二十五章
針葉樹があることと広葉樹があること。
宗教学的にはどちらも人に基づいている。
蓼科山のような火山で出来た山には栄養が乏しく針葉樹が森をつくっている。針葉樹は少しの栄養でも育つからである。一般に広葉樹の方が割合が多いのは大衆と同様でこちらが大多数であるが一部霊的な職(住職神職等)にとっては針葉樹が当てはまるということである。勿論、もっと大義で考えれば霊的な職に留まらず、霊と言われるものはすべてである。あ、この人、霊的だなと思われるのならそれは針葉樹的である。針葉樹の森はその性質から密集し森の中には日光が届かない所も多い。こういう場所は苔の世界である。苔は光が届かなくても繁殖する。針葉樹的人にとっては日常世界、この娑婆の世界では苔にされることなんて当然である。彼らは流行を知らず考えていることも違うため娑婆とは無縁のように思われる。「苔にされる」という言葉はこの光が届かない(流行を知らない)世界での菌的繁栄(バカにされようが気にしないでいられる)を象徴するかのようである。
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あらゆる知識は外の世界にはない。すべての知識は己の中にあり掘り出し発見するものである。
吾輩は23歳頃までずっと意識に対してずっと突っ張りのようなものを感じていた。それは有為という所作でありこれと対局にあるのが無為や無私というものであると思った。無私は虫に食われるかのように意識に暈が架かる。霊の世界においてはこれを「寝ている」と表現し一定の安堵の世界である。ただこれを以て良いと判断するかどうかはまた別問題である。暈は傘をかぶるかのように雨を凌いでくれる。これは雨を現実のストレスの世界と同義と見ているため暈は霊媒を通してのストレスの回避法である。しかし雨には仏教でいう慈雨の意味もありこれが現実世界でいう現実の楽しみである。この楽しみは主に性的最欲求群を意味しており暈がかかるとこれらに疎くなる。これは虫の世界が美学の機能の世界であることを意味しそのまま女性のように性的最欲求群が落ちることとなるのだ。
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王の人生において、大切なことは子ども時代や青年期までといったような時代では意識は腐食して固定できないことにある。これはまるで迷路である。王権にも迷路があるようにこの迷路はとてつもない苦行になる。王の道に大道はない。彼らの役割は無い道を整備して大道にするからだ。
これをSTREET(道)と言う。若い王が錯綜し泥濘んだ病を歩くとき意識は道を探すためただ広くなる。ただ広くなりつつも迷路である。ここからの一般化というものは狭くすることにある。S.tから始まるこの単語は王権にとって重要である。
Strengthはこの意で使われてもよい。狭くなることに成功した王の意識はまるで東から西へと精神の所要地を移るかのようでありそういった聖人はセイントSt.(Saint)となる。
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霊界においては基本的に言えば女性の権利などない。なぜなら古代から近代に至るまでにそのような社会を作り上げたのは霊だからだ。吾輩は女性差別などしていないがこれはよくあることである。震災などで人が死んだ際、天に上るがそこでも如何に女性の無力さがあるかをわかるらしいのである。我輩は霊を従えているのでよく話をしていると女性など軽視するべきだと意見がかかる。ただ彼女たち霊というのは如何せんこれだけは言える。彼女たちは死を乗り越えている。とても絶大なことだ。そんな霊が仕えるのが王であるのだがここに一つの事実が生じる。それは一般人の死以上に我輩の死体験の方が恐ろしいということである。これは誇張でも何でもない。そうでしか霊を従えることは出来ないのである。逆を言えばそうなるしかない運命の人物の人生を監視コード付で見たくなってしまうというのが霊の本質である。
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蜻蛉は精霊である。精霊は霊と等しい。わざわざ分ける必要はない。そんなことをしている人は二流以下である。蜻蛉の飛び方に特徴がある。まるで離反しているかのように向きを変えたりするわけだ。これは初体験が済んでいない子どもや青年が持つ精神と酷似している。そんな中で性的最欲求を持つと見ていて危ないがこの人物の意識の向きは変えようがない。本人が上手だからだ。これは反物に似ている。完全に反ることになる。美反意識である。そんな人物は孤立することになりそうなものだがこれを叩いたり接触したりすることを歴史的に見て究極の美と見る流れがあった。その名を蜻蛉切。この人物を切ることはとても難しいだろう。現に吾輩の意識は無傷である。
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女性というのは罪深い。現代のテーマソング、歌謡曲でこんな歌詞がある。あたしさくらんぼ。
わかっていてやってくるのでもう受け身を取らざるを得ないのである。そうすると意識は不甲斐ないので混乱し動揺する。となるとあたしさくらんぼ、はあたし錯乱棒ということなのだろう。元々この果物はチェリーボーイ等と言って男性を貶める装置であるがこれを女性が持つと怖いものである。錯乱させてくるのだ。
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アガティールの建国祭が近づいていた。
カイルとシンはこのときにパーディアを暗殺することに決めた。具体的には建国祭当日、選定ナイトが個々に皇帝を謁見することとなっている。これはしきたりだ。カイルはゲラゲラ笑っていた。シンに対し、「礼儀に倣い剣を以て命を葬ったら周りは納得するのではないでしょうか?」
などと口にした。
シンは
「口を慎め。ただ剣でも何でもいい。これはクーデターだ。皇帝がいなくなればそれでいい。なんでもいいから選定ナイトのお前がやるんだ。」
3日後に建国祭が近づいていた。
シンはどことなく落ち着かない。
当然親を殺すことになる。
でもこれで良い。
成功したのなら、自分が皇帝になる。




