第一話 魔女
ウニと栗ってきっと親戚なんだよ
魔女。
人類種の一つとして五大国連合に認められている人種。
しかし、その起源の謎、不死性、女性しか生まれない特異性、平均魔力の異常な多さなどから本当に人類なのかという疑問が生じている。
それはかつて全ての人類種が所属すると言われた人類の保護団体、"連盟"に魔女が存在しなかったことや、
かつてあらゆる栄光を極めた"大エテル帝国"の"エテル第一研究所"にその籍を置いた稀代の天才、ストレイズ・ハルトマンの、
『魔物は魔素より生まれるが故に、手足を動かすように魔法を使う。
これはより強力に、より狡猾な魔物になるにつれよく見られる特徴だ』
という発言から、研究者たちは魔女たちの異常性と魔物の特徴が合致しているとして、前述の論を補強しているようだ。
近年、この論は学会でも頻繁に論じられるものになり、とうとう学者の一人、私の友であるフランク・グリセが魔女を誑かし、その体を解体してしまうという事件が起こる程になってしまった。
私は哲学者でも、感情論者でもないただの一人類学者でしかないのだが、これが間違っている事自体は、エルフも、ドワーフも、ヒューマンも、ハーフリングなどなど、あらゆる種族が垣根を越えて首を縦に振らざるをえないだろうとは知っている。
ただ、それは若年の魔女にのみ言えることだ。
普通の人類は年を経るにつれ肉体的に成長するが、それはある時に止まり、その後はただ衰えていくのみである。
それが我々のもつ常識であり、人類が魔物でない証明となる。
しかし魔女は途中までは人類的な年の取り方をするが、ある時を堺に再び急成長を始める。
私達の隣人だと思っていた老年の魔女たちは、そこに人類であった面影を感じさせる異形へと肉体を成長させ、その自我を溶かし、人を殺す魔物へと変貌するのだ。
変貌した彼女らは銀級冒険者ですら下手すれば殺しうる存在になる。
銀級とは冒険者協会の定めた階級であり、上から三番目の位置である。
そして我々一般人にはそのような力などない。
これがどんなに恐ろしいことか想像に難くないことはわかるだろう。
魔女はいわば魔物の卵のようなものだ。
こうした危険の芽ははやく潰せねばならない。
ゆえに皆には、親愛なる隣人を再び一目見て欲しい。
そして、疑うのだ。
それが本当に人類かどうかを。
ヒステリオ・ルーカト著作
「リレイジ正教会の魔女裁判」より、第一章から引用。
◇◇◇
「はっ、はぁっ、はっ」
「おい待てぃ、逃がすな!追え!追え!」
「はぅ、はっ、は、はぁっ」
どうしてこうなっているのだろう。
この間ちょっとご飯を食べすぎたからか?
いや、新聞をポイ捨てしたからかもしれない。
わからない。
なぜだ?みんな私のことが嫌いなのか?
だとしたら笑えるな。本当だ、嘘をつく余裕はない。
…違う、私が魔女だからだ。
へまをした。
いつもならもっと上手くやっていた。
いつもなら確実に見つからなかった。
いつもなら、いつもなら、いつもなら…
"生まれ変わり"の後でさえなければ!!!
こんなことにはならなかったのに!!!!
くそ!!くそ!!
「ぐっ…うぅ、ぁは、はっはっ、はぁっ」
「おい!待てぇ!!」
後ろから走ってくるリレイジ正教会の連中のドタドタと鳴る足音が聞こえる。
あれに追いつかれた時、それは私の人生の終わりを意味するだろう。
というかさっきから待て待てうるさい奴らだ。待ったら死ぬだろ。
今は"生まれ変わり"をしてそんなに間が経っていないせいでちゃんと体を動かしづらいんだ。
さらに幼児体型になったから歩幅も当然小さい。
ここが王都から少し離れた貧民街のさらに路地裏で助かった。
私はここに暮らしているから、多少はここの構造は頭に入っている。
連中は全員王都生まれなのだろう、みんながみんな私を見て、そのまま追いかけている。
それゆえに今もでかい図体の連中に対してチェイスを仕掛けられている。
このまま行けば逃げ切れる?
そんなわけあるか。
体力もなく、足も遅く、体の感覚が変わって舌がうまく回らなくて詠唱もできない。
そんな魔女を誰が普通に追いかけて見逃すんだ?
もはや私に残されたのは走り回って誰か適当な女に魔女の疑いを擦りつけるくらいなもんだ。
まぁ、連中のでかい声のせいでそこらかしこの女はもう自分の家に避難してる。
男もそれにつられて帰っているから、誰に助けを求めるのもできない。
そのへんに人っ子一人もいない場所をぐるぐると回るだけ。
「ぜはぁ、ぜは、んくはぁ」
「待て!!」
無理だ。
死ぬ。
せっかく己が魔女であることに後悔しない魔法を手に入れたのに、こんなのあんまりだ。
「逃げ、なきゃっ、はっ、あ!」
ドサッ
盛大に転んだ。
「たく、手間かけさせやがって」
「ほんとだぜたくよぉ、こんな汚いとこまで逃げやがって…俺の服に匂いがついたらどうすんだよ、ああ?」
ああ、だめだ。
「それじゃ連れていきますか、先輩」
「そうだな…こいつには太縄も要らないか。喋れても詠唱はできないみたいだし」
「最後の情っすか、先輩?」
「…」
このまま、私は死ぬんだ。
「情なんかかける必要ないっすよ」
「…うるさい」
こんなことになるくらいなら…
「ただ絶望してたほうが何千倍もましだった」
「いやそんなことはないと思う」
「…へ?」
風呂敷は広げるだけです