第一章
北向きの風はパルデア大陸をどことなく不安にさせていた。異常なほどの熱帯からの風はみるものをどこか遠くにやってしまう。ここでなにかを作ろうとするとみな砂漠のように荒廃してしまうだろう。それだから人々は限りのある資源を求めて移動し戦争をしてきたのだろう。
ゴールの地ではみな彷徨うバッタだ。
バッタのように自然と対応が後手後手となる。
この地方の特産は粟と海産物だった。
工業は全く起こっていないに等しく数が限りのある生活の中人々は細々と生きていた。
プロトは中庭で幼なじみのユンと遊んでいた。
プロトははっきりとものを言う性格だった。
ユンが彼のものを勝手に使ってしまったのでそれについて怒っているようだ。
そんなことは知らないとユンは更にいろいろと彼のものを取ってしまう。
良く言えば幼なじみ、悪く言っても喧嘩仲だった。
ユンの母親はハルといって高齢者の部類に入る。
ユンとプロトはまだ5歳だというのにハルは年を取っていた。それには深い事情があってハルは元々本当の母親ではないのだ。戦争が続いてきたこの国ではこういうことが珍しくない。ハルはユンを引き取ったときすでに60歳だった。ハルとユンは二人暮らしで生活をしたまたま隣近所だったプロトと縁があり共に交流するようになった。
プロトは医者の家に生まれた。両親が開業医であり幼少期は英才教育で育ったようなものだ。このゴールの地では結構良い家庭だと言える。ユンとは対称的であったこともありプロトはユンに同情し感情が芽生えた。ユンは8歳までにいろいろなことをプロトに相談していた。今日は何を食べればいい?この計算はどうするの?などなど。とても当たり前のことからもっと深いことまで相談し親密な関係を子供ながらに築いていた。そのころから天性の気弱な性格が表に出て病気がちになったユンは何でもプロトについていくようになった。
二人が11歳になった。
その頃の世界情勢は極めて深刻で各地に軍事政権が立っていた。パルデア大陸は丁度風船のような形をしていて南北に貫いていた。島は少なくこの時代の前は小国だけが乱立する時代が続いていたのだ。
パーディアはアガティール帝国の独裁者だった。何でも部下に指示してやらせる性格でありことあるごとに完璧主義者だった。小国だけが続いていた時代を過ぎ去りアガティール帝国はパーディアのもとで力をつけ次々と隣国を平定しパルデア大陸の覇権を握っていた。その裏には膨大な石油を管理下におく立地の良さとパーディアのような救世主を求める民衆の願いがあった。
ゴール地方もプロトが生まれる前にアガティール帝国支配下となり細々と人頭税を取られていた。輸入や輸出にかかる関税自主権も剥奪され代わって運河やダムなどを対価として受け取っていた。
こういった世界情勢の中、プロトは11歳を迎えたのである。
ユンの母親ハルは何かそろそろ経験をユンに積ませなければならないと考えていた。そこでハルはプロトの父親に話をしこの国では一番心のやすらぎとなる結婚という儀式にユンを聴衆として参加させようとしたのである。プロトの父親はぜひともやってくれと言いそこにプロトも一緒に向かわせるといった。ユンとプロトは仲良く結婚とはどういったものなのかを学ぶチャンスとなった。
その当日支度を済ませたプロトは母親にキスをして行ってきますと元気に挨拶しユンの家を訪ねた。
ユンはハルと話していた。
「ユン。わかった?あんたのような子はプロトについていくしかないんだからね。これを機会に結婚についてどんなものか見てらっしゃい」
「はい。お母さん」
ユンとハルが話しているところに出くわしたプロトは何も聞いていないように振る舞った。プロトはわかりやすい性格で何でも顔にでるからハルはプロトに優しく話しかけた。
「ほらプロト。行っておいで。ユンをよろしくね」
ユンとプロトが二人きりになった。
ユンは病気がちではあったがプロトやハルに依存する性格を持っている。しかしその代償として人を喜ばせることで不和を解消する特殊な能力のようなものがあった。
「プロト将来何になるの?」
「あ?俺か。俺は軍人になりたいんだ」
「私もなるよ」
「お前には無理だユン。お前は一体全体何が出来るんだっていうんだよ」
「私ところで火吹けるよ」
「お前はドラゴンかよ」
「ギャオー」
「やめろって。ハルにも言われたろ。今日は結婚式に呼ばれたんだぜ。もう少し女の子らしくしなよ」
こんな感じでユンはどこか人を喜ばせるところがあった。
結婚式場についた。ユンはどこかそわそわしている。
「ねえプロト。私達もいつかああなるのかな」
「わからねえな。俺はいつ死ぬかわからないし。軍人になっちゃえばな」
「ふーんそうなんだ」
結婚式場は100人ほど集まっていた。ゴール地方の伝統で一番盛り上がるイベントである。闌といってもいい。
話が盛り上がったところで花婿が挨拶まわりをしていたときだった。
誰かが何かを指さしている。
「あれ何だ?」
プロトも気づいた。
何かよくわからないものが空を飛んでいる。
小声が小声を呼びやがては仰天の様になっていく。
よく見ればそれは攻撃ヘリだった。3機はいる。
いきなりだった。
銃声が聞こえたかと思うとヘリからマシンガンの嵐が建物を崩壊させた。プロトはすぐにユンと逃げられる場所を探す。上空では降下部隊が一斉に降りてきて制圧を計ろうとしていた。
「一体何だって言うんだ」
プロトだけではない。みんな必死になって逃げていたが
降下部隊に捕まって殺されてしまった。
残ったのはユンとプロトだけである。
奥から隊長らしき人物が無線で連絡している。
その部下が隊長に申し立てる。
「生きているのはこいつらだけです。」
隊長は報告を受けるとすぐに指示を出す。
「捕虜にしろ」
業務用に設えた冷たい声でその男は命令しユンとプロトは拘束された。
その男の腕章には大きくアガティール帝国の紋が縫ってあった。
「おいお前らやめやがれ。ユンに何をしやがる。すぐに拘束を解け」
「何だこのちび。ふざけやがって」
ドン
腹パンをされ意識を失うプロト。
ユンはひっそりと声を沈めていたが持病のパニック障害がいつ出てきてもおかしくなかった。最後にハルに言われた言葉を思い出す。
「ユン。わかった?あんたのような子はプロトについていくしかないんだからね。」
頭でハルの言葉がこだまする。もし、もしプロトを失ってしまったら私はどう生きていけばいいのだろう。
ゴールの地を冷たく冷酷な風が通り過ぎていく。
降下部隊の下っ端が報告をするために隊長に向けて無線を走らせる。
「隊長。例のものは見つかりません。やっぱり違うんじゃないでしょうか」
「そんなことはどうでもいい。容疑があればすぐに潰していくのがアガティール流だ。ラーミア・シュルタンの面影があったから来たわいいがあの女一体どこに雲隠れしてやがる。」
このラーミア・シュルタンと言う女性がこの物語に大きく関わってくるのが後々分かる内容である。
しかしプロトとラーミア・シュルタンとの交わりの世界線はこのときプロトが気絶していたためその名を聞くことすらなかった。
「あの子大丈夫かしら?」
遠くユンの家ではその母親ハルが子の帰りを待っていた。
「上手く行けばいいけど」
無常にも物語の荒波は一向に静まりそうになかった。
第一章<完>