【狂】・【夏】・【休】・【暇】
高2の夏休みは有意義に過ごしたい。
苦手としている数学を克服するために、高2の数学をしっかりと復習しておくのが実りある夏休みの過ごし方というもの。9月になれば別人のように進化してしまった俺にクラスメート達は驚愕すること間違いなし。しかし参考書を開いてみても、そもそも高1の数学が分かってないので復習のしようがなかった。ああもうダメ。
数学は放棄する。次に世界史の教科書を開くも「金の初代皇帝、女真族の完顔阿骨打」という文を見て2分で戦意喪失。全く人物のイメージがわかない。「西遼の耶律大石」の方がまだ「堅物なのかな」なんてイメージはわくのだけれど。今度は「西遼」のイメージがわかない。
時間の無駄とはこのことか。よし、夏休みは徹底的に遊ぼう。(開き直り)
【枠線は頑張って引きました】
だって今日は机に向かうのが馬鹿らしいほどの好天なんだもん。窓から差し込む光が眩しすぎるんだ。
【青空の下の街】
こんな天気のいい日は特に外出したい。映画館、もしくは海にでもいけたら〜。などと考えながら勉強机から立ち上がり、さりげなくリビングに脱出し、さりげなくソファーで横になってるうちに案の定、眠ってしまう俺。夏休みの午後をこんな形で浪費してしまうなんて我ながら実に勿体ないと思う。
勉強を放棄するに見合うだけのものを、眠りの中で得られただろうか?
とりあえず驚くほど狂った夢を見た。何故か俺が宇宙空間にいて、妙ちくりんな王様から勇者に指名されるっていう、実生活を向上させるのに絶対に貢献しないだろうヤバイ夢。
『四谷太郎、四谷太郎よ』
夢の中で何者かが俺の名を呼び続ける。その声はオジサンともオバサンとも判別できない。
【異世界の王のイメージ】
『私はララロック2世。君達からみて異世界に相当する世界に生き、レドリゴという巨大な王国を統治している者です。国に攻め入ってきた魔物の軍勢を撃退したのですが、討ち漏らした一部の魔物達がそちらの世界に逃げていきました。大変危険です』
何を言ってるのかまるで理解できないんだけど、俺ときたら胡座をかきながら大人しく聞いちゃっている。全く夢ってのは不思議だね。
『そちらに救援に向っているのですが、時間は◯◯(聞き取れなかった)だけかかります。そこで私は緊急に君達を勇者に任ずることにした。魔石だけはワープさせることができたので、その石で急場を凌いでください。この……テレパシー……途絶え……』
「君達?俺だけじゃないの」
彼(彼女?)のテレパシーとやらには徐々に雑音が入ってきて、まるでタクシーの無線のように俺には聞きとり辛いものとなっていく。結局、異世界の王から質問に応えてもらうことはできなかったのだ。代わりに妹の声がフェードインしてきた。
「お兄」
「お兄ってば!」
【妹の四谷蜜柑。愛読書はローマ帝国衰亡史】
肩を揺すって俺を叩き起こしたのは、妹の蜜柑だった。中学3年生の蜜柑は同じく夏休み。当然ながら自宅にいるのである。
「今すっごい変な夢みたの私。お兄が寝てる私の耳元でなんか囁いてたでんしょ!」
怒りつつも妹は怯えている様子だ。しかしながら問答無用で俺を変態扱いするとはどういう了見だ。
「ふぁーあ。寝てたんだぞ俺は、阿呆な因縁をつけるな」
(><)な表情をしながら、長い髪を振り乱す蜜柑。
「異世界の王とかさ。イタズラにしても手が込み過ぎるんだよ、お兄のは!」
「聞いてるか蜜柑?俺は寝てた……。異世界の王だって!?」
「しかもシンクに魔石っぽいの置くとか、クダらない悪戯にどこまで精力注いでんのよ。百均で売ってたんでしょ!」
【流しにあった魔石っぽいやつ】
はたと気づく。
確かに蜜柑の夢は俺とほぼ同じ。悪戯でそんなことできるわけない。そして兄妹であんなクレイジーな夢を見るなんて変だ。テレビは消してたから別に異世界アニメの音声が家中に流れてたわけでもないし。
その時、ソファーに置いていた我がスマートフォンがブィィンと震える。電話がかかってきたようだ。クラスメートの女子、モブミからだった。
「はぁっ。はぁっ。はうわぁぁ。もうダメよ。ダメ」
俺は何の音声を聞かされてるんだろう。
「もしもし〜。もしもし〜。モブミ?一体何この電話?イタ電ならヤメろよ」
「イタ電じゃないからっ!家にいるんでしょ四谷君。すぐに外を見て!大変なことになってるから。きゃああ化物が街を……もうアタシはダメ」
「どうした!?おいどうした?」
【クラスメートのモブ・モブミ】
モブミからの通話はすぐに途絶えた。何度かけ直しても繋がらない。
蜜柑は怯えきっている。
「なになに?まだドッキリの続きなの?お兄ってば、芝居が上手すぎて怖すぎなんだけど」
モブミへの連絡を諦め、起き上がってレースのカーテンを開けて窓の外を見た。モブミの言わんとしたことを確認するために。
「そういうことだったのか……」
驚くべきことに外的世界は激変していたではないか。はっきり言って魔界、いや地獄。住宅地なのに我が家以外の家屋はことごとく崩壊してる。モブミはこれを伝えたかったのだろう。にしても、どうなってんだこれ。
野外からは外国人っぽい男達の笑い声と、銃声が聞こえてきた。
【自宅の窓から見えるアナーキーな景色】
連中はなんだか知らない言語で騒いでる。俺には「ファッファッファ!」「ゴートゥーヘルー!」と叫んでるように聞こえたが、気のせいかもしれない。
「寝てる間に何があったんだ?近所が地獄と化しているんだが」
(第1部完)