ちょっとした出来心は第三者に用意されたものだった【教会で起こる人生の悲喜こもごも17話の裏側】
『教会で起こる人生の悲喜こもごも』の『17話 忙しい三日間の最終日の出来事』の裏側の話になります。
このお話だけを読んでいただいても大丈夫だと思いますがよろしければ読んでみてください・・・。
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https://ncode.syosetu.com/n7773im/17/ 【悲喜こもごも】
ビュイット・ゼインアーツ侯爵令息は二十二歳になってやっとキャロライン・ビルトレイ侯爵令嬢十八歳と結婚することが決まった。
本来はキャロが学園を卒業した十六歳で結婚するはずだったのに、キャロのお祖母様が亡くなり一年間の喪に服すことになった。
一年後に結婚式の予約を入れていたものの、今度は私の曾祖母が亡くなって喪に服すことになり、また結婚が一年伸びることになった。
喪に服している間、ほんの少しキャロと小さな喧嘩が絶えなかった。
その日もちょっとした喧嘩をしてむしゃくしゃしていて一人酒場に行って飲んでいると、隣りに座った女が私を誘っているようだった。
キャロ以外の女にそんなに興味がなかったことと、浮気はまずいと考えてその時は拒否したが、また一緒に飲む約束をしてしまっていた。
私はキャロの悪口をその女、ヴィラに話して聞かせ、ヴィラは「それは彼女が悪いわね」と私の話を肯定してくれた。
手は出してはいないけれど、気持ちの上ではもう浮気しているようなものだった。
キャロよりもヴィラといるほうが心が休まり、キャロといるとどんどん疲弊していった。
キャロも二年も伸びた結婚を不安に思っているのだということは十分理解していた。
理解はしていても責められれば私の心に重いものが溜まっていく。それをヴィラに愚痴ることで紛らわしていた。
ヴィラと何十度目かの逢瀬でとうとうヴィラの誘いに乗ってしまった。
後七ヶ月で結婚という頃だった。
一度手を出してしまえばその後は、会う度に激しく求めあった。
毎日のように求めあい、女を下に敷く事で得る満足感に酔いしれていた。
その一方でキャロを裏切ったと言う思いがあったため、キャロの小さな棘のようなものを許すことが出来るようになった。
キャロの苛立ちも優しく包みこんでやれた。
そうするとキャロも些細なことで怒らなくなり、会えば喧嘩ばかりだったのが嘘のように穏やかな時間を過ごせるようになっていった。
キャロに「愛してる」と言いながらヴィラの体を求め、私は心身共に満足していた。
キャロに優しくするためには私にはヴィラが必要だった。
三日に一度ヴィラを抱いて、一週間に一度キャロと会って穏やかなお茶の時間を過ごしたり、二人で出かけて楽しむ。
その翌日にはヴィラ抱いて・・・。
その繰り返しだった。
そしてある日、ヴィラが「妊娠した」と私に告げた。
「妊娠しないように薬を飲んでいるっていってたじゃないか?!」
「ごめんなさい。飲み忘れてしまったみたいなの」
「私の子に間違いないのか?!」
「・・・酷いこと言うのね」
「あっ、っと、ごめん」
「いいの・・・」
「悪いけどヴィラとどうにかなるつもりはないんだ。子供は堕ろしてくれ」
ヴィラは青い顔をして唇を噛んでうつむいた。
「もっと話し合いましょう」
「いや、何も話すことはないよ。初めから私とヴィラの未来はない。結婚までのちょっとした遊びでしかない。それは解っていただろう?直ぐに堕ろしてくれ」
「・・・解ったわ・・・」
「これで堕ろすのには十分足りるだろう」
私は所持金のすべてをヴィラに差し出した。
「二度と会うことはない」
私は急いでヴィラとの逢瀬を楽しむ部屋を飛び出した。
キャロとやっと結婚できる日がやって来て、やけに子供が物の販売をしていたり、結婚式の段取りを取っていたり、痒い所に手が届く仕事をする子供達のいる結婚式場だった。
結婚式や葬式の規模を落としてもここの教会を選ぶべきだと勧められた事になんとなく納得ができた。
父親に手を引かれて現れたキャロのウエディングドレス姿は涙が出るほど美しかった。
式が進んで神父が「この結婚に正当な理由で異議のある方は今申し出てください。異議がなければ今後何も言ってはなりません」と言うと「異義があります!!」と叫ぶ女がいた。
声のした方向に振り向くとそこにはお腹が大きい白いドレスを着たヴィラが手を上げて「私は彼の恋人です!!彼の子供もお腹にいます!!」と言った。
私は口元を押さえて叫び声を上げないようにした。
恐る恐るキャロの方を振り向くと、私の態度で本当のことだと知ったキャロの右手が拳を握りしめているところだった。左手で私の胸ぐらをつかみ、握りしめた拳が私の顔面を何度も打ち付けた。
神父様・・・見てないで助けて・・・。
神父様に手を伸ばしたが、神父様は何度も瞬きを繰り返すばかりだった。
鼻血が出て、キャロの拳も傷ついているのも見えるがそれでもキャロは私を殴り続けた。
教会の子供達がキャロの両親達に何か言って、キャロの両親が慌てて私からキャロを引き離した。
神父が父に色々質問していたが、今ここで聞くべきことではないだろうと、八つ当たり気味にそう思った。
キャロはまだ殴り足りないのか鼻息も荒く私を蹴ろうとしたり殴りかかろうとしていたが、父親とキャロの兄に抑えられていて諦めたように大人しくなった。
その瞬間を見極めたように教会の子供達が「会議室をご用意いたしましたのでそちらへどうぞ」と勧めてくれた。
我が家とキャロの両親兄弟とヴィラが案内された。
そこでは話し合いというより、ヴィラと私の逢瀬の話を話して聞かせる場となっていた。
父は私が浮気したのか聞いて怒鳴りつけ、母は泣き出す。
キャロは無表情でその話を聞き「もしかしたらとは思っていたけど、本当に浮気していたのね」と呟いた。
疑いを持たれているとは思ってもいなかったので、その事に驚く。
「神父様、結婚に異義が申し立てられた場合、どうすればいいんでしょうか?」
「話し合って異義を取り下げていただくか、異議の申立通りにこの結婚を取りやめるかですね」
この神父はニコニコしてこの結婚を潰したいのだろうか?
部屋の扉がノックされ、教会の子供が入ってくる。
「披露宴が一時間以上遅れているため、招待客の方々がお腹を空かせていらっしゃいます。披露宴で頂く予定だった食事を食事会として提供しても宜しいですか?」
と聞いてきた。
キャロがきつく目を閉じて「食事会を始めてもらってください」と伝えた。
子供は「かしこまりました」と言って出ていき、別の子供達が入ってきてお茶を新しいものと交換してくれた。
気持ちが落ち着くようにだろうか?ハーブティーだった。
両親はキャロに不満顔をしていたがキャロは気にも掛けていないようだった。
神父がヴィラに「結婚の異議を取り下げてください」と説得していたが、それ以外は誰も口を開かずそのうち神父も黙った。
時折教会の子供がお茶の入れ替えに来ては黙って下がっていく。一度は軽食としてサンドイッチやスコーンなども提供されていた。
神父は美味しそうにお茶を飲み、お菓子やサンドイッチを摘んでいる。
この人本当に呑気だな!!
ちょっとイラッとしてしまう。
顔面が痛いが氷を包んだ布を教会の子供に渡されて冷やしているとちょっとマシになったような気がした。
私もお腹が空いたのでサンドイッチに手を出そうとしてキャロに睨みつけられた。
また部屋がノックされ、教会の子供が入ってくる。
「ご招待した方々のお食事も終盤になってまいりました。ご両家、ご挨拶はどうされますか?」と聞かれくと両家とも頭を抱えることになった。
そんな私達の様子を見て「私共でご挨拶することも可能ですが?」と言ってくれ母が「頼んでも宜しいですか?」と頼むと心強い声音で「もちろんです」と言ってくれてホッとしているとキャロがバンと机を叩いて立ち上がった。
「いいえっ!私は来てくださった方にご挨拶してまいります。でもドレスを着替えるわ!!」
他の子供達が外で待ち構えていてキャロを案内して出ていった。
キャロの両親と兄もその後を追って出ていく。
残っている子供が「新婦様がご挨拶されるのなら、新郎様もご挨拶に出られたほうがいいかと存じますが・・・ご両親がご挨拶されるのが宜しいかと思います」
子供が私の顔を見て、両親に挨拶しに行くように勧めてきた。
私の両親達も子供に案内されて出ていった。
この場に残ったのは私とヴィラと神父だけだった。
もしかしたら扉の外に子供が待機しているかもしれないとチラッと過った。
「私達が恋人同士だったことなどないだろう?」
ヴィラにそう話しかけると「本当に酷いことばかり言うのね」と答える。
「本当のことじゃないか。俺の子供だと言うが、それも本当かどうかも解らないだろう?!」
ヴィラは唇をかみしめて私を睨みつける。
「あんな端金で引き下がったりしないわ。結婚の異議を取り下げてほしければ出すもの出してよ!!この子を育てなくちゃいけないんだから」
「私は堕ろせと言って金は渡した。それ以上の面倒を見る気はない。私の子だというのなら間違いなく私の子供だと証明してみせろ!」
「出来ないことを求めないで」
「だったら私の子だと言うな!!」
また部屋がノックされ、子供が入ってきてその場にあった茶器や軽食などが下げられる。
別の子供が入ってきて、新たなお茶の準備がされた。
キャロや両親達が戻ってきて両親がキャロに「あんなふうに言わなくても良かっただろう」と苦情を言っていて、キャロは「他に言いようがないでしょう?」と平然と返している。
キャロが何を言ったのか聞きたかったが、今聞いたら不味いことになりそうな気がして口を閉ざした。
それからの話し合いもどこまでも平行線を辿った。
ヴィラは異議を取り下げないし、キャロも「このまま結婚してもいいのか考えたい」と言い出した。
「子供が出来ている以上それなりの責任を取らなければならないでしょう?その女を消してしまうのか、結婚をとりやめるのか決まったら連絡してちょうだい」
とんでもないことをキャロが言い出した。
キャロの地を這うような声にヴィラが震え上がったのが見える。
「殺すなら騒がれる前にさっさとしたほうがいいわよ。少々のことは黙らせることはできるから、さっさと決断しなさい」
キャロが私の顔を見てヴィラを見る。キャロの家の使用人がヴィラを取り押さえるとヴィラは首を横に振りながら大きな声で私は頼まれただけなの!!ほら」と言って大きなお腹を取り外した。
「誰に頼まれたのかしら?」
「・・・ユーグレナ様です」
「ユーグレナが何故?まぁいいわ。それは後で調べましょう」
キャロが小さな声で呟く。
私も首を傾げる。
「結婚に異議があるの?あなた」
「いえございません!!」
「そう・・・」
キャロはドアの方へ頭を振って女を連れ出すよう指示した。
「殺さないでぇーーー!!」
ヴィラが叫び声を上げていたが、教会の子供は全く気にした様子も見せずに「結婚式を済ませてしまわれますか?」と聞いてきた。
「婚姻するにしてもしないにしても、今日はもう帰ります」
キャロがため息を吐きながら子供に伝えた。
その子供が一枚の紙をこちらに差し出し「本日の想定外の料金がこちらになりますので、お支払いをお願い致します」と明細表が差し出された。
その金額を見て両親は目を剥いていたが、その場で支払っていた。
家に帰ると執事や使用人が並んで出迎えてくれたが、キャロを連れていないことに首を傾げている。
「今日はもう下がりなさい」
父に頷いて私は部屋へと下がった。
風呂の用意をしてもらって湯の中で、キャロは今頃何を考えているだろうかとキャロに思いを馳せる。
怒り狂っていることだけは解るが、ユーグレナ嬢がどうして私達の結婚を潰そうとしているのか考えても解らない。
殆ど関わりのない相手なのだ。
キャロともそう関わりはなかったと思うのだが、なにか繋がりがあったのだろうか?
執事に「ユーグレナ・バンデンスを徹底的に調べて欲しい」と頼むと「旦那様からも言われております」と目を伏せられた。
キャロに話す気になったら連絡をくれと手紙を送って、私は自宅で返答を待つばかりになった。
そう言えばヴィラはどこにいるのだろう?と考えたがまぁ、どうでもいいかと思った。
キャロから連絡があったのは一週間が経ってからだった。
家にやって来ると父に連絡があったらしい。
私のことは相手にしていないってことだろうか?
父とキャロの都合をあわせて明日の午前中にやって来ると執事に聞かされた。
一応その場に居合わせるようにと言われて「解った」と答えた。
キャロを出迎えるために玄関ホールで待ち構えていたが、キャロの目には私は全く映っていなかった。
覚悟をしていたつもりだったが、かなりの衝撃を受けた。
父と並んでソファーに腰掛けるとキャロが対面に座り、口を開く。
「ユーグレナとヴィラと名乗っていた女を我が家に留め置いています。もう聞くべきことは聞いたので開放するつもりですが、ゼインアーツ家では必要でしょうか?」
「いや、そちらで調べがついているならこちらは必要ない」
「解りました。本人に聞いたところ単なる悪戯心と言い張っていたのですが、どうやらが学生時代にビュイットに全く相手にされなかったことに腹を立てていて、女をけしかけたようです」
「私はユーグレナ嬢と何の接点もなかったと思うんだが・・・」
「私と婚約する前に婚約打診をしていたようです。仕事の繋がりも強化したかったようです」
「ああ、婚約の申込みは覚えていないが、仕事では数年前から時折ぶつかるようになっていた」
父が首を縦に何度か振って納得した様子を見せた。
「ユーグレナは相手からの引き伸ばしで未だに婚約者との結婚に至っていませんし、八つ当たりという意味もあったのでしょう。ヴィラという女性に手を出したことにもユーグレナは腹を立てたようで、妊娠騒動へと至ったようです」
「元々妊娠などしていなかったのだな?」
「そのようです。妊娠したと伝えたときはビュイットをおちょくってやろうという思っただけだったらしいのですが、ユーグレナの結婚話が進まなくて、私達も進んでいなかったので安心していたのに、結婚することになったことを知って、妊娠したと言ったきり何もしていなかったから、結婚式で異議を出す嫌がらせを思いついたそうです」
「ユーグレナ嬢は馬鹿なのかな?」
「フフッ。そうかも知れません。我が家は今回の結婚式の費用、慰謝料を請求しました。ゼインアーツ家もバンデンス家に請求書を回すことをお勧めいたしますわ」
「そうすることにしよう。余分な支払いもさせられたことだしな」
父とキャロは世間話もせずその場で握手してキャロは我が家を後にしようとした。
「キャロ!!話をしたいんだが・・・」
「・・・四阿へ行きましょう」
私は四阿にお茶の用意をさせ、キャロと向かい合った。
「キャロ、本当に申し訳ない事をした。許して欲しい」
「・・・今はまだ許せるかどうかも解らないわ。貴族だもの浮気の一つや二つは目をつぶるべきなんでしょうが、私はビュイットとは恋愛をしているつもりだったから、裏切られたという思いが強すぎて未だに飲み込めないの」
伏し目がちに話すキャロの姿は見たことがなかった。
いつもは相手をまっすぐ見つめて話すのに、私は本当にキャロを傷つけてしまったことを自覚した。
「キャロ・・・私もキャロと恋愛をしているよ」
「そう・・・。許せるかどうかは解らないわ。今月中に答えは出すわ。でも期待はしないで。それから殴ってごめんなさい」
それだけ言ってキャロはお茶に手も付けずに帰っていった。
月末、キャロの家から婚約解消の書類が届いた。
私はサインをしてキャロの家に送り返すしかなかった。
父には「愚かな」と言われただけだった。
季節が一巡した頃、キャロが公爵家の嫡男に嫁いだと風の噂で知った。
私は来月キャロより二つ年上の女性と愛のない結婚をする。