第1話 虚弱体質の魔術士、パーティーを追放される。
「フィオ、お前もういいわ。パーティー抜けてくれ」
ここは北方都市スペーディアの中枢、巨大な「冒険者ギルド」の一階。沢山の冒険者達で賑わう中央ホールで、魔術士フィオはクビを言い渡された。
「えっ?」
思わず聞き返す。喧騒に包まれたホールでは、聞き間違いが頻発する。だが、何度思い返してもフィオをパーティーから追放するという意味合いにしか取れなかった。
冒険者学校の先輩であり、パーティーリーダーでもあるランブルが言い放った言葉に、フィオは愕然とした。パーティーの集合場所へやって来た途端のクビ宣告だった。他のパーティーメンバーはまだ来ていないようだが、いつもなら全員揃い次第、依頼を受注する筈だった。
「パーティー抜けてって、え!? な、な、な、なんでですか!?」
「なんでって、そりゃ役に立たないからだよ。役に立たないどころか足手まといだ。確かにパーティーにとって魔術士は貴重だよ? だけど肝心の恩寵がなぁ。敵の攻撃そらすだけだし。完全にハズレスキルだろ。せっかく女神様から授かった能力なのに、ハズレひいちまうとはなぁ」
ランブルが言っているのは、フィオの「恩寵」、「聖転換」の事だ。これはあらゆる「性質」を転換出来る能力。フィオはそれを使って敵の攻撃の「方向」を転換し、仲間に当たらないようにしていたのだ。
「あの、でも、守る事には自信あるので! 上位魔術は使えないですけど、スキルと合わせて魔術防壁も張っていますし、誰かが怪我をした時は治癒魔術も使ってます! これ以上足手まといにならないように頑張りますから、お願いです! どうかパーティーに置いて下さい! 僕はこのパーティーが好きなんです! 先輩達を尊敬してます! 全力で守りたいんです!」
フィオは精一杯の勇気を振り絞って反論した。臆病なフィオは滅多に言い返さない。だが、役立たずと言われる事はとてもショックで悲しかった。パーティーに貢献出来ていると信じていた。だから、言い返さずにはいられなかった。自尊心が傷つき、涙が溢れそうになる。声も震えていた。
「そう思ってるのはお前だけだ。戦闘が終わる度に気絶するのは誰だっけ? いちいち起こさなきゃならないこっちの身にもなれよ。この虚弱体質野郎」
「そんな......」
ランブルは冷たく言い放つ。フィオは頭を殴られたような衝撃を受け、目頭が熱くなる。
(信じられない。そんな風に思われていたなんて......これは悪い夢なんだろうか)
フィオが冒険者学校を卒業し、ギルドで先輩達の部隊に入れてもらって一年が経つ。先輩達は皆、優しかった。フィオが落ち込んでいる時は、いつも励ましてくれた。「フィオが守ってくれるから、俺たちは安心して攻撃に専念出来るんだ。いつもありがとうな」そう言ってくれた。
だからこそフィオは、どうにも腑に落ちなかった。ランブルの態度に、違和感を感じたのだ。
「ランブル先輩、今日はなんだかおかしいですよ。昨日までそんな事、一言も言ってなかったのに。どうして急に......」
そう言いかけた時、良い香りがふわりと鼻をくすぐった。
「ランブル先輩は優しいですから、ずっと言えずに我慢してたんですよ。ねー、先輩♡」
声のした方を振り返ると、一人の少女が微笑んでいた。小柄で愛嬌があり、おまけに胸も大きい美少女。彼女の名前はラスティ。昨日パーティーに入隊したばかりの新人で、フィオと同じ魔術士だ。
「おー、おはようラスティ!」
満面の笑みを浮かべるランブル。
「おはようございます。今日も先輩に喜んでもらおうと思って、色々準備して来たんです。楽しみにしてて下さいね」
ペロリと舌を出し、上目遣いで微笑むラスティ。ランブルはメロメロになっている。
その様子を見て、フィオは思い返す。昨日、彼女とクエストに出かけた時のランブルはこんなにメロメロではなかった筈だ。いたって普通だった。だが冒険が終わった後、ラスティの為に歓迎会をする事になった。フィオは体調不良の為参加しなかったが、その時に何かあったのかも知れない、と考えた。
「あれぇ? まだいたんですかフィオ先輩。ランブル先輩に言われませんでした? パーティー抜けろって。私も同感ですよ。役立たずには早く消えて欲しいです」
ラスティはクスクスと笑いながら、犬や猫にやるようにシッシッと手を振る。
「酷いよラスティ。昨日入ったばかりの新人に、そんな事を言われる筋合いはないよ」
フィオはどうにか言い返した。心臓がバクバク言っている。するとラスティの眉間には深い縦皺が刻まれ、こめかみには青筋が浮き出た。
「あ゛? どの口が言ってんだテメーコラ」
ラスティは胸を揺らしながらツカツカとフィオに詰め寄った。その顔はさっきまでの美少女とは別人のような、恐ろしい顔だ。
「昨日のアタシの活躍見りゃわかんだろうが! アタシのユニーク・スキルは「無限魔力」! 同じ魔術士でも出来る事が違ぇんだよ! アタシは魔術の天才なんだ! しかもテメーと違って筋力もあるし体力もある! 腹筋も割れてるしな!」
そう言ってラスティはシャツを捲り上げる。確かに腹筋は見事なシックスパックに割れている。それを見たランブルが「おおーっ」と鼻の下を伸ばす。
「確かに君が優秀なのは、僕も昨日見たし知ってるよ。だけど、だからと言って君が僕を侮辱していい理由にはならない!」
フィオはどうにか言い返した。温厚な彼は、本来このような乱暴な台詞を好まない。だが、今は怒りがフィオの勇気を奮い立たせている。しかし臆病な性格が治ったわけではないので、声は震えていた。
「ハッ! それマジで言ってんの!? あははっ、超ウケんだけど! いやいや、お前マジいらねーから! 男のくせに軟弱で虚弱体質! 戦闘の度に気絶するとかウゼェんだけど! あんた見てるとイライラすんだよ! 今だって声震えてんじゃん! しかも泣いてっし! つーか役立たずはさっさと消えろやボゲ!」
ラスティはフィオの髪の毛を掴んでグイッと引き、思いっきり顔を近づけて睨んだ。そしてドスの効いた声で「今すぐ死ね、クズが」と脅す。
それから彼をドンッと突き飛ばし、ランブルの元へと戻っていく。
「お待たせしました先輩♡ さぁ、今日も一緒に頑張りましょう! あっちで他の先輩方も待ってますよ。役立たずが居なくなって、せいせいしましたね! クエストの後は、私がたっぷり労ってあげますから♡」
ラスティにギルド受付へと連れていかれるランブル。そこに他のパーティーメンバーが集まっているらしい。そしてフィオは理解した。全てはこの、ラスティの差し金なのだと。彼女はフィオが邪魔だったのだ。
ランブルのパーティーは、この一年で急成長したと言われている。クエストも精力的にこなし、Sランクパーティーにも認定された注目のパーティーだった。ラスティが入隊した理由はおそらくそこにあるのだろう。そしてフィオが気に入らないからランブルを使って追い出した、と言う訳だ。
フィオはその場にガックリ膝をつき、受付でクエストを受注しているランブル達を見つめた。通りすがる冒険者達が何事かと立ち止まるが、事情を察してそのまま通り過ぎていく。
冒険者にとって、パーティー追放は当然のように存在するリスク。使えないものは捨てられる厳しい世界なのだ。
しかしながら、フィオは簡単にそれを受け入れる訳にはいかなかった。剣術士や弓術士、もしくは攻撃魔術が得意な魔術士ならばともかく、フィオは防御魔術に特化した魔術士。ソロでクエストをこなすのは難しいだろう。今から攻撃魔術を訓練するのも時間がかかりすぎる。よって、誰か仲間を見つける必要があった。
(でも、こんな僕の仲間になってくれる人はいるのかな......防御にだけは自信があったけど、なんだかもう、自信なくしちゃったな......いや、くよくよしていても仕方がない。今は行動あるのみだ。酒場に行けば、仲間を募集している人がいるかも知れない。まずはとにかく行ってみよう)
そう思い立って立ちあがろうとした時、誰かが叫んだ。
「おいお前ら! 今すぐ全員ひざまずけ! ギルド最高戦力【ジョーカー】のダリオン様がお見えになった!」
それは、この冒険者ギルド「スペード」を統治する管理者にして凄腕の冒険者「クイーン」の称号を持つ剣士アドバンの声だった。
彼の号令に従い、全員が一斉にひざまずく。当然フィオもそれにならった。
「みんな、顔を上げてくれ。今日は私の恩人に会いに来たんだ」
その声は落ち着いた男性の声。フィオは顔を上げた。驚いた事に、【ジョーカー】はフィオのすぐそばに立っていた。
笑顔をかたどった仮面と、道化師風衣装を身に付けた長身の男性。男性というのは声から判断された噂に過ぎず、その詳細は謎に包まれている人物。フィオも会うのは初めてだったが、聞いていた特徴と一致する。
「やぁフィオ。随分と探したよ。ようやく君を見つける事が出来て、本当に嬉しい」
「え?」
周囲がざわつく。当然だろう。国家最強の冒険者であり、国王に次ぐ権力を持つ「ジョーカー」が駆け出しの冒険者に話しかけているのだから。
そして彼は何故かフィオの名前を知っている。その事にも冒険者達は困惑していた。もちろん当事者であるフィオ自身も。
「今日は君をスカウトしに来たんだ。私の右腕になって欲しくてね。つまり直属の部下だ。もちろん今よりも待遇は随分良くなるよ。どうかな?」
フィオは突然の申し出に頭が真っ白になり、言葉に詰まった。それと相反するように、周囲はどんどん騒がしくなって行った。
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