第七話
お昼ご飯の後は兄様のバイオリンのおけいこ、ほいくえんで使ったけんばんハーモニカよりもむずかしそう。兄様はバイオリンをひくのがとっても上手、ナーストロイのボクが書いてた日記の通りだ。
「上達されましたね、ネイ殿下」
「当たり前でしょ、セタール先生から教わってるんだから」
音楽のことはよくわからないけど、兄様はとっても楽しそう。
「そうだ、セタール先生。おれ、これも弾けるようになったよ!」
そう言って、演奏する曲をがらりと変えたネイ兄様。右手も左手も忙しく動き回って、とってもむずかしい曲だと言うのはボクにだってわかる。
「ほう、これはこれは……。いやはや、知らぬ間にこれほどまでに上達されたとは。クロテイル殿下からの教えも受けておられるのですか?」
「母様はバイオリンよりもオルガンの方が好きだからね、母様から直接教わるって事はないかな。でも、母様のオルガンと一緒に演奏することもあるよ」
「なるほど。クロテイル殿下はバイオリンの名手でありオルガンの名手でもあられる。ネイ様、この際オルガンも始められてはいかがでしょう」
「おれ、鍵盤苦手なんだよねぇ」
椅子に座って兄様とセタール先生のお話を聞きながらぼんやりしていると、かたかたと何かが揺れる音がしていることに気付いた。兄様の勉強机の方からだ、そちらへと目を向けてみれば。机の上に置かれたインクつぼが体を揺らして踊っている。かたかたと言う音はインクつぼが踊る音だったみたい。どうしてインクつぼが踊っているの。
「ぎゃっ!」
「リュート殿下?」
ボクの悲鳴に気付いたセタール先生が声を上げる。すると踊っていたインクつぼはさらに激しく踊り出して、すぐ隣に置いてあったペンも立ち上がって踊り出した。なにこれ、何が起きてるの。
「殿下! 稽古中の魔法は禁止だとあれほど!」
「だってリュートが退屈そうだったもん」
「まほう……?」
「そう、動くインクつぼはおれの魔法だよ」
良く見てみればインクつぼもペンも兄様のバイオリンの音に合わせて踊っている。ほいくえんのみんなで見た魔法使いのアニメみたい。
「すごい! 兄様、もっと見せて!」
「いいよ〜。それっ!」
机の上で踊っていたインクつぼとペンがふわりと浮いて、バイオリンを弾く兄様のまわりをふわふわ飛ぶ。
「どう? セタール、おれも魔法上達したでしょ! 前はインクつぼも浮かせられなかったのに!」
「ええ、ええ。ネイ殿下の努力は重々承知しておりますが、今はバイオリンの稽古の時間です。稽古に集中ください」
むずかしそうだけど、楽しそう。ボクもやってみたい。ボクも兄様みたいにあんな魔法が使えるかな。
「ね、ねぇ。セタール先生」
「何でしょう、リュート殿下」
「ボクもバイオリンやってみたい。ボクにも教えてほしいです」
「おや、リュート殿下もバイオリンに興味を?」
「うん!」
「良いでしょう、その好奇心やよし。とはいえリュート殿下の体格に合うバイオリンが今は無いんですよね」
「おれが使ってるの貸すよ。それでもリュートには大きいと思うけど、音を出すだけならきっと大丈夫だから」
「ありがとうございます、兄様!」
兄様と先生からバイオリンの正しい持ち方を習って、早速音を出してみる。兄様が弾いてた時の音とはちょっと違う、何が違うんだろう。
「まずは簡単な音出しから。先程教えた指を動かしてくださいね」
弓を前に後ろに、弦を擦って音を出す。ボクには大きい兄様のバイオリンはとっても弾きにくくって。
「ぎゃ」
変な所を擦っちゃったのか、変な音が出た。ほいくえんのお庭にあるブランコのくさりがきいきい音を立てるのとはまた違う、高い音。すぐ近くで聞いちゃったから耳が変な感じ。
「うえーん……」
「あるある。おれもバイオリン始めた頃はそんなんだったよ。オフィクレイド兄様に良く下手くそって言われてた」
「バイオリンを弾く者にとってはよくあることです、お気になさらず」
「ボクもちゃんとおけいこすれば兄様みたいに弾けるかな」
「出来ますとも。すぐにリュート殿下専用のバイオリンを用意いたしますので、次回の稽古は殿下もご一緒に」
「やったー!」
「よかったねぇ、リュート」
「はい!」
魔法は出なかったけど、ボクにも音が出せたことは嬉しい。次のおけいこからはボクもセタール先生に習う事になった。次のおけいこは来週、七回寝たら次のおけいこ。楽しみだな。
ここにはボクの知らないことばかり。知らないことにはじめましてするのはとっても楽しい。にほんのおうちにお父さんと二人だったら多分こんな楽しいことはできなかったと思う、初めてナーストロイに来て良かったって思える。楽しいけど、やっぱり寂しい。ボクがバイオリンのおけいこを始めるってお父さんが聞いたら、どんな顔をするのかな。お父さん、会いたいな。
バイオリンのおけいこが終わったらセタール先生とはさようなら。次は来週だから、また来週。
「お勉強、楽しかった?」
「はい! 来週が楽しみです!」
「それは良かった」
お父さんがいないのは寂しいけど、ほいくえんのおとまり会だと思えば。いい子にしてたら、お父さんの所に帰れると思うから。早くおうちに帰りたいから。お父さんがお迎えに来てくれると思うから。だからお夕飯も残さず食べたよ。お父さん、ほめて。




