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第十三話

「……それで、何処まで話したか。確かナーストロイのお前が生まれた時までは話したな」

「はい……」

 まだすんすんと鼻を鳴らすボクの背中をなでながら父様は、お父さんは話し続ける。ナーストロイのボクが生まれた時のお話。

「クロテイルが産気づいた時も私は仕事でな、アジェンから……ばあやから四人目の子が生まれたと聞いたんだ。お前が生まれる瞬間には立ち会えなかったがそれでも良い、無事に母の腹より生まれ出でたのだから。そうして、生まれたばかりのお前をこの腕に抱いた。既に三人の我が子を抱いた、それ以外にも抱いた子は数多く居る。そんな中で一人だけ、抱いた時にこの子を知っていると思った赤子がいる」

「それが、ボクですか」

「生まれたばかりのお前を抱いた時、私はこの子を知っている、私はこの子を抱いた事がある、そんな感情が脳裏を過ぎった。そうだ、私はナーストロイのショーゴではない。私は日本のしょうご、日本に住むしがない男。されど私には守るべきものがあった、たった一人の我が子、りゅうと。あの子と一緒に暮らしていたはずなのに、今の私は赤子に戻ってしまったあの子を抱いている。何が起きたのかはわからぬが、私はあの子の元へ帰らねばならん。だがしかし生まれたばかりのこの子を放り出す訳にはいかぬ、この子以外にも、私には守らねばならぬものが山ほどある。そう思って、気が付けば五年が過ぎていた。ナーストロイのリュートが、日本のしょうごであった最後の記憶にいるあの子と同じ歳になった。日本に帰る事はもはや諦めた。だがあの子は、今何処で何をしているだろうか。それだけでも知りたい。そう思っていたら」

 父様の手がボクのほっぺをつつむ。剣を握る人の手にできるタコとペンを握る人の手にできるタコはお父さんにはなかった。父様はお父さんとは別の人、別の人だけどボクのお父さんだった。

「お前が、日本のりゅうとがここにいた」

「ねえ、お父さん。ボクね、お父さんといっしょのお布団で寝ていたと思ったら、ボクのお部屋のベッドで、一人でお昼寝していたの。何があって、ボクたちはここにいるの?」

「……覚えていないのか?」

「覚えてないけど、……ボク、死んじゃったのかなって。えんちょう先生がね、死んじゃった人はまったくの別人に生まれ変わるんだって言ってた。にほんのボクが死んじゃったから、ナーストロイのボクに生まれ変わったのかなって」

「悪夢も、嫌な事も無理に思い出すものではない。覚えていないのならそのままの方がずっと」

「……お父さん」

「どうした?」

「ごめんなさい。お誕生日にもらったお絵描き帳、一枚も使ってない」

「そんな事か、気にするな」

「……ボクたち、にほんに帰れる? おうちに帰れる?」

「それはわからない」

「……」

 帰れないのかな。またあのおうちでお父さんといっしょがいいのに。悲しくなって、お父さんに抱きつく。お父さんには会えたけど、おうちには帰れない。それが悲しくて。おうちに帰れたらお父さんといっしょに遊びたいおもちゃとか、お父さんに読んでほしい絵本とか、いっぱいあったのに。泣かない。悲しくてももう泣かない。男なら泣くなって、お父さんとの約束。もう破りたくないもん。

「……お話は、それだけですか」

「ああ、それだけだ。時間を取らせてすまなかったな」

「それじゃ、ボクは失礼します」

「リュート」

 部屋を出ようとしたボクに、父様が声をかけてくる。

「何でしょう」

「何かあれば私に言いに来なさい。お前の父はここにいるのだから」

「……はい」

 父様に頭を下げて、父様の仕事部屋を後にする。お部屋に戻る途中、父様のお客さんを連れたアサラトとすれ違った。にほんのお父さんも忙しい人だったけど、ナーストロイの父様はそれよりも忙しそう。何かあればって父様は言うけれど、忙しそうな父様にそんな事言えないよ。

「おかえり。父様のお話は何だったの?」

 父様の仕事部屋から戻ったボクの部屋。にほんのボクにはいなかった兄弟がボクを待っていた。ネイ兄様。父様以外に、ボクの秘密を知ってる人。

「わ。どうしたの、リュート。お腹痛い?」

 突然抱きついてきたのに、文句も言わずボクの頭を撫でてくれる兄様。おうちに帰れなくても、お父さんはいる。ナーストロイのボクには兄弟が、お城の人達がいる。寂しくないのに、寂しくないはずなのに。

 おうちに帰りたいって、お父さんと二人のおうちに帰りたいって思ってしまうボクはわがままなのかな。わがままなボクはお父さんに嫌われちゃうかな。


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