第六話
「お久しぶりです、リュート殿下」
「お、お久しぶりです……」
ネイ兄様にお勉強を教えているセタール先生は、とても怖そうな人だった。じいやもサクソルンも怖いけど、二人は怒ったら怖い人。セタール先生は怒らなくても怖い。おうちの近所に住んでる大きなお兄ちゃんたちみたいに近寄りにくい、って言うのかな。そんな感じの人。兄様が普通に話せてるってことは怖くない人なんだろうけど、顔を知っているくらいの人だからやっぱり怖いな。
「セタール先生、今日は何を勉強するの?」
「本日は前回の続きを、神学を予定しております」
「そんなのリュートにはまだ難しいよ。ねぇ、またあのお話聞かせて。絵を描く魔法使いのお話!」
「またですか、今日で何度目になるんでしょう。良く飽きませんね、ネイ殿下」
「だって面白いんだもん! セタール先生の授業は難しくてよくわかんないけどそのお話は好き!」
「はぁ……、仕方の無い方ですね。良いでしょう、今日は特別授業といたします。リュート殿下もそれでよろしいですか」
「は、はい」
「リュートは怖がりなんだからそんな喋り方だと怖がられちゃうよ。ただでさえセタール先生はお顔が怖いんだから」
「む……。ですが、顔は生まれついてのもの。口調も殿下を前に崩す訳にはいきません、慣れていただくしかありますまい。現にネイ殿下は直ぐに慣れてくださったではありませんか」
「それはおれだからだよ、リュートはおれとはちがうんだから。そうだな……、ベルリラがお庭の猫と遊んでる時の喋り方を真似してみたら? ……今のやっぱ無し、ベルリラみたいな喋り方するセタール先生は逆に怖くなっちゃった」
「でしょう。人にはそれぞれに合った喋り方と言うものが存在するのです。ネイ殿下がオフィクレイド殿下の口調を真似してごらんなさい、直ぐに私の拳が飛ぶでしょう」
「怖いよ先生」
「ネイ殿下には今の口調がお似合いだという事ですよ。では、それをご理解いただけた所で始めましょう。絵描きの魔法使いのお話をご所望でしたね」
おべんきょうなんて何処へやら、セタール先生のお話はおべんきょうとは思えないくらい面白かった。
お絵描きが好きな魔法使い、描いた絵を魔法で動かす事ができるんだって。それも紙から飛び出してきて踊ったり、歌ったり。大きな紙とか地面とかに大きく描かれた絵は人のお仕事を手伝うこともできちゃうんだとか。
「はい、セタール先生」
「何でしょう、リュート殿下」
「その魔法使いさんって本当にいたの?」
「実在の人物を原案に作られた話と聞いております」
「いないんだ。ざんねん……」
「ですが世界は大変広いものです、我々が知らぬところに居る可能性も」
「じゃあじゃあ、そもそも魔法使いさんっているの?」
「数こそ少ないながら存在します。このナーストロイ王国の初代王妃は魔法使いだったのですよ。その王妃様の血を継ぐ王家の人間は皆魔法使いの素質を持っております。国王陛下、バーロン殿下、オフィクレイド殿下、ネイ殿下、そしてリュート殿下にも」
「ボクも魔法使いになれるの?」
「ナーストロイ王家の魔法使いの血は七から十くらいの歳になれば目覚めると言われております。ですが過去には五歳の時に魔法を使えるようになった方もいらっしゃったとか。リュート殿下にもそのうちお目覚めになるでしょう」
「魔法使いってどんな魔法も使えるの? ボクが読んだお話の魔法使いは空を飛んだりきれいなドレスを作ったりしてたけど」
「残念だけど、使える魔法は一人一つだよ。頑張って訓練すれば使えるようになるのかもしれないけど、おれは聞いたことない。オフィクレイド兄様は諦めてないみたいだけど」
「あれ? じゃあなんでお絵描きさんの魔法使いは魔法で人のお手伝いができるの? 魔法が一人一つだけならそんなこと」
「魔法使いがかけた魔法は絵を画布から出して動かす事が出来るものです。画布から抜け出した絵がどう動くかは描かれたもの次第でしょう。ですから魔法使いが使った魔法は一つだけ、というわけです」
「うーん……?」
「ありゃ、リュートにはまだ早かったかな?」
「少し休憩と致しましょうか。そろそろ昼餉のお時間ですから」
「お昼! 今日のお昼ご飯は何かなー」
「おっと。お忘れですか、殿下。本日はテーブルマナーの演習も予定に入っておりますよ、アジェン殿もご一緒です。昼餉の後はバイオリンの稽古です。新しい曲を……と思ったのですが、今日はリュート殿下がいらっしゃいますのでそちらはまた後日」
「うえ〜! テーブルマナーとかやだ〜! ばあやのテーブルマナーすっごく厳しいから嫌い!」
「ナーストロイ王国の第三王子としてふさわしい教養を身につけていただかねばなりませんので、そのようなわがままは聞き入れられません。ご了承ください」
「そんな〜!」
怖いって思ってたけど実はそんなに怖くない人なのかも、セタール先生って。怖くない……けど、とってもきびしい先生だって言うのはお昼ご飯の時にわかった。ほいくえんの先生にとってもきびしい先生がいたけど、セタール先生と比べるとあの先生はまだ優しい方だったのかも……。




