GRAFFITI ー竜希ー
零は本当にニブイと思う。
それは今に始まったことじゃなくて、昔から呆れるほどニブイ。
まだ俺たちが小学生の時。
確かによく祥平と一緒にはいたけど、それはただ単に同じサッカークラブに入ってたからで、別に仲が良かった訳じゃなかった。
休み時間も放課後もサッカーをしてたから、いつの間にかつるんでただけだったんだ。
俺は、自分は自己中な祥平とは合わないとずっと思ってた。
だから、チームメイトとして必然的に一緒にいただけで、普段遊んだりとかもほとんどなかった。
零には、そんな俺たちが親友に見えてたらしい。
最近になってそんなことを聞いて、少なからず腹が立った。
そういえば、あの日。
お祭りの日だって、たまたまクラブの練習のあとにお祭りを見つけて、思い付きで行こうと言い出した祥平に無理やり引っ張って行かれただけだったし。
俺は別に零の浴衣姿が変だとも思わなかったんだぞ。
むしろ似合ってると思ったし、こういう格好すればかわいいんじゃんって感心したんだ。
零をからかう祥平をガキだなと思って思わず笑ったくらいだ。
どうやら零は、それを自分が笑われたと勘違いしてたらしいけど。
だから、なんで俺がデリカシーないとか言われなきゃなんないのかって、また腹が立った。
むしろ、お前の方がないだろ。
って。
俺はわりとひとの気持ちに敏感だと思う。
それは親が離婚してるからかもしれないけど、それはまぁいいや。
そのお祭りであいつを見たときすぐにわかった。
あ、こいつ零が好きなんだなって。
わかりやすく祥平も零を好きだったみたいだけど、なんで本人は全く気づかないかな。
ほんと謎だ。
ミステリーだ。
あんな風に自分を巡って一触即発な雰囲気ならわかりそうなもんなのにな。
ま、そこが零のいいところだと思っておこう。
中学に入って陸上部で会ったときはビックリした。
零とはあんまり親しくしてなかったから、正直戸惑った。
微妙に知ってるやつと不意に会うとか、なんか緊張する。
でも零の方は全く気にしてないようで、まともに話した記憶もないのに俺のことを先輩たちに友達だって言った。
は?って思ったけど、なぜかどこか嬉しかったっけ。
こっぱずかしくて零には一生言えないけど。
零には裏表がない。
こそこそすることもないし、ぐちぐちしたりもしない。
だからかな。
俺はこいつがずっと嫌いじゃなかった。
それもあってか、仲間として打ち解けるのは早かった。
競技も同じ短距離に魅力を感じたし、話も合う。
ニブイとこは相変わらずでたまにもどかしいけど、零といるのは楽しかった。
それは先輩たちに対しても同じで、俺は仲間に恵まれてたことに幸せを感じてた。
サッカーは、楽しかったけどそれだけだった。
陸上部は、楽しいけど楽しいだけじゃなくて、辛いことの方が多いくらいだった。
でもそれ以上に面白いって、やりがいがあるって実感してた。
きっとそれは、京先輩や武先輩、雪子先輩に憲一先輩と千里先輩、そして零がいたからだ。
俺の中で陸上部は毎日少しずつ大きな存在になっていった。
そんな日々の中で、ある時気がついた。
京先輩の零を見る目に。
普段から誰に対しても優しい目をしてるけど、それがちょっと違って見えた。
零って案外モテんだよな。
自覚がないのが致命的なんだろうけど、だからこそみんな惹かれるんだろうな。
京先輩は結構わかりやすく行動してたと思う。
第2ボタンとか普通気づくだろ。
なのに零はそれでも気付かない。
俺がヒント的なことを言ったって、後輩たちが全員気づいたって、本人は欠片もそんなこと思ってもないようだった。
全く、京先輩が不憫でならない。
京先輩のハートを捕らえた伝説の女なんて噂されても気付かないなんて、あり得ない鈍感さだよ。
でもさ、わかってるんだ。
お前あいつが好きなんだろ。
だから他に目がいかないんだよな、多分。
お祭りの時のあの顔。
あれを見たら誰でもわかると思う。
俺としては京先輩とうまくいって欲しい気がしないでもないけど、こればっかりは仕方ない。
零が何年も、今でもあいつを想ってるなら、俺はそれも応援してやりたいって思うから。
俺にとって特別なふたり。
京先輩と零。
ふたりが走ってる姿はまるで獲物を競って滑空する鳥のようで、綺麗だ。
よく自分の練習も忘れて見てたっけ。
あれはまた見たいな。
零は京先輩のいる高校に行くって聞いた。
地元に進学する俺には、もうあの光景が見れないのが、無償に悔しい。
憧れのひとと、戦友。
俺は零のことを、最高の仲間で同士で、例えるなら戦友のように思ってた。
そんな恥ずいこと面と向かって言えないけど。
俺はなりたい職業があるから、これからは勉強に力を入れていくつもりでいる。
でも、陸上は続けるよ。
零ほどじゃないけど、頑張るつもりだ。
明日はいよいよ卒業式か。
たぶん、俺はお前に何にも言わない。
最後の日を今まで通り過ごしたいからな。
だからこれだけここに書いとく。
“to零”
“頑張れ”
“from戦友”
キュッと油性ペンに蓋をして、ペンたてに放り込んだ。
そして、部室の片隅の壁に残した落書きを俺は見つめた。
「……簡単すぎたか?」
床近くの這いつくばらないと読めないようなところに書いたそれを、何度も読み返す。
もうちょっと何か書いた方がいいかとも思ったけど、その内に段々とそれだけで十分な気がしてきた。
誰かに見つかっても嫌だしな。
特に本人には。
うん。
これで十分だ。
俺はしゃがんでた脚を伸ばして立ち上がると、軽く伸びをした。
「さて、っと」
そしてバッグを背負って部室のドアを開けた。
練習に励む後輩たちの元気な声が聞こえる。
もうここに生徒としてくることはないんだな。
当たり前のことなんだろうけど、変な感じだ。
だからかな。
普段なら絶対しないようなことをしようと思ったのは。
部室の隅に残してみた。
最初で最後のメッセージ。
頑張れよ。
応援してるからな。
いつだって。
これで完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。