お堂
思い立ってというよりも、思いついてそこに旅に向かった。思いついてというのも、とってつけたように思えて、というのも、ニュースでそこがちらと出ていて、僕にはなじみがなくて、珍しいという理由だった。
とりたてて観光地を巡るつもりもなかったから、総合案内所でちらと話を聞いてふらと来た。歩いて30分もかからなかったろう。海岸沿いの静かな集落というのがしっくりくる風景だった。お堂があった。由緒はあるのだろうが、建て替えていたのだろう、古ぼけてはいなかった。見た目、20年くらい経っていたと思う。
近づいて行くと、お堂の中から声が聞こえた。一つではない。二つでもない。かといって数十という声でもない。僕は疎いのだが、おそらくお経か真言なのだろうと思った。慣れ親しんだ町内にはそういう建物もなく、行事とかいったことが行われているかいないかも知らないのだが、大学の頃なんの講義だったか忘れたがお堂に集まった人たちが太鼓や鉦を鳴らし、数珠を手にしている写真をスクリーンで見た記憶があった。そういう集落の伝統的な行事が守られているというのが、むしろ新鮮に感じられてくらいだ。といっても、興味が湧いて来たわけでもないので、部外者が事前連絡もなく闖入するのは不作法である。
僕は歩くことにした。海を眺めるというのは珍しいことではなかったが、随分ドライブでさえしてなかったと、防砂林をなぞりながら波の音と浜風を感じながら歩いた。漁船はなかったが、木で建てられたトイレがあるところを見ると、そう少なくはない人がやってくるのだろう。岩場でもないから夏には海水浴でにぎわうのかもしれない。僕はあれこれ考えることなく歩いていることが久しぶりだと思い出した。長髪ではないのだが、浜風が強かったせいか髪を直した。
拍子が聞こえた。トランペットを吹く人はいない。学校帰りの生徒もいない。小さかったが、それは確かにリズムだった。海の風が音楽を奏でたろうか、さすがにそう思うのはロマンチストではなくセンチメンタルすぎる。感傷に浸ってもいいのだろうが、その小さな拍子がまだ聞こえるのに気付いた。高音だった。僕は思い出した。鉦の音だ。低音だった。これは太鼓の音だ。ああ、そうかと僕は感心した。お堂の行事が聞こえたのかと。僕はほっとして歩いた。
その集落の終りなのだろうか、防砂林が切れ、海岸へ降りる段差には銀の柵があった。僕は旅の折り返し地点をかこつけて、柵に触れて、今来た道を戻ろうと反転した。僕は疑問になった。不安でも恐怖でもない。風下の僕の顔に疑問が叩きつけられたのだ。どうしてお堂の音が聞こえたのか。古いお堂とはいえ海岸を歩く人の耳に届きはしないだろうと。それともこのあたりは、防災無線でお堂の行事を実況放送する、そういう風習でもあるのだろうか、などと防砂林の端っこにある電線とは違うコンクリートの柱の上にあるスピーカーを見てそんなことを思ってみた。そんな音ではなかった。
僕は今来た速度で海岸を戻ると、お堂まで来た。近づいた。覗いた。お堂の中に参集した形跡はない。靴もサンダルもない。お堂の戸を開けた。堂内はほの暖かった。けれどこれは暖房による熱の痕跡ではない。人が集った後の残像でもない。ここに人はいなかった。少なくとも僕がこのお堂を初めて見たあの時から戻って来る数十分の間には。
お堂を出ると、隣の家から人が出てきた。壮年のおじさんだった。漁師ではないだろう、小柄で日に焼けた肌を見るともしかしたら農業をしているのかもしれない。僕は聞いてしまった。
「このお堂で今日は何か行事があったのですか?」
おじさんは僕を怪しがることもしなかった。ただ頭からつま先まで見下ろして、
「一人旅ですか」
と聞いた。僕が頷くと
「しゃべりでわかります。旅の人だってことは。なんもおもしいこともないとこなのに」
おじさんはぼやきながら出てくるときに手にしていたプラスチックのケースを軽トラの荷台に乗せた。
「お堂で集まったのは昨日です。なんかテレビでもやってましたか。んな話は聞いてなかったけど、インターネットとかですかね」
「いえ、たまたま来たんです」
僕はたしかそう答えたと思う。
「昨日あったのはね、海上安全の御祈祷ですよ。この集落出の子供が大学とか就職とかで旅に出てますからね。帰ってくるときに時化んようにとね」
「昨日はってことは、いくつか種類があるんですか」
「集落の安全とか、なんやかんやとね。古い田舎なんで、こういうのんがまだやられてるですよ」
おじさんは軽トラに乗りこんだ。僕はお辞儀をした。宿泊の予約をしたホテルへ向かうことにした。来るときに見渡していた風景は、戻る時にはそれを見ていなかった。何かを考えていたわけではない。拍子が聞こえないかと、聞き耳を立てていたわけではない。確かに聞こえたら、文言を聞いてみようかと思うのかもしれないが。僕は立ち止まって背負っていたデイバッグを片手に持った。小さなポケットからお守りを出した。この旅の前に彼女からもらったお守り。交通安全のお守り。僕はお守りをじっと見てから振り返った。耳を澄ませていた。だが太鼓の音も鉦の音も御祈祷も聞こえなかった。僕はお守りをしまい、デイバッグを背負い直してホテルへの歩みを再開した。
後からになって気づいたことのだが、乗り物に弱い僕が行きも帰りも船酔いがなかったのは僕自身にもよく分からないことである。




