第三十二章
これまで王権や冊封体制について詳しく論じてきた。まだ道半ばなので更に詳しく述べたい。
帳は結界を形成するものとしてかなり優越的地位を占める。しかしこの上にはもっと優位なシステムが存在する。それが幕というものである。
幕に代表されるのがSILVER(銀)でありこれは水星が対応している。閣内留府もまた幕の一種でありこれらは舞台装置である。
海外においてずっとしゃっくりが止まらない青年という人物が実在した。おそらく今も止まっていないのだろう。これは王権の機能的使用と呼ばれ地に対応する通路として機能している。
しゃっくりは横隔膜を刺激されることで起きるものだが横隔膜とはそのまま「王書く幕」である。王権にとっての筆記とはそのまま神の言葉を記す奇跡的所業である。其内にあっては幕によってカバーされ守られなければ高いパフォーマンスは出ない。その人物(しゃっくりが止まらない人物)はそのまま王権の使用に応えているわけである。
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自宅に逗まり文化的所産を生み出すことはそう容易いことではない。自宅に逗まるというところがキーポイントである。日本は食料自給率が低く地産地消しづらいため当然自宅で調理を行うことが少ない。加えて敗戦国であるため劣等感を抱きやすい。テレビがそれを助長する。芸能人に対する憧れは基本的に自分の内にある敵と見做すべきである。劣等意識があるためここにおいて出来なくなることがある。
それが王権の踰越である。踰越は必要不可欠である。家に逗まる際求められるのがsculpturismとCulturismであるがこれはそれぞれ彫刻と文化を意味する。霊がbodyを彫り文化を伝える。このことが不動の耐久性を生み自宅に逗まる逗留が可能となるのだ。ただsculpturism(彫刻)は彫刻のべんである周が踰越の意味であることから彫刻が足らないだけで踰越は難しくなってしまう。そのまま劣等感の所為で踰越は欠けてしまうのだが本来踰越は形あるものないものすべてを一蹴(一周)してしまうような強さがある。
王権はこのような強さを根っから好み愛する。
踰越とはその意味である。
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女性の美などたかが知れていて社会が勝手に言っているだけのことだと思っていた。しかしよくよく考えるとこの考えは甘いものだとわかることになる。一般に社会が言っていることは高級な意味でも通用する。それだけに通常の意味が深いものとして感じられることは日常茶飯事である。
美は霊界にとっても好都合である。高いパワーが生まれるしなんにでも加工可能である。覚者に付く女性の霊は決まって美人である。東洋と西洋の差は閣内留府霊の画像の質である。東洋はアニメ調になって顕れ西洋はより3次元に近い顕れをする。東洋の利点は情報量が少なく済むことにある。3次元のような霊が顕れると重くてすぐに陰になる。
美はそれだけに社会を動かす動源力である。ティファレト(美)はかなり幅が広い。
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神話がわかることはとても大切なことのように思う。今の吾輩の状況はすでに巨人を倒す段階に来ている。大乗から上座部へ。こういうことである。
神話ではゼウスが巨人族を倒すために祭壇に誓いを建てるということになっている。これが祭壇座の神話である。生贄になるのは自らの暗い過去、おおかみ座だと言われている。巨人族とは何か?これは`GIANTを見ることでわかることだ。例によってノタリコンによりANTが隠れていることに気づく。つまり蟻である。そう労働こそが巨人でありこの社会の高層ビル群を作り上げ巨人が闊歩することになったそのものである。ゼウスは労働を倒すために祭壇を設置し誓いを建てたのである。もっとミニマムな世界、小人の視点に立てばこれは明らかだ。労働している時は自らの巨人が影を含めてとても大きくなりあとは宇宙的慣性の法則に従って楽に働いているのである。動くものは動き続けてしまう。ゼウスはこれを倒すことを決めたというわけである。
祭壇を設置し魔術的大いなる作業に従事するため自らのプログラムを変えるというのは死闘である。だが不可能ではない。




