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Love War!  作者: 夕氷嘩
8/8

vs8.「再会」

木々を潜り抜けた先にあったのは、まるで公園のような小さなスペースだった。

一瞬ここが本当に学園の敷地内なのかと逡巡してしまったぐらいだ。

噴水を囲むようにして、白いベンチが幾つかと時計台が置かれている。


こんなところがあったんだ…


中央に進み出ると、柔らかな日差しが注ぎ込む。

私はその暖かな雰囲気に身を任せるようにして、目を閉じた。


空気が新鮮…

気持ち良いな。


ここもそうだけど…学園全体がどうやら洋風を意識した造りになっているらしい。

細かいところまで拘っている、という感じが見受けられる。

さすが県内でも金持ちが集まる進学校、というべきなのか。

だけど私はこの雰囲気は嫌いじゃない。

むしろ、好きかも。


思わぬ掘り出し物に、にんまりと笑みが浮かぶ。

お昼寝をする時はここでしよう、と密かに決心する。


ぐるりと見回した感じ、他には誰もいなそうだった。

やはり意外に皆この場所の存在を知らないのかもしれない。

校舎からは大分外れにあるし、この空間は木々に覆われて紛れているから見つけにくいのだろう。


…ん?


ふとある一点に目が止まった。

一番端の白いベンチから覗いているのは…もしかして髪の毛?


おそるおそる背後から近付いてみると、どうやら誰かがベンチの上で寝ているらしい、ということに気が付いた。

所詮自分は転校生の身…すでにこのベストスポットを見つけている人がいるのは当然といえば当然。

―――なんだけど、何だか先を越されたような妙に悔しい気持ちに駆られて、ちっと思わず内心舌打ちをしてしまった。

しかも私が企んでいた昼寝まで気持ち良さそうにしてくれちゃってる。


「あ…れ?」


ぐるりと前に回り込んで覗いてみると、そこにはどこかで見たような顔が…

腕を頭の後ろに組み、静かに寝息を立てて目を閉じている姿はまるでどこかの国の貴公子のよう。

伏せられた睫は長く、少し癖のある茶色く染められた髪の毛は柔らかそうだ。


いいな…羨ましい。

むしろここまでくると憎らしいかも?


見た目麗しい男前に、私は少女漫画の主人公の様にときめきを覚えるというより、感心して思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまった。


思い出した。

確か…道に迷った私を講堂まで案内してくれた男だ。

そして美保の話によれば―――、男子寮の寮長だったはず。


「木塚、とか言ってたよね」


記憶違いじゃなければ…

確かにこれだけ顔立ちが整った男前だったら、いくら学園内の男女の間に深い亀裂が入っていたとしても、影で憧れている子は後を絶たないのかもしれない。


―――とその時、私の呟いた声に反応するようにして、ぴくりと瞼が動くのが分かった。

ドキッとして、内心冷や汗が流れる。


…ま、まずい。

もしかして起こしちゃった?


案の定、目の前の伏せられていた瞼がゆっくりと開かれる。


焦点の合っていなかった瞳が、徐々に私の姿を認識していくのが分かった。

私の姿を認めた瞬間、大きく目が見開かれる。


「…」

「…」


目が合ったまま、2人の間を奇妙な沈黙が流れていく。

そりゃそうだ。

目を開けてみたら、見知らぬ(いや、1回会ってるけど)女の子が自分を覗いてるんだもん。

誰でも驚くに決まっている。


「―――いつから、そこに?」


男は髪の毛を掻き上げるようにして身体を起こすと、そう私に尋ねてきた。

どこかまだ少し眠そうだったけれど、そう尋ねてきた視線には妙に威圧感を感じる。

まるで咎められている様な―――罪悪感を覚えてしまいそうになるほど。


その強い視線に私は一瞬怯んだが、正直に答えた。


「数分前からです」

「…そう」


男は小さく息をつくと、にこりと思わず見惚れてしまいそうになる綺麗な笑みを浮かべた。


「君と会うのは2回目だね。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」

「…覚えていたんですね」

「そりゃあね」


可愛い子の事は忘れるはずがないよ、と男はさらりと笑顔で言ってのける。


…なんだろう。

凄く寒い台詞なはずなのに、彼が言うと違和感をまったく感じない。

寧ろ似合いすぎてて怖い。


…なんとなく女の子の扱い方とかにもけてそうだしね。


「木塚…さんは、女の子苦手じゃないんですか?」


そう。

すっかり失念していたけれど…


ここは男女の仲が悪い学園…しかも彼は、男子のリーダー格を担う寮長だ。

美保は、この学園の男女の仲の悪さを助長させている理由はこの寮長2人にも起因するんじゃないかって言ってた。

そんな影響力を持つほどの男が、女子を嫌いでない訳がない。


男は一瞬目を瞠ったが、すぐに苦笑いを浮かべた。


「―--なんだ。もうバレちゃったのか」


あの時は気付いてないみたいだったから、と呟く。


「そりゃ誰でも気付きますよ。あんな壇上で目立ってたんですから」

「名前まで知っててくれたんだね」

「…そりゃ有名人ですから」


バレてないなんて思ってた方が驚きだ。

それもそうか、と男―――木塚さんは苦笑を深めた。


「ああ、改めまして、3年の木塚きづか遼平りょうへいです。知ってると思うけど、男子寮の寮長なんてやっちゃってます」

「はあ…」


冗談っぽく、どこか楽しげにそう言う彼に、私は気の抜けた返事を返す事しかできなかった。

読めない人だな…


「君の名前は?」

「私ですか?」


私の名前なんか知って何か得になる事があるんだろうかと疑問に思いつつ、答える。


「佐竹、雫です」

「雫ちゃん、か。可愛い名前だね」


…まさかの「ちゃん」付けですか。

喉まで出掛かった言葉を何とか飲み込む。

いちいち気にする様な事ではないのだ。

そう自分に必死に言い聞かせて、引き攣ってしまいそうになる顔に何とか笑顔を貼り付ける。


―――この時、目の前の男が面白そうに自分をじっと見つめていた事なんて私は露ほども気付けなかったけど。


「あの、それで…」


先程の疑問を投げかけようと、そう口を開きかけた時だった。

校舎の方から、予鈴を告げる鐘の音が響いてきた。

ハッと気付いて時計台に目を向けると、針は55分を指している。


「どうやら時間切れみたいだね」

「…そうですね」


木塚さんは、ふっと表情を和らげて言った。


「大抵昼休みはここで過ごしているんだ。もし訊きたいことがあるなら―――」


そこで言葉を止めて、木塚さんは私の目に視線を移した。

ドクンと大きく心臓が飛び跳ねる。


―――え?


優しげな表情が消え、目を細めた彼から感じるのは…どこか艶かしい雰囲気だった。

思わず惹きつけられそうになるほど、瞳の奥に潜む捉えて離さない何か―――…

目を逸らしたいのに―――逸らせない。


だけどそれは見間違えだったと勘違いするぐらい一瞬の事で、すぐに木塚さんは極上のスマイルを浮かべる。


「いつでもおいで」


―――くれぐれも内緒でね。

そう擦れ違いざまに耳元で囁くように言うと、木塚さんは「じゃあね」と去っていってしまった。


だけど彼がいなくなった後も、私は暫くその場から動けなかった。

呆然として立ち竦む。


ドキドキと心臓がやけに五月蝿かった。



な、なんなの…?



―――木塚遼平。

ますます彼の正体が掴めなくなったような気がする。





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