第8話 「最後の慈悲」
1時間前……
「工場跡地か…よくこんなところ知ってるね。」
「まぁ、ここなら誰もいないし、音も響かない。」
メルラとカナハが立ち入り禁止のロープを潜る。
「…やり合う前に、聞きたい事がある。」
「なんです?」
カナハがメルラの方へ振り向く。
お互い険しい顔をしている。
「クレイシを殺したの、お前じゃないだろ?教会の中はどこにも燃えた跡がなかった。」
眉間に皺を寄せてカナハを見る。
カナハは嘲笑した。
「あの魔法陣の紙は、あなたを呼び寄せるために置きました。殺したのは…グレス・レヴァイスです。」
「グレスが?!なぜここに来ているんだ?!」
「どうやら、前々から我々を連れ戻そうと探し回っていたみたいですよ。」
「そうか…で?あのスーパーにいた子は何者だ?ずっと日本に住んでいたらしいが、魔力を持っていた。」
「詳しくは私にも分かりません、私がグレス・レヴァイスと会う前から行動していましたから。」
「…とりあえず、クレイシを殺したのはグレスなんだな?」
「えぇ、確かです。」
「あいつの場所はどこだ?お前はもう別に殺さなくてもいい。」
メルラは肩を下ろし、完全に警戒を止めた。
するとカナハは表情を変え、メルラを蔑むような目で見る。
「教えるわけねぇだろ?聞いたら何でも言うと思ってんのか??」
カナハは腕を捲り、戦闘態勢に入る。
「…言うようになったね君も。」
メルラは右手人差し指を上に立て、魔法陣から青白い蝶の刃が出てくる。
「ドルベクの居場所を教えてくれればこっちも教えることもないが…」
カナハの両腕から魔法陣が出現し、前腕から先が燃え上がる。
その炎で一帯の足元が照らされ、辺りの地面は細かい瓦礫が沢山落ちていて、2人が大きな建物の解体現場の中心にいることが分かった。
「残念だけどドルベクと私は居場所を転々としている。今教えても、多分会う時にはもう居ないよ。」
メルラが指を立てて構える。
「まずは右肩だな」
ビュゥンッッ!!
「っ…!!」
飛んできた蝶の刃を燃える腕で払う。
「へぇ…目は良いんだ、頭は悪いのに。」
「お前にだけは言われたくないな。」
蝶刃と炎が接触した際に出た爆発の煙を死角に、カナハが急接近する。
「な…?!」
「一発で終わらせてやる!」
カナハの渾身の突きが、メルラの顔を捉える。
「ふんっ!遅いっ!」
メルラはカナハの懐に入り込み、左手の全ての指から魔法陣を出す。
「残念だったな、お前の負け。」
ピカァッ!!
「ぐぅぅっ!!!」
腹に突いたメルラの指から、カナハの腹を突き破って蝶が飛ぶ。
辺りに血が飛び散り、傷口を手で抑える。
「意外と決着は早いものだな、おっと!無理に立とうとしなくても大丈夫だ!」
ズガッ!!
勝ちを確信したメルラは、立とうとするカナハの頭を踏んで抑え込む。
カナハは踏まれた衝撃で倒れ込む。
「残念だよ、こんな優秀な人材がこんな所で果てるなんて…!」
メルラは完全に油断していた。
カナハは這いずるように、身体を寝返らせる。
「俺が手だけ燃えると思うなよ…!」
「…は?」
ドガッ!!
「っぐわぁ!!」
倒れた状態からの蹴り。
カナハの脚は燃えていた。
「うぅあっ…痛ってぇなぁ…。」
吹っ飛ばされたメルラは、蹴られた箇所にくっきりと火傷の痕が出来る。
「脚を使うと靴が燃えるのでな、あまりやりたくは無いが…やむを得ない。」
「そうか…そのまま全身燃やして死ぬんじゃねえぞ?」
これでお互いが重傷を負うことになり、次の攻撃が最後になることを悟った。
メルラはもう一度指を立てて、次の攻撃に備える。
「安心しろ…次で殺してやる。」
「さっきから出来ないことを軽々と…やれるもんならやってみろやぁっ!!!」
「言われなくともやってやるよ!黙っていろ!!」
カナハが手を前に出し、大きな魔法陣を作り出す。
【灼熱の魔法陣】
「せいぜい灰にならないようにな!」
「おい…!お前この魔法陣って…!!」
メルラは、カナハの出した魔法陣の形を見て驚愕する。
「そう、かつての賢者プロメテウスが編み出した火属性最強の魔法陣だ。」
「なぜ貴様がそれを!っ……まぁいい、聞いても教えないんだったな…。」
メルラの両手の全ての指から魔法陣が出現する
「これで終わらそう…最初にくたばった方が負けだからな。」
お互いの魔法陣は次第に大きくなり、いつ暴発するかも分からない状態まで来ていた。
「さらばだ!大魔導士メルラよ!!」
「どんなすごい魔法陣も!!所詮は魔術士程度の魔力よ!!!」
メルラの指から出た刃が一斉にカナハの方へ飛んでいく。
一方、カナハの魔法陣によって出来た火球は、自身の体の約3倍ほどまで膨れ上がったところで発射された。
…ドッガァァァンッ!!!
………
「うぉっ?!なんだなんだ?!」
大きな爆発音は、近所全体に響き渡り、衝撃が届いた民家の人々は驚いた。
………
「…ぐぅっ!!」
メルラの蝶刃は上手く火球を避け、カナハの身体中に刺さったようで、カナハは血まみれになりそのまま倒れてしまった。
「見事だ!カナハ・マナリス!!!」
メルラも火球をモロにくらい、全身致命傷レベルの大火傷をおった。
「クッ…ソ……。」
「お前が最初にくたばったな…。」
メルラがカナハに近づき、目の前でしゃがみ込む。
「遺言は無い…早く…殺せよ…。」
「妹はどうすんだ…?」
「ジュン…に…任せ…る…。」
「あのレジ打ちのガキか、まぁ…あいつが来るまで殺さないでおいてやる。お前がそれまで死ななければの話だがな。」
メルラの話し声はどこか優しげだった。
「そ…う……。」
「……お?話をすれば、こっちに向かって来ているぞ?どうする。」
「会う…さ…。」
「仕方ない…こっちまで連れて来てやるよ。これがお前に対する…最後の慈悲だからな。」