名で私の名前が書いてあった。

 そして、その左側に同じく平仮名で小さく書かれた名前。


“せお なゆた”


 私は目を丸くした。


「なゆた?」

「そうよ。裏を見てごらん」

「うら?」



 言われて引っくり返す。


 そこにはケーキとお花の絵が描かれていて、絵の上には綺麗なオレンジ色のペンで文字が書いてあった。


“おたんじょうびおめでとう”


 それは紛れもなく、那由多の絵と文字で、私は久し振りに見たそれらから目を離せなかった。


「那由多くんからのバースデーカードよ」


 その絵に見とれてた私にママが言った。


「よかったね」

「うん!」


 私は那由多からの絵ハガキを大事にランドセルに入れて、上機嫌に学校に行った。




 やっと待ちに待った、次の日曜日。


 那由多に絵ハガキのお礼を言おうと口を開くと、珍しく先をこされた。


『れいちゃん、おたんじょうびプレゼント、ありがとう』

「え?」

『クッキーおいしかったよ』

「クッキー?」


 いつの間にかママが隣にしゃがんでて、スマホと反対の耳に内緒話をした。


“零が作ったクッキー、お誕生日に那由多くんに送っといたの”


 私はびっくりして、口を開けてママを見てた。


『れいちゃん?』

「あっ!うん」

『キラキラしてて、あまくて、ぜんぶたべちゃった』


 応えにつまる私をみて、ママはちょっと意地悪に笑ってた。


「あっ!なゆた」


 思い出して、慌てて喋る。


「ハガキとどいたよ。ありがとー」

『うん』


 ちょっと照れた那由多のか細い声が聞こえた。


「おまもりにね、いつももってるの」

『いつも?』

「うん。ランドセルにいれてるの」


 えへへって那由多が笑うから、私もつられて笑った。


「なゆたのえ、きれい。だいすき」

『……ありがとう』


 15分はあっという間で、お互いにお礼を言ったら終わっちゃった。


 でも、初めて気持ちよく電話を切ることができた気がした。




 季節は秋から冬へと移った。


 半年経っても、やっぱり私には日曜日の電話が一番の楽しみのまま。


 パパが冬休みに旅行に行こうって言ったけど、日曜日も予定に入ると知って、私は行かないと駄々をこねた。

 でも、そんな我が儘が聞いて貰えるわけもなく、私は旅行に行くことになった。


 先週の電話で、那由多に話した。


「こんどのにちようびは、おでかけなんだ……」

『うん』

「でんわできないの。おとまりだから」

『うん、たのしみだね』


 那由多は、私が旅行を楽しみにしてるって思ったのかな。

 私は電話のほうが楽しみなのに。


 那由多も残念に思ってくれると思ってたから、私は少しがっかりしてた。




 終業式が終わって家に帰ると、すぐに旅行に出発した。


 お正月はお爺ちゃん家にも行かなくちゃいけないから、クリスマスに旅行になったみたい。


 いつもお仕事を頑張ってるパパにも、たまには優しく付き合ってあげてってママが言うから、行きたくないって言えなくなっちゃった。


 でもやっぱり、かかってくるはずだった電話のことを考えると、もどかしくて、パパの運転する車の中で、私は那由多に貰ったハガキをずっと見てた。


「零、着いたよ」


 そっと肩を揺らされて、目を開けた。

 どうやら寝てたみたい。


 目を擦りながら、ぼんやり車を降りた。


「れいちゃん!」


 突然、耳に入った声に一気に目が覚めた。


「なゆた?」


 那由多が車の前にいた。


「なんで!?」

「ふふふ」


 ママが不適に笑いながら私に言った。


「旅行の行き先は、那由多くんのお家よ」

「えぇー!!」


 私は本当に驚いて、口をパクパクさせてた。


「れいちゃん」


 再び呼ばれて振り向く。


 そこには、満面の笑みを浮かべる那由多がいて、私はいつの間にか駆け出していた。


「なゆた!」

「れいちゃん」

「なゆた!なゆた!なゆた!」

「あはは!なぁに、れいちゃん」


 向かい合って、両手を繋いで、くるくる回る。

 嬉しくて、夢みたいで、笑いが止まらない。


「……楽しそうだなぁ」

「あなた、妬いてるの?」

「……うん」

「ぷっ!」


 ママたちのそんな会話も聞こえない。

 だって、那由多しか見てなかったから。


「いらっしゃい!疲れたでしょ、入って入って!」


 那由多のママに案内されて、玄関へ入る。


 那由多の新しいお家はマンションだった。

 アパートよりもずっと広くて綺麗な部屋。

 私は見回して、わぁっとため息を吐いた。


「素敵なお部屋ねぇ」

「ありがとう。でも、まだ家具もそんなに入ってないから広く見えるだけよ」

「またまたー」


 ママたちも久し振りに会って楽しそう。


 パパたちはもうソファに座ってお酒を飲んでる。


「那由多、学校から帰ってからずっと駐車場で待ってたのよー」

「えぇ!?」


 そんな言葉が聞こえてチラッと隣を見たら、那由多は真っ赤になって俯いてた。


 照れてる那由多も久し振り。




 那由多のお家でみんなでご飯を食べて、パパママたちはリビングで話に花を咲かせてた。


 私たちは離れてた半年間を埋めるように、ずっと一緒にいた。


 毎週電話をしていたからか、意外と話したかったことはすぐにつきて、那由多の部屋で一緒にお絵かきしてた。


 絵ハガキを貰ったときも思ったけど、那由多は絵がもっと上手になったと思う。

 どこがどう、とか全然わからなかったけど、すっごく惹き付けられた。


 那由多が右手を動かすのを、ずっと見てた。

 

 那由多の左手と私の右手は、ずっと繋がったまま。

 描きにくそうだったけど、強い力で握られてる手が嬉しかったから、離さなかった。


「それじゃあ、長々とお邪魔しました」

「いいのよ、こっちこそ遠いところから来て貰ったんだし」

「そうそう。俺たちは今日も明日も仕事で、たいしたお構いもできず申し訳ない」

「いやいや充分だよ。美味い酒も頂いたし」

「もー、私が運転できなかったらどうするのよ」

「できるんだからいいだろ」

「いいけどー」


 ママたちの会話と笑い声に、私と那由多は固まった。


 もう、帰るんだ。


 思いのほか早い別れに、愕然とした。


「零ー」


 ママに呼ばれたけど、返事ができない。

 声がでない。


 開け放たれてた那由多の部屋にママが顔を出した。


 私はゆっくり立ち上がって、ママの前に行く。

 那由多も手を離すことなく、一緒に来てくれた。


 ママは私たちの顔を覗き込んだ。

 そしてにっこり笑って、私にリュックを差し出した。


「はい」


 それを受け取って抱える。

 なんだろう?


「それじゃ、零。ママたちはホテルに泊まるから、いい子にしてね」


 私は唖然として、頭の上にハテナマークを振り撒いてた。


「那由多くん、零をお願いね。今日はお泊まりさせるから」

「えぇー!!」

「ふふふ」


 ママはやっぱり楽しそうに笑って、私と那由多の頭を撫でた。


「今日はクリスマスイブだからね!これはママたちからのプレゼントよ」


 私は那由多を振り返った。

 那由多も私の方を向いていて、口をかぱっと開けたまま停止してた。


「じゃ、また明日ね」


 ママはどこかウキウキと、部屋を出ていった。




 パパとママを玄関で見送って、那由多のママとお風呂に入ったら、やっと実感が湧いてきた。


「あぁー、やっぱ女の子はいいわー」


 那由多のママは、私がお泊まりするのが凄く嬉しいみたいでニコニコしながら、頭を洗ってくれた。


「ね、零ちゃん」

「なぁに?」

「いつか、うちの子になってくれる?」

「なゆたんちのこ?」

「そう」

「いいよ!」

「本当!?」

「うん」


 私は即答した。


 だって那由多の家の子になったら、もう離れなくて済む。

 迷うことなんて、何にもない。


 那由多のママは、やったって言ってバンザイして喜んでた。




 ついこの間まで、クリスマスにはサンタさんに何を貰おうかって悩んでた。


 でも、旅行に行くことになって、今週は那由多と電話できないってなって、落ち込みすぎてすっかり忘れてた。


 ママにさっき言われて、思い出した。

 今日はクリスマスイブだったんだ。


 だから、那由多のベッドに入れて貰って、一緒に眠って、朝起きたときびっくりした。


 私のところにも、ちゃんとサンタさんが来てくれた。


 旅行で家にいないから、那由多の家まで来てくれたみたい。

 サンタさんってすごい。


 先に目が覚めた那由多に起こされて、一緒にラッピングを破る。


 那由多は自分のプレゼントを包むブルーの包装紙を丁寧に剥がしてたけど、私は赤い包装紙をビリビリ破いて箱を開けた。


 中には白いマフラーと、同じく白いニットの帽子。


 サンタさんにお願いしたのと全然違うけど、フワフワで柔らかくて、気持ちよかった。


 那由多も箱を開けて、中身を取り出した。

 それは、白いマフラーと、白いニットの帽子。


 私とおんなじ。


「おそろいだ!」


 私はお揃いお揃いと騒ぎながら、そのマフラーと帽子を身につけた。

 那由多の首にもマフラーを巻いて、帽子を被せる。


 ちょっと照れ臭くてえへへと笑ったら、那由多も同じように笑ってた。


 家の中だけど帽子とマフラーをつけたまま、朝ごはんを食べていたら、チャイムが鳴った。


「あ、ママかな」

「きっとそうね」


 那由多のママが玄関に行ってしばらくすると、パパとママと一緒に戻ってきた。


 ママは笑顔で、私と那由多の頭を撫でる。


「おはよう、二人とも」

「「おはよー」」

「零、良い子にできた?」

「できた」

「本当に?」

「ほんとうだよ!」

「零ちゃん、本当に良い子だったわよ。ねー」

「ねー」


 那由多のママと首を傾けてアピールする。


 それを見てママが、懐柔してる、やるわねって言ったけど、意味わからなかった。




 クリスマスの今日は、私のパパとママと、私と那由多の4人でお出かけ。


「クリスマス、しかも休日なのに仕事なんて。那由多、ごめんね」


 那由多のママは、一緒に遊びに行けないことを悔しがってた。


 那由多のパパも、クリスマスもお仕事で大変そう。

 朝起きたら、もういなかった。


 でも、夜は那由多のお家でクリスマスパーティーをしようって、メモを残してくれていて、私たちは朝から浮かれて大騒ぎだった。


 那由多のママに見送られて、車に乗り込んだ。


 なんだかパパが異常に張り切ってる。


「さぁ、行くぞ!」

「どこにいくの?」

「水族館よ」

「すいぞくかん!」

「今、クリスマスだけのショーとかやってるんですって」

「楽しみだろ」


 那由多と顔を見合わせて、目を輝かせた。


「うん!」

「たのしみ」


 いざ、水族館へ出発。




 水族館はやっぱり混んでいたけど、いろんなショーや海の生き物を観て楽しんだ。


 ペンギンはとても可愛くて、シャチはすごく格好良かった。

 クリオネは思ってたよりちっちゃかったし、アザラシは大きくて驚いた。


 お昼には、水中レストランで自由に泳ぎ回る魚たちを見ながら、限定のお子様ランチを食べた。


 それにはイルカのキーホルダーがおまけに着いていて、私の水色のイルカと、那由多の黄色のイルカを交換した。


 またお揃いだねって言った那由多は本当に嬉しそうで、私ももっと嬉しくなった。


 午後もショーや水中トンネルを回って、夕方には水族館を後にした。


 車は駐車場に置いたまま、そこから少し歩く。


「すぐ近くにすっごく大きなクリスマスツリーがあるの」


 ママが先頭をきって歩くのを、パパと那由多と追いかけるようについていった。


 はぐれないように右手は那由多と、左手はパパとがっちり繋いで、人混みを掻き分けた。


「凄い人だなぁ」

「本当ねぇ、今日で最後だからかしら」

「零、那由多くん、離さないようにね」

「うん」


 本当に物凄い人の数に、怖くなった。


 もしも、はぐれてしまったら、もう二度と見つからないかもしれない。

 そう思うくらいにごった返してた。


 ツリーに近付くにつれて、人はどんどん増える。

 正面から高校生の集団がきて、ごちゃ混ぜにすれ違った。


 一瞬、目が回って、ハッと気付く。

 右手、離れちゃった。


「パパ!なゆた、はなれちゃった!」

「えっ!」

「まぁ大変!那由多くーん!」

「どうしよう……」


 沸き上がる不安に涙が浮かぶ。


「大丈夫!パパが探してくるから、ママといなさい!」

「……うん」


 パパが私の手をママに渡そうとして離した瞬間、私はママの手を取らずに走り出していた。


「なゆた!」


 お揃いの白いマフラーが見えた。


 泣いてる。

 泣かないで。


 今、行くから。


「なゆた!」

「れいちゃん?」


 私はがしっと那由多に抱きついた。


「みつけた!」

「れいちゃん」


 那由多はポロポロ涙を溢して、私のコートの裾を握りしめた。

 その目を、袖を引っ張って拭ってあげる。


「こっち」


 今度は絶対に離れないように、手を繋いでさらにぴったりくっついて。

 パパたちのところへ戻った。


「零!那由多くん!」

「あぁ、よかった!」


 二人まとめてママにぎゅうぅっと包まれた。

 暖かくて、自然と深いため息が出る。


「もー、零。いきなり走ってかないで」

「ごめんなさい」

「でも、那由多くんをよく見つけてくれた」


 パパが私と那由多の頭を撫でて笑った。


「人混みでひとりぼっちになって、怖かっただろ。ごめんな」

「……だいじょうぶ」


 そう言ったパパに、那由多はふるふると首を振った。


 何かを必死に我慢してるみたいな顔が、私の目に焼き付いた。




 綺麗なイルミネーションをみんなで見たら、自然と笑顔も戻って、真っ暗になる頃には那由多の家に帰ってきた。


「お帰りなさい」


 那由多のママに迎えられて、リビングに入る。

 そこにはフライドチキンやケーキ、それに豪華なお料理が並んでた。


 その向こう側では、那由多のパパがクリスマスツリーの飾りつけをしてる。


「今さらだろうけど、買ってきた」


 那由多のパパは楽しそう。

 私と那由多も一瞬に飾りつけに参加して、騒ぎながらツリーを飾った。


 クリスマスパーティーはすっごくすっごく楽しくて、あっという間に終わっちゃった。


 そして、パパとママはまたホテルに行くために玄関で靴を履いていた。


「じゃあ、零。明日の朝迎えに来たら、すぐにお家に帰るから」

「うん」

「今日も良い子にな」

「うん」


 あと一回寝たら、またお別れ。

 勿体なくて、寝たくなかった。


 那由多も同じように思ってるのか、二人していつまでも眠らずにいた。

 でも、いつまでも起きていられるわけもなく。


 朝はすぐにやってきた。


「那由多、零ちゃん、起きて」


 那由多のママの声で目が覚めた。

 さっきまで夜だったのに、一瞬で朝になったのがショックだった。


 でも、なんとか顔を洗って、朝ごはんを食べた。


 ピンポーン。

 ビクッと肩が震えてしまった。


 だって、それが誰かわかってたから。

 もう、おしまいだって知ってたから。


 パパとママが迎えに来た。


「いろいろとお世話様でした」

「こちらこそ!昨日は遊びに連れていって貰っちゃって、ありがとう」

「今度は、うちにもまた来てね」


 パパたちが玄関でお別れの挨拶をしてるのを聞きながら、靴を履く。

 那由多も隣にしゃがんで、私の足元を見てた。


 那由多のパパは、やっぱりもうお仕事に行っちゃっていない。


 おとな3人に子ども2人でぎゅうぎゅうの玄関で、ゆっくり靴紐を結んでた。

 でもすぐに結び終わってしまう。


 立ち上がるしかなくなって、那由多と立った。


「れいちゃん」


 那由多の声に顔を向ける。

 眉尻を下げながらも、那由多は笑ってた。


「またね」

「……うん」


 2回目のお別れに、また泣きそうになった。

 前の時はどうやってお別れしたっけ、って思い出しても、今は全然思い出せなかった。


 寂しい。

 ずっと、一緒がいいのに。


 ふと、思い出した。


「なゆた」

「なぁに?」

「おまじない」

「え?」


 那由多が傾げた頭を両手で掴んで、


 ちゅ。


「またね」


 “またね”のおまじないをした。


 パパが後ろで叫んでたのがうるさかった。




 お家に帰って、那由多とまた離ればなれになった。


 やっぱり涙は出たけど、でも前みたいに喚いたりしなかった。


 “またね”は、本当だってわかったから。

 次に会える日を夢見て、また週に一度の電話を楽しみに待った。

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