第5話 聖転換で最強美少女に変身!
「ううっ!」
フィオの全身に、痛みにも似た鋭い感覚が走る。彼は自分の肉体が変化していくのを感じ取っていた。
「ああーッ!」
音が、匂いが、そして目に見える物全てが、強烈な刺激となってフィオを襲う。思わず自分を抱きしめるようにしてうずくまる。おそらく今の自分は隙だらけだと感じながらも、どうしようも出来なかった。ジョーカーが守ってくれている事に感謝した。
数秒後、ようやくその感覚に慣れた彼は立ち上がる。そして自分の体が全く違うものになっている事に気づいた。
「こ、これが、ボクの体......!?」
見下ろすと、すぐに飛び込んで来たのは大きな二つの膨らみ。そのせいで足元が全く見えない。フィオの服がはち切れそうな程の主張。それは紛れもなく。
「お、おっぱい!?」
思わず呟くフィオ。そして、その大きさと重さに目を見張る。そして自分自身の声にも。
「ボク、女の子になっちゃったの!?」
肩にまでかかる髪の毛は長い銀髪。フィオの髪は短い金髪だった筈だ。そこでようやく、これは「個性」が逆転換された影響だと思い至る。
(そうか、冷静に考えれば分かる。個性を確認してみよう。ジョーカー、あと数秒待ってください)
ラスティと激戦を繰り広げているジョーカーに申し訳なく思いつつ、フィオは目を閉じて自身の個性を確認する。
(僕の元々の個性はこうだった)
⚫︎虚弱体質
⚫︎臆病で謙虚
⚫︎鈍感少年
⚫︎魔術の劣才
⚫︎防衛本能
(それが、今はこうなっている)
⚫︎超強靭な肉体
⚫︎超勇敢で超傲慢
⚫︎超敏感少女
⚫︎武術の超天才
⚫︎超攻撃本能
髪の色や長さが何故変わったのかはわからなかった。「鈍感少年」が「超敏感少女」に変わった事で、性転換してしまったのが影響しているのかも知れない。
(それにこの、超ってなんだ?)
そう疑問を感じたが、フィオは直感で理由がわかった。これこそが、ジョーカーの言っていた次のステップだ。聖転換に秘められた【力】なのだと。つまり、自分自身の全ての個性を逆転換した時のみ発動する力。劣等スキルを超スキルに転換する力だ。
フィオの持つ個性は、全て劣等スキルだと言える。防衛本能は戦いにおいて素晴らしい力を発揮するが、それは優しく慈愛に満ちたフィオが使えばこそ。一般的には逃げ隠れするだけの役立たずな劣等スキルなのだ。
(まだ、記憶は戻らない。だけど段々わかってきた。この姿のボクの事が)
フィオは自分の右手で拳を作り、それを見つめた。
(ボクは戦える。心の底から自信が湧いてくる。それに、全身に力がみなぎってくる。誰にも負ける気がしない!)
周囲を見回すと、ギルドの人々のほとんどはジョーカーとラスティの戦いを見守っている。だが数人はフィオの変化に気づき、指を指して騒いでいた。
「おい見ろ! フィオが爆乳の美少女になっちまった!」
「ちょっと待て! 俺、あの美少女知ってるぜ! 六年前に冒険者界隈を騒がせた【鉄拳の聖女フィオナ】だ! 間違いねぇ!」
「マジかよ! あのフィオナか!? 突然冒険者のパーティーに飛び入りして、報酬なしで手助けしてくれるっていう無敵の武術士! それがフィオの正体だってのか!? つーか、おっぱい超デケェな!」
ざわつく冒険者達。それによると、この姿のフィオはフィオナと呼ばれていたらしい。フィオは五年前までの記憶しかない為、その事を思い出す事は出来なかった。
(記憶はそのうち、きっと戻る。今はそれより、ラスティをなんとかしなくちゃ)
ギルドの中心で激しい戦いを繰り広げているジョーカーとラスティ。空中、地上、いたる所で激しい爆発が起こっており、その度にギルドの設備が破損していく。ギルドの人々は入り口付近から動かず、彼らの戦いを固唾を飲んで見守っていた。
ジョーカーもラスティも、互いの攻撃を受けてはいるがダメージは軽いようだ。だが周囲の破壊状況から見て、二人の攻撃力は即死級。常人ならばとっくに天へ召されている事だろう。
「ジョーカーお待たせ! あとはボクに任せて!」
フィオが叫ぶと、二人の動きはピタリと止まった。
「おお、やはり私の読みは正しかったな。そう、その姿だよフィオ。私が助けられたのはその姿の君だった。さぁ、今こそ力を見せてくれ」
ジョーカーはラスティに背を向け、フィオの方へ歩いて来る。それを見たラスティは怒りをあらわにする。
「なんだその乳牛女は! こっちを向けジョーカー! まだ戦いは終わってねぇぞ! オラァ! 爆裂魔拳!」
ラスティは床を拳で殴り、爆裂させる。彼女は魔術を織り混ぜた武術も得意なようだ。
「死ねぇ!」
爆散した床の破片を、フィオとジョーカーへ蹴り飛ばすラスティ。その質量と重さは、人間の肉と骨を粉砕破壊するには充分な威力。
「任せて!」
フィオはとてつもないスピードで拳の連打を繰り出し、飛来した破片を粉々に打ち砕く。
「へぇ、やるじゃねぇかデカ乳女。面白れぇ、ならお前から先に殺してやるよ。アタシは魔術も武術も天才なんだ。ギルド最高戦力であるジョーカーにも匹敵するほどな。さっきの戦い見てただろ? そいつとアタシは互角だった」
ジョーカーを指さし、ドヤ顔をするラスティ。フィオとジョーカーは顔を見合わせる。
「確かに君は強いよ。おそらく最強に近い。だけど最強はボクだ」
「おいおい、それは聞き捨てならないぞ。最強はこの私、ジョーカーのダリオンだ。譲れないな」
「いいや、ボクだ」
「私だ」
「お前ら、いい加減にしろ!」
最強がどちらかで言い争いを始めたフィオとジョーカーに、ラスティが食ってかかる。
「最強はアタシだろうが! つーか、お前誰だよデカ乳!」
「ああ、だいぶ姿が変わったからわからないか。ボクだよラスティ、フィオだ」
フィオの発言に、一瞬面食らうラスティ。
「はぁ!? フィオ!? いやいや、だってテメーは女じゃねぇか! フィオは男の筈だろうが! 体型も、もやしみてぇに細かった! だがテメーはムチムチボインだ! どう見ても違う!」
フィオを指差し、一気にまくし立てるラスティ。
「詳細は省くけど、女の子になったんだ。そして最強になった。ラスティ、君の根性を叩き直す為にね」
フィオはそう言って、拳を前に突き出した。
「お仕置きの時間だ」
「言ってろや! ボゲェ!」
ドンッと足で床を爆裂させ、その反動を利用してフィオに突っ込んで来るラスティ。
「爆殺剛拳!」
ゴウッと音を立て、フィオの目の前までラスティは距離を詰めた。爆発力をまとった拳の連打が、フィオに襲い掛かる。
だが、フィオは冷静だった。常人であれば、ラスティの姿を目視で捉える事は難しいだろう。彼女はそれほどのスピードだった。
しかし今のフィオには、全てが手に取るように分かる。「彼女」の感覚は「超敏感少女」の個性によって何倍にも高められている。
周囲の全ての動きが、手に取るようにわかった。敵がいれば、その者の目の動き、呼吸、汗のかきかた、手足の動き、そう言った様々なものを手がかりに動きを先読みする事も出来た。今のように集中状態であれば、時間すらもゆっくりに思える。
だが、同時に痛覚も鋭い。それはフィオにとっての弱点だった。防衛本能も超攻撃本能に変わっている為、防御も苦手だ。
つまり、敵の攻撃を一撃でも喰らえば、フィオは痛みのショックで死ぬ危険性がある。
しかしそれでも、彼女は最強を自負していた。何故なら。
(やられる前にやる!)
高速で飛んできたラスティの拳連打。それは触れれば爆発する爆殺剛拳。だがフィオは恐れる事なくその拳に自分の拳をぶつけていった。
「転換拳!」
同等の速度で連打し、ラスティの両拳を破壊する。
「ばっ......!?」
それは一秒にも満たない時間だったが、ラスティは驚きに目を見開く。何故爆発しないのか、と彼女は思った事だろう。
転換拳は、聖転換の力をまとった輝く拳。触れた対象物の性質を転換させる。今の場合は、爆発の力の出力方向を、内側に転換した。よってラスティの両拳は、内部から破壊されたのだ。
自分の攻撃を、同じく攻撃によって潰されたラスティは咄嗟に両腕で顔面を防御する。
「無駄無駄ァッ!」
フィオは構わず、ラスティの顔面を転換拳で打ち抜く。ラスティの腕による防御は、転換拳の能力によって防ぐ方向を転換させられ、外側に弾かれてしまったのだ。
「ぶぁぁぁぁぁッ!」
空中で切り揉み回転し、ズダン! と床に突っ伏すラスティ。フィオの転換拳は、その破壊力を外側に逃さず全て内部に集める。ラスティの体は、もはや治療なしには動く事すら出来ない。
「ゴハァッ!」
血を吐くラスティ。白目を剥いている。
フィオはそれを確認すると、拳を高く掲げた。
「今度こそ、ボクの勝ちだ!」
そう宣言する。ギルド中から、一斉に歓声が上がる。ジョーカーも拍手をしながらやってきて、フィオを抱きしめた。
「やったなフィオ、おめでとう」
「んきゃぅぅッ♡」
超敏感少女であるフィオは、抱きしめられただけでのけぞりながら痙攣してしまうのだった。






