0.2 電話
那由多が転校して1週間。
私はまだしょんぼりしてた。
那由多の席がなくなっても、クラスは何にも変わらない。
今までと同じように授業は進んだ。
新しいお友達はすぐできた。
斜め前の席の、葉月ちゃん。
真っ直ぐの長い髪とくりくりした目の、とっても可愛い女の子。
学校からの帰り道は、葉月ちゃんと一緒に帰るようになった。
でも、途中の交差点でバイバイすると、そこからアパートまではひとりぼっち。
たいして長くもないその距離が、無性に寂しさを沸き上がらせた。
学校は楽しい。
休み時間はクラスのみんなと外で遊んで騒いでたし、勉強も面白くなってきた。
でも、算数の授業になると、やっぱり那由多を思い出して寂しくなる。
涙が出ないように、我慢してた。
そうやって、なんとか過ごしてた次の日曜日。
那由多のいない日々は、眠れない夜みたいに長くて、先週まで那由多がいたのが嘘みたいに感じてた。
日曜日の朝はいつも、今日は何して遊ぼうかってワクワクして目が覚めてたけど、今日はいつまでもベッドの中でゴロゴロ転がってた。
「零、そろそろ起きなささい」
ママに言われて、モゾモゾと芋虫みたいに動いてやっと起きた。
「ママおはよー」
「おはよう零。顔洗っておいで」
「うん」
リビングのソファで、コーヒーを飲みながらテレビを観てたパパにもおはようを言って、洗面所に足を引きずって向かう。
冷たい水で顔を洗ってタオルで拭いていると、電話が鳴った。
リビングへ戻ると楽しそうなママの声。
「うん、うん。…そう。…そうなの!うちも、うちも!」
パパの隣にチョンと座って、誰と話してるのかなって考えてた。
コトン。
パパがコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置いて、私に向き直る。
「元気ないなぁ」
パパはゆっくりと私の頭を撫でてから、抱き上げた。
そして、膝の上に向かい合うように、下ろされる。
私は何も言わずに、パパに抱きついた。
パパは相変わらず優しく撫でていてくれて、また眠りそうになった。
「そうだ!」
パパの声に顔をあげる。
ウキウキしてるみたいなパパの顔が見えた。
「いいこと思い付いたぞ、零」
「なぁに?」
「ふふふ」
パパは笑うばかりで、なかなか教えてくれない。
「おしえてよー」
ほっぺたを膨らませて、答えを促す。
「今日、遊園地に行こう」
「ゆうえんち!?」
「行きたいだろ?」
「うん!」
単純な私はそれだけで元気になってきた。
何に乗ろうとか何を食べようとか、パパと話しているとママに呼ばれた。
「零」
まだスマホを耳に当てたまま手招きしてる。
頭に?を浮かべながら、パパの膝を降りてママのところへ行った。
「はい」
ママは私にスマホを手渡して微笑んだ。
受け取って耳にあてると、声が聞こえた。
『れいちゃん?』
あまりにびっくりして返事ができなかった。
だから、かわりに叫ぶ。
「なゆた!」
君の名前。
この1週間、ずっとずっと、聞きたかった声。
私は嬉しくて嬉しくて喋り続けた。
学校のこと、授業のこと、葉月ちゃんという友達ができたこと、新しく覚えた遊びのこと、どんな小さなことでも、話した。
那由多も、新しい学校のこととか、お家のことを教えてくれた。
楽しくて、私はスマホにかじり付くみたいになってた。
でも、やっぱり、ずっとお話ししてる訳にはいかなくて。
ママの合図で、ハッと我に返った。
「またね……」
『うん、またね、れいちゃん』
合言葉みたいになった“またね”を言い合って、ママにスマホを手渡した。
私はまたパパの隣に座った。
ママは那由多のママとちょっと挨拶して、スマホを置いた。
切れちゃった。
再び元気のなくなった私に、パパは今度はなんて言おうか考えてたみたい。
でも、その前にママが言った。
「また来週、ね」
私はぽつりと繰り返した。
「らいしゅう?」
「そっ!」
「また?」
「うん」
ママはニコニコ笑って、私に目線を合わせる。
「また、来週の日曜日に電話しようね」
「ほんとう!?」
「本当」
「やったー!!」
私はソファの上をピョンピョン跳び跳ねて喜んだ。
そのソファの隅でママがパパに、あなたの負けねって言ったのは聞こえなかった。
またパパがガックリしてたのにももちろん気付かずに、私は奇声を上げて騒いでた。
それから、毎週日曜日の午前10時を待つようになった。
寂しくて涙が出そうになることもあったけど、日曜日に何を話そうか考えれば、笑うことができた。
ママとの約束で、電話は15分だけ。
でも、それで充分。
私の全然知らないところに行ってしまって、次にいつ会えるのかも、何をしているのかも全くわからなかったときと比べたら、それだけでも那由多を近く感じて嬉しかった。
夏休みになってからも、電話を一番の楽しみにしてた。
葉月ちゃんとプールに行ったよ、とか、パパに動物園に連れていって貰ったよ、とか、宿題がいっぱいでたよ、とか、今度は海に行くよ、とか。
本当は那由多と行きたいな、とか。
いつも言いたいことがいっぱいあって、話題は尽きなかった。
夏休みに会えるかなっていう期待もしてた。
でも、那由多の家は引っ越しとかの片付けで忙がしくて、結局会うことはできなかった。
新学期になっても毎週の電話はもちろん続いてた。
「ほんとうになゆたくんが、だいすきなんだね」
相変わらず那由多の話の多い私に、葉月ちゃんがそう言って笑ったから、全開の笑顔で頷いた。
「うん!だいすき!」
そうしたらなぜか、葉月ちゃんが真っ赤になって照れて、そっかって呟いた。
「あ、れいちゃん」
「なぁに?」
ふいに、何かを思い出して葉月ちゃんが私を呼んだ。
「おたんじょうび、もうすぐだね」
「うん」
10月1日。
それが私の誕生日。
それと、那由多の誕生日でもある。
「プレゼントあげるね」
「ありがとー!」
もうすぐ、私たちの7歳の誕生日がやってくる。
毎年、ふたり一緒だった誕生日。
今年の主役は、私ひとり。
パパとママと私と、それに葉月ちゃんを招待して、お祝いして貰った。
本当は明日が誕生日だけど、明日は月曜日だから前日の今日がお誕生日会になった。
朝の電話で、那由多にも1日早いおめでとうを言った。
那由多も私におめでとうと言ってくれた。
7本立てられた蝋燭をひとりで一気に吹き消すのは大変で、1本ずつ消した。
拍手とおめでとうコールと共にプレゼントを受け取り、ケーキとごちそうを食べた。
パパとママからはずっと欲しかったピンクの自転車。
葉月ちゃんは好きなアニメのキャラクターの描かれた、可愛いノートを貰った。
私はノートを自転車のカゴに入れて、自転車に跨がってはしゃいでた。
それから、ママと葉月ちゃんと3人でクッキーを作った。
ママが作っておいてくれてた生地を薄く伸ばして、型抜きをする。
ちょっと歪んだけど、星とかハートがたくさんできた。
そして、キャッキャッと騒ぎながら色とりどりのトッピングをして、焼き上がるのを待った。
甘い良い匂いがしてきて、オーブンの中を葉月ちゃんと覗く。
こんがりきつね色の美味しそうなクッキーが焼きあがっていて、笑い合って喜んだ。
焼けたクッキーを冷ましてラッピングする。
綺麗にリボンも巻いて、葉月ちゃんに渡した。
これはプレゼントのお礼だ。
「ありがとう」
葉月ちゃんは可愛らしく笑って、それを受けとるとお家へ帰った。
これで、今年のお誕生日会は終わり。
とっても楽しかったけど、どこか物足りなさを残したまま、私は7歳の朝を迎えた。
「おはよー、ママ」
目を擦りながらキッチンのママに挨拶をした。
パパはもうお仕事に出掛けたみたい。
「おはよう、零。お誕生日おめでとう」
「えへへ。ありがとー」
「プレゼントが届いてるわよ」
「え?」
パパとママからのプレゼントは昨日貰った。
お爺ちゃんたちからは先週貰ったし、誰からのプレゼント?
首をかしげて考えていると、ママがそれを差し出した。
それは、私の両手のひらを合わせたくらいの大きさの、厚い紙。
真ん中に平仮名で私の名前が書いてあった。
そして、その左側に同じく平仮名で小さく書かれた名前。
“せお なゆた”
私は目を丸くした。
「なゆた?」
「そうよ。裏を見てごらん」
「うら?」
言われて引っくり返す。
そこにはケーキとお花の絵が描かれていて、絵の上には綺麗なオレンジ色のペンで文字が書いてあった。
“おたんじょうびおめでとう”
それは紛れもなく、那由多の絵と文字で、私は久し振りに見たそれらから目を離せなかった。
「那由多くんからのバースデーカードよ」
その絵に見とれてた私にママが言った。
「よかったね」
「うん!」
私は那由多からの絵ハガキを大事にランドセルに入れて、上機嫌に学校に行った。
やっと待ちに待った、次の日曜日。
那由多に絵ハガキのお礼を言おうと口を開くと、珍しく先をこされた。
『れいちゃん、おたんじょうびプレゼント、ありがとう』
「え?」
『クッキーおいしかったよ』
「クッキー?」
いつの間にかママが隣にしゃがんでて、スマホと反対の耳に内緒話をした。
“零が作ったクッキー、お誕生日に那由多くんに送っといたの”
私はびっくりして、口を開けてママを見てた。
『れいちゃん?』
「あっ!うん」
『キラキラしてて、あまくて、ぜんぶたべちゃった』
応えにつまる私をみて、ママはちょっと意地悪に笑ってた。
「あっ!なゆた」
思い出して、慌てて喋る。
「ハガキとどいたよ。ありがとー」
『うん』
ちょっと照れた那由多のか細い声が聞こえた。
「おまもりにね、いつももってるの」
『いつも?』
「うん。ランドセルにいれてるの」
えへへって那由多が笑うから、私もつられて笑った。
「なゆたのえ、きれい。だいすき」
『……ありがとう』
15分はあっという間で、お互いにお礼を言ったら終わっちゃった。
でも、初めて気持ちよく電話を切ることができた気がした。
季節は秋から冬へと移った。
半年経っても、やっぱり私には日曜日の電話が一番の楽しみのまま。
パパが冬休みに旅行に行こうって言ったけど、日曜日も予定に入ると知って、私は行かないと駄々をこねた。
でも、そんな我が儘が聞いて貰えるわけもなく、私は旅行に行くことになった。
先週の電話で、那由多に話した。
「こんどのにちようびは、おでかけなんだ……」
『うん』
「でんわできないの。おとまりだから」
『うん、たのしみだね』
那由多は、私が旅行を楽しみにしてるって思ったのかな。
私は電話のほうが楽しみなのに。
那由多も残念に思ってくれると思ってたから、私は少しがっかりしてた。
終業式が終わって家に帰ると、すぐに旅行に出発した。
お正月はお爺ちゃん家にも行かなくちゃいけないから、クリスマスに旅行になったみたい。
いつもお仕事を頑張ってるパパにも、たまには優しく付き合ってあげてってママが言うから、行きたくないって言えなくなっちゃった。
でもやっぱり、かかってくるはずだった電話のことを考えると、もどかしくて、パパの運転する車の中で、私は那由多に貰ったハガキをずっと見てた。
「零、着いたよ」
そっと肩を揺らされて、目を開けた。
どうやら寝てたみたい。
目を擦りながら、ぼんやり車を降りた。
「れいちゃん!」
突然、耳に入った声に一気に目が覚めた。
「なゆた?」
那由多が車の前にいた。
「なんで!?」
「ふふふ」
ママが不適に笑いながら私に言った。
「旅行の行き先は、那由多くんのお家よ」
「えぇー!!」
私は本当に驚いて、口をパクパクさせてた。
「れいちゃん」
再び呼ばれて振り向く。
そこには、満面の笑みを浮かべる那由多がいて、私はいつの間にか駆け出していた。
「なゆた!」
「れいちゃん」
「なゆた!なゆた!なゆた!」
「あはは!なぁに、れいちゃん」
向かい合って、両手を繋いで、くるくる回る。
嬉しくて、夢みたいで、笑いが止まらない。
「……楽しそうだなぁ」
「あなた、妬いてるの?」
「……うん」
「ぷっ!」
ママたちのそんな会話も聞こえない。
だって、那由多しか見てなかったから。
「いらっしゃい!疲れたでしょ、入って入って!」
那由多のママに案内されて、玄関へ入る。
那由多の新しいお家はマンションだった。
アパートよりもずっと広くて綺麗な部屋。
私は見回して、わぁっとため息を吐いた。
「素敵なお部屋ねぇ」
「ありがとう。でも、まだ家具もそんなに入ってないから広く見えるだけよ」
「またまたー」
ママたちも久し振りに会って楽しそう。
パパたちはもうソファに座ってお酒を飲んでる。
「那由多、学校から帰ってからずっと駐車場で待ってたのよー」
「えぇ!?」
そんな言葉が聞こえてチラッと隣を見たら、那由多は真っ赤になって俯いてた。
照れてる那由多も久し振り。
那由多のお家でみんなでご飯を食べて、パパママたちはリビングで話に花を咲かせてた。
私たちは離れてた半年間を埋めるように、ずっと一緒にいた。
毎週電話をしていたからか、意外と話したかったことはすぐにつきて、那由多の部屋で一緒にお絵かきしてた。
絵ハガキを貰ったときも思ったけど、那由多は絵がもっと上手になったと思う。
どこがどう、とか全然わからなかったけど、すっごく惹き付けられた。
那由多が右手を動かすのを、ずっと見てた。
那由多の左手と私の右手は、ずっと繋がったまま。
描きにくそうだったけど、強い力で握られてる手が嬉しかったから、離さなかった。
「それじゃあ、長々とお邪魔しました」
「いいのよ、こっちこそ遠いところから来て貰ったんだし」
「そうそう。俺たちは今日も明日も仕事で、たいしたお構いもできず申し訳ない」
「いやいや充分だよ。美味い酒も頂いたし」
「もー、私が運転できなかったらどうするのよ」
「できるんだからいいだろ」
「いいけどー」
ママたちの会話と笑い声に、私と那由多は固まった。
もう、帰るんだ。
思いのほか早い別れに、愕然とした。
「零ー」
ママに呼ばれたけど、返事ができない。
声がでない。
開け放たれてた那由多の部屋にママが顔を出した。
私はゆっくり立ち上がって、ママの前に行く。
那由多も手を離すことなく、一緒に来てくれた。
ママは私たちの顔を覗き込んだ。
そしてにっこり笑って、私にリュックを差し出した。
「はい」
それを受け取って抱える。
なんだろう?
「それじゃ、零。ママたちはホテルに泊まるから、いい子にしてね」
私は唖然として、頭の上にハテナマークを振り撒いてた。
「那由多くん、零をお願いね。今日はお泊まりさせるから」
「えぇー!!」
「ふふふ」
ママはやっぱり楽しそうに笑って、私と那由多の頭を撫でた。
「今日はクリスマスイブだからね!これはママたちからのプレゼントよ」
私は那由多を振り返った。
那由多も私の方を向いていて、口をかぱっと開けたまま停止してた。
「じゃ、また明日ね」
ママはどこかウキウキと、部屋を出ていった。
パパとママを玄関で見送って、那由多のママとお風呂に入ったら、やっと実感が湧いてきた。
「あぁー、やっぱ女の子はいいわー」
那由多のママは、私がお泊まりするのが凄く嬉しいみたいでニコニコしながら、頭を洗ってくれた。
「ね、零ちゃん」
「なぁに?」
「いつか、うちの子になってくれる?」
「なゆたんちのこ?」
「そう」
「いいよ!」
「本当!?」
「うん」
私は即答した。
だって那由多の家の子になったら、もう離れなくて済む。
迷うことなんて、何にもない。
那由多のママは、やったって言ってバンザイして喜んでた。
ついこの間まで、クリスマスにはサンタさんに何を貰おうかって悩んでた。
でも、旅行に行くことになって、今週は那由多と電話できないってなって、落ち込みすぎてすっかり忘れてた。
ママにさっき言われて、思い出した。
今日はクリスマスイブだったんだ。
だから、那由多のベッドに入れて貰って、一緒に眠って、朝起きたときびっくりした。
私のところにも、ちゃんとサンタさんが来てくれた。
旅行で家にいないから、那由多の家まで来てくれたみたい。
サンタさんってすごい。
先に目が覚めた那由多に起こされて、一緒にラッピングを破る。
那由多は自分のプレゼントを包むブルーの包装紙を丁寧に剥がしてたけど、私は赤い包装紙をビリビリ破いて箱を開けた。
中には白いマフラーと、同じく白いニットの帽子。
サンタさんにお願いしたのと全然違うけど、フワフワで柔らかくて、気持ちよかった。
那由多も箱を開けて、中身を取り出した。
それは、白いマフラーと、白いニットの帽子。
私とおんなじ。
「おそろいだ!」
私はお揃いお揃いと騒ぎながら、そのマフラーと帽子を身につけた。
那由多の首にもマフラーを巻いて、帽子を被せる。
ちょっと照れ臭くてえへへと笑ったら、那由多も同じように笑ってた。
家の中だけど帽子とマフラーをつけたまま、朝ごはんを食べていたら、チャイムが鳴った。
「あ、ママかな」
「きっとそうね」
那由多のママが玄関に行ってしばらくすると、パパとママと一緒に戻ってきた。
ママは笑顔で、私と那由多の頭を撫でる。
「おはよう、二人とも」
「「おはよー」」
「零、良い子にできた?」
「できた」
「本当に?」
「ほんとうだよ!」
「零ちゃん、本当に良い子だったわよ。ねー」
「ねー」
那由多のママと首を傾けてアピールする。
それを見てママが、懐柔してる、やるわねって言ったけど、意味わからなかった。
クリスマスの今日は、私のパパとママと、私と那由多の4人でお出かけ。
「クリスマス、しかも休日なのに仕事なんて。那由多、ごめんね」
那由多のママは、一緒に遊びに行けないことを悔しがってた。
那由多のパパも、クリスマスもお仕事で大変そう。
朝起きたら、もういなかった。
でも、夜は那由多のお家でクリスマスパーティーをしようって、メモを残してくれていて、私たちは朝から浮かれて大騒ぎだった。
那由多のママに見送られて、車に乗り込んだ。
なんだかパパが異常に張り切ってる。
「さぁ、行くぞ!」
「どこにいくの?」
「水族館よ」
「すいぞくかん!」
「今、クリスマスだけのショーとかやってるんですって」
「楽しみだろ」
那由多と顔を見合わせて、目を輝かせた。
「うん!」
「たのしみ」
いざ、水族館へ出発。
水族館はやっぱり混んでいたけど、いろんなショーや海の生き物を観て楽しんだ。
ペンギンはとても可愛くて、シャチはすごく格好良かった。
クリオネは思ってたよりちっちゃかったし、アザラシは大きくて驚いた。
お昼には、水中レストランで自由に泳ぎ回る魚たちを見ながら、限定のお子様ランチを食べた。
それにはイルカのキーホルダーがおまけに着いていて、私の水色のイルカと、那由多の黄色のイルカを交換した。
またお揃いだねって言った那由多は本当に嬉しそうで、私ももっと嬉しくなった。
午後もショーや水中トンネルを回って、夕方には水族館を後にした。
車は駐車場に置いたまま、そこから少し歩く。
「すぐ近くにすっごく大きなクリスマスツリーがあるの」
ママが先頭をきって歩くのを、パパと那由多と追いかけるようについていった。
はぐれないように右手は那由多と、左手はパパとがっちり繋いで、人混みを掻き分けた。
「凄い人だなぁ」
「本当ねぇ、今日で最後だからかしら」
「零、那由多くん、離さないようにね」
「うん」
本当に物凄い人の数に、怖くなった。
もしも、はぐれてしまったら、もう二度と見つからないかもしれない。
そう思うくらいにごった返してた。
ツリーに近付くにつれて、人はどんどん増える。
正面から高校生の集団がきて、ごちゃ混ぜにすれ違った。
一瞬、目が回って、ハッと気付く。
右手、離れちゃった。
「パパ!なゆた、はなれちゃった!」
「えっ!」
「まぁ大変!那由多くーん!」
「どうしよう……」
沸き上がる不安に涙が浮かぶ。
「大丈夫!パパが探してくるから、ママといなさい!」
「……うん」
パパが私の手をママに渡そうとして離した瞬間、私はママの手を取らずに走り出していた。
「なゆた!」
お揃いの白いマフラーが見えた。
泣いてる。
泣かないで。
今、行くから。
「なゆた!」
「れいちゃん?」
私はがしっと那由多に抱きついた。
「みつけた!」
「れいちゃん」
那由多はポロポロ涙を溢して、私のコートの裾を握りしめた。
その目を、袖を引っ張って拭ってあげる。
「こっち」
今度は絶対に離れないように、手を繋いでさらにぴったりくっついて。
パパたちのところへ戻った。
「零!那由多くん!」
「あぁ、よかった!」
二人まとめてママにぎゅうぅっと包まれた。
暖かくて、自然と深いため息が出る。
「もー、零。いきなり走ってかないで」
「ごめんなさい」
「でも、那由多くんをよく見つけてくれた」
パパが私と那由多の頭を撫でて笑った。
「人混みでひとりぼっちになって、怖かっただろ。ごめんな」
「……だいじょうぶ」
そう言ったパパに、那由多はふるふると首を振った。
何かを必死に我慢してるみたいな顔が、私の目に焼き付いた。
綺麗なイルミネーションをみんなで見たら、自然と笑顔も戻って、真っ暗になる頃には那由多の家に帰ってきた。
「お帰りなさい」
那由多のママに迎えられて、リビングに入る。
そこにはフライドチキンやケーキ、それに豪華なお料理が並んでた。
その向こう側では、那由多のパパがクリスマスツリーの飾りつけをしてる。
「今さらだろうけど、買ってきた」
那由多のパパは楽しそう。
私と那由多も一瞬に飾りつけに参加して、騒ぎながらツリーを飾った。
クリスマスパーティーはすっごくすっごく楽しくて、あっという間に終わっちゃった。
そして、パパとママはまたホテルに行くために玄関で靴を履いていた。
「じゃあ、零。明日の朝迎えに来たら、すぐにお家に帰るから」
「うん」
「今日も良い子にな」
「うん」
あと一回寝たら、またお別れ。
勿体なくて、寝たくなかった。
那由多も同じように思ってるのか、二人していつまでも眠らずにいた。
でも、いつまでも起きていられるわけもなく。
朝はすぐにやってきた。
「那由多、零ちゃん、起きて」
那由多のママの声で目が覚めた。
さっきまで夜だったのに、一瞬で朝になったのがショックだった。
でも、なんとか顔を洗って、朝ごはんを食べた。
ピンポーン。
ビクッと肩が震えてしまった。
だって、それが誰かわかってたから。
もう、おしまいだって知ってたから。
パパとママが迎えに来た。
「いろいろとお世話様でした」
「こちらこそ!昨日は遊びに連れていって貰っちゃって、ありがとう」
「今度は、うちにもまた来てね」
パパたちが玄関でお別れの挨拶をしてるのを聞きながら、靴を履く。
那由多も隣にしゃがんで、私の足元を見てた。
那由多のパパは、やっぱりもうお仕事に行っちゃっていない。
おとな3人に子ども2人でぎゅうぎゅうの玄関で、ゆっくり靴紐を結んでた。
でもすぐに結び終わってしまう。
立ち上がるしかなくなって、那由多と立った。
「れいちゃん」
那由多の声に顔を向ける。
眉尻を下げながらも、那由多は笑ってた。
「またね」
「……うん」
2回目のお別れに、また泣きそうになった。
前の時はどうやってお別れしたっけ、って思い出しても、今は全然思い出せなかった。
寂しい。
ずっと、一緒がいいのに。
ふと、思い出した。
「なゆた」
「なぁに?」
「おまじない」
「え?」
那由多が傾げた頭を両手で掴んで、
ちゅ。
「またね」
“またね”のおまじないをした。
パパが後ろで叫んでたのがうるさかった。
お家に帰って、那由多とまた離ればなれになった。
やっぱり涙は出たけど、でも前みたいに喚いたりしなかった。
“またね”は、本当だってわかったから。
次に会える日を夢見て、また週に一度の電話を楽しみに待った。