第八話
自分用のバイオリンをもらって二回目の、セタール先生のバイオリンのおけいこ中。ネイ兄様のお部屋で、兄様にも教わりながらバイオリンの練習をしていると、お仕事が忙しくてお夕飯の時くらいにしか会えなかった父様がお部屋にやってきた。
「父様!」
「ネイ、リュート、励んでいるか?」
「これはこれは。国王陛下、ご機嫌麗しゅう」
「セタール伯爵もご機嫌麗しゅう、こうして顔を合わせるのは久方ぶりだな」
お互いに頭を下げあった父様とセタール先生。ナーストロイのボクが書いた日記によれば、父様のお父さん、つまりボクのおじいちゃんとセタール先生のお母さんが兄弟なんだって。だから父様とセタール先生は、えっと……いとこってやつになるのかな?
「二人は貴方の手を煩わせては居ないだろうか」
「おれ、そんなことしないもん!」
「どうでしょう、いつもお約束を破りますからね。特にリュート殿下と一緒に稽古を始めてからは酷くって、バイオリンの稽古中の魔法は禁止だと何度も……」
「ほんのちょこっと魔法の練習も兼ねてるだけだし!」
「魔法の練習か、ならその成果を見せて貰おう。セタール伯爵の手を煩わせてまで練習しているのだから、さぞかし上達したはずだ」
「ふふん! 驚いて腰抜かさないでよ!」
「殿下! 陛下に向かってその口ぶりはなんですか!」
「良い。男児たるもの多少腕白であった方が大成すると良く言うではないか。オフィクレイドのようにやんちゃが過ぎるのも困りものだがなぁ」
「オフィクレイド殿下は目的の為ならば多少の無茶をやってのける方ですからね……、剣術の稽古の時間を長く取る為に座学は全て夜中に励んでいらっしゃいました。ヘッケルフォン殿やアジェン殿、アサラト殿まで殿下のお体を心配されておりましたが、そのおかげで十二の歳には私が教えられることは何一つ無かった有様。王太子のバーロン殿下と言い、この国の未来を担う方々は非常に優秀でいらっしゃる」
「バーロンもオフィクレイドも、ネイやリュートも我が子は皆貴方から勉学の手ほどきを受けている。教える側が優秀でなければこうも行くまい、全ては貴方の教えがあってこそだと私は思うがな」
「ねー! 始めていいー?!」
「ああ、すまんすまん。どれ、お前の腕をこの父に見せてみよ」
大人たちの退屈な話に声を上げたネイ兄様は、父様の言葉を聞いて嬉しそうにバイオリンをひき始めた。初めてネイ兄様のおけいこを見た時にひいていたむずかしい曲とは違う、ゆったりした曲。
ネイ兄様のバイオリンを聞いてたら体がゆらゆら揺れちゃう。ほら、ボクのバイオリンもゆらゆら踊り出した。兄様の魔法だ。兄様の魔法のバイオリンにつられて踊り出したボクのバイオリンは、兄様のバイオリンに合わせて歌い出した。兄様の奏でるメロディーとは違う音を演奏するボクのバイオリン。
セタール先生が言ってた音楽を作る時に必要なものはリズムと、メロディーと、ハーモニーの三つ。ネイ兄様のバイオリンがメロディーを奏でて、ボクのバイオリンが奏でているのはハーモニー。あと一つ、リズムはどうするのかな。そう思っていたら衣装タンスの扉が開いて、兄様のお靴が飛び出してきた。靴底が固くて、歩く度に音がするおよそ行きのお靴。誰かが歩いてるみたいにひょこひょこと、足音を鳴らしながら兄様に近寄っていく。いちにさん、いちにさん。お靴が鳴らす足音はさんびょうしだからこれはワルツ、多分。セタール先生に見分け方を教わったけどボクにはまだむずかしいみたい。
「ほう、これは凄い。魔法で合奏か、いつの間にこんな事まで出来るようになったのだ。以前はテーブルの上のペンを揺らすだけで精一杯だったと言うのに」
「男子三日会わざれば刮目して見よ。そんな言葉がございますが、まさにこの事。バイオリンも魔法も本当に上達されましたね、ネイ殿下。教育係として鼻が高うございます」
「おれだって成長するんだよ! ……おっと」
ふわふわ空中で踊っていたボクのバイオリンがふらふら落ちてくる。床に落ちちゃわないように急いで受け止めれば、兄様はバイオリンをひくのを止めた。
「流石に魔法での合奏は疲れるなぁ……」
「父様! 兄様すごかったですね!」
「ああ、凄かったな。良くぞここまで努力した、ネイよ。私もお前の父として鼻が高い」
「……そうだ。ネイ殿下、来月は王宮にて夏至の祭りが催されますでしょう。そこで一曲披露なさるのはどうです」
「セタール殿。ネイはまだ八つ、社交界に出るのはまだ早いのではないか?」
「私も陛下も六つになる頃には出ていたではないですか。それを思えば」
「だがしかし……」
「父様。今度の夏至のお祭りはバーロン兄様やオフィクレイド兄様も出るんだよね?」
「あ、ああ。そうだ」
「兄様達ばかりずるい! お祭りとか宴になったらいっつもおれとリュートはおるすばんだもん。おれだってお祭り出てみたい! リュートだってお祭り出てみたいよね?」
「ボクも出てみたいです!」
「待て、待て。落ち着け二人とも」
「父様、お願い!」
「お願いします!」
兄様と二人で父様におねだり。お祭りだなんて、楽しそう。それに兄様のバイオリンをもっと聞きたい。
「クロテイルと……母君と相談してからだ。セタールめ、余計な事を言いおって」
「私はネイ殿下のバイオリンを皆に聴いて欲しいだけですよ」
「そう言ってお前は、昔から私が困った顔をすれば喜んではしゃいでいただろう」
「さあ、どうでしょうね」
「セタール先生! もっとおけいこつけて! 夏至のお祭りで兄様達を驚かせたいの!」
「かしこまりました。このセタール、ネイ殿下の為に尽力いたしましょう」
「祭りに出るのは母君と相談してから決めると言っただろう! やれやれ……。腕白なのもやんちゃなのもわがままなのも可愛いものではあるが、度を過ぎると困りものだな。……ネイの上達ぶりには本当に驚いた、母君も聞けば褒めてくださるだろう。良くぞ努力した」
「えへへ。今度こそ父様が驚いて腰抜かすくらいもっと上手くなるからね!」
「楽しみにしているぞ」
「そういえば……。陛下、ここへは何用で? 何か私に御用ですかな?」
「リュートがバイオリンを貴殿に習い始めたと聞いてな。どうだ、リュート。バイオリンは楽しいか?」
「はい! でも、ボクはまだまだ練習が必要みたいです……。父様に聞かせられるものでは……」
「楽しいのならばそれで良い。好きこそ物の上手なれ、楽しむうちに技術もついてくるだろう。お前の弾くバイオリンを聞ける日を楽しみにしているぞ」
「はい!」
父様の大きな手がボクと兄様の頭をわしわしと撫でてくれた。大人に頭を撫でてもらうのは、ナーストロイに来て初めてな気がする。ボクの頭を撫でた父様の手はにほんのお父さんの手にそっくりで。
「それじゃあ二人とも、また夕餉の時に」
「はい!」
「父様、またね〜!」
まだお仕事が残っているからと、仕事部屋に戻って行った父様を見送って、おけいこ再開。ボクももっともっと練習して、ネイ兄様みたいに上手にひけるようになりたいな。




