聖女になったのに玉の輿に乗れませんでした!~役目を終えた聖女のその後~
あたしはノーラ。
小さな村の孤児院で暮らしていたんだけど、十五歳になったある日、村に国の偉い人がやってきて、あたしには聖女になる素質があるって言われたの。
自分には何の力もなかったし、最初は何言ってんだこの人たちって思ったけど、うちの村から聖女が! とノリノリな村長と孤児院に支払われた身請け金のせいで後には引けなくなって、あたしは聖女候補として王都にある神殿に入ることになった。
村を挙げてのお別れ会の夜、村長の娘さんから玉の輿に乗れていいわねって厭味ったらしく言われた。
今思えば妬まれていたのかもしれないけど、単純なあたしは聖女になれば玉の輿に乗れるんだって、俄然やる気になった。
聖女になってお役目が終われば、お金持ちで素敵な旦那様と結婚して幸せになれるって、本気でそう信じて疑わなかった。
――――それなのに。
「なんで……? なんで魔王を倒したのに縁談の一つもこないの!?」
神殿の奥に用意された聖女の部屋で、ベッドに突っ伏したまま手足をバタバタさせた。
血を吐く思いで辛い修行に耐えた結果、手のひらに聖なる力をのせて物理で叩くという方法で聖女としての力を覚醒させたあたしが、魔王討伐から無事帰還したのが一年ほど前のことだ。
そう、何もないまま一年が経ってしまっていた。
***
魔王を討伐したことで世界に平和が訪れた。
勇者の凱旋パレードをして、国王からお褒めの言葉もいただいた。
物語だったらさ、ここで王子様と結婚ってなったりするじゃない? 正直期待していたわ。
その時のあたしは聖なる力を得るまでに一年、魔王討伐に三年もかかってしまったから十九歳になっていたしね。
でも、そうはならなかったのよね。
そもそもこの国の第一王子のオズワルドは結婚済み、第二王子のエドアルドにも幼い頃から婚約している隣国の王女がいて、それはそれは仲がいいって有名だったんだもの。国益のことを考えても隣国の王女のほうが大事よね。聖女って肩書でもどうにもできなかったわ。
巷で流行りの略奪系の婚約破棄なんて本当にあるのかしらって思っちゃった。
小さい頃からお姫様への憧れはあったといえ、側室になるのは嫌だったし、婚期を逃しちゃった齢四十歳をすぎた王弟殿下の嫁にと勧められそうになったときは全力でお断りした。
年の差婚だってアリだとは思っているけど、あの人どう見ても近衛騎士の男とデキているようにしか見えなかったんだもの。いくら王族に憧れがあるといっても性癖を隠すためにお飾りの妻にされるのはもってのほかだった。
次に勇者ヴァン。
聖女として勇者パーティーに同行していたわけだけど、命がけで世界中を旅したからといって彼との関係が恋愛に発展することはなかった。
なにせこの男、故郷に結婚を約束した幼馴染みがいたのだ。
新しい町に着けばせっせと手紙を送り、移動の馬車の中では幼馴染みとのなれそめだとか、どこがかわいいだとかいうのろけ話を嫌ってほど聞かされた。口から砂糖を吐くんじゃないかと思ったのはあたしだけじゃなかったはずよ。
ヴァンののろけ話を最後まで聞いてあげられていたのは、騎士のアニレクスだけだったわ。
ともかくヴァンの愛は深すぎて、あたしが間に割って入る隙間なんてなかった。
平和になった世界で元勇者と元聖女は末長く暮らしましたとさEND、これもフラグすら立たなかった。
あと残っていた玉の輿候補は勇者パーティーで苦楽を共にしてきた魔術師のネクラールと騎士のアニレクスだったんだけど――――ネクラールとの結婚はまず考えられなかった。
だってあの人、魔術のことしか考えてないんだもの。結婚の「け」の字も頭にないんじゃないかしら。
いっつも分厚い魔術書を読んでいて、話しかけてもこっちを見ないで視線は常に本に注がれっぱなし。魔術書がないと生きていけないんじゃないかってくらい、旅の間中ずっと本を読んでいた印象しかない。
地面にできた溝に足を取られてカクンってなってるのを何度見たことか。揚げ句の果てに、彼は地面からわずかに浮くという常人ならざる方法で足元の安全を確保していた。
おまけにレアなマジックアイテムを見つけると金に糸目をつけないで全てつぎ込んでしまうという悪癖があって、孤児院育ちで貧乏性なあたしとは価値観が正反対で、お金の使い方をめぐってよく喧嘩になったっけ。
彼のせいでパーティーの路銀が底をついて、みんなで日雇いの仕事をしたのは苦い思い出だ。
いくら魔王を倒して国一番の魔術師になったとはいえ、一緒に暮らしたらストレスでどうにかなりそうなのは想像に難くなかった。
消去法で残ったのはパーティーの良心、騎士のアニレクス。
正直なところ、アニレクスと結婚するのが一番理想的なんじゃないかと思っていたのよね。
ゆくゆくは王宮騎士団の団長になるんじゃないかって言われている人だし、人間的にも優しく紳士的でとても好感がもてた。
ただね、腰が……低すぎたの。
どんなにあたしがアプローチしても、彼は顔を真っ赤にして一介の騎士の自分には恐れ多いと壁を作って引いてしまうことが多かった。
旅の道中から感じていた距離感は結局埋まることはなく、魔王討伐後はもっと酷くなってしまった。
試しにあたしと結婚しないか言ってみたけど、みんなの聖女様を自分が独り占めするわけにはいかないと当たり障りのない言葉でお断りされてしまった。
結局アニレクスはお兄ちゃんポジションに納まってしまって、それ以上の進展は見込めなかった。
***
そんなこんなで未だに結婚相手が決まらないあたしは、王都の神殿に戻って聖女として自堕落な生活を強いられていた。
国は聖女の力を持ったあたしを他国へやるわけにはいかないらしく、式典以外で神殿の外に出ることは禁じられている。
神殿内では比較的自由にできるとはいえ、厳かな神殿の空気はあたしにはちょっと窮屈で、鉄格子のない檻に入れられている気分だった。
それでもいつかきっとあたしだけの王子様が現れて、あたしをここから連れだしてくれるって信じていた。
そうしているうちにあっという間に魔王討伐から一年が経って、あたしは二十歳になっていた。あたしが育った村では二十歳で嫁に行けていないのは行き遅れの部類になる。
神殿の神官は基本結婚できない決まりになっているし、こんな状況で新しい出会いなんてあるわけもない。
というか最近知った話なんだけど、神殿のお偉いさんがたが権力を保持するために聖女であるあたしを手元に置いておきたいらしい。そりゃ縁談がこないわけだ。なんという絶望。おのれ神殿。
あたし、このままここでおばあちゃんになること確定なのね。
もう! 誰よ、聖女になったら玉の輿に乗れるなんて言ったの!
努力して聖女になったのに、玉の輿に乗ってキラキラした未来なんてどこにもなかった。
王子様END、勇者END、魔術師END、騎士END、どのルートにも進むことができなかったあたしは、この白い無機質な部屋でおひとり様ENDを迎えるのがお似合いなのかもしれない。ああ、虚しくなってきた。
理想と現実のギャップにため息がこぼれる。
はぁ……現実は物語のようにはいかないわね。
『聖女様』なんて大層な名前で呼ばれてかしずかれているけど、その中の何人があたしの名前を知っているのかしら。
あー、やだやだやだやだ!
どいつもこいつも口を開けば聖女様聖女様って。
もう誰でもいい。玉の輿なんてどうでもいいから、誰か『あたし』を見てよ。
『聖女様』じゃないあたしを必要としてよ。
時折どうしようもなく寂しくなって、夜布団の中でこっそり泣いた。
そんなある夜のこと、思ってもみなかった人物が何の前触れもなくあたしの前に現れた。
いきなり布団をめくりあげてきたのは、あたしたちが一年前に倒したはずの魔王だった。
黒く長い髪に深紅の瞳、恐ろしいほど綺麗な顔立ちをした魔王は、悲鳴を上げようとしたあたしの口を塞いで「静かにしろ」と言った。
うそ……あのとき確かに倒したはずなのに……。
恐怖のあまり悲鳴を飲み込んで間近に彼の美貌を見つめる。
鮮血を彷彿とさせる深紅の瞳と視線がぶつかると、彼は口の端を上げてニヤリと笑った。
「そう怯えるな、聖女よ。せっかく私が会いに来てやったのだ、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
「なんで……あんたは死んだはずじゃ……」
「あの時、お前たちが倒したのは切り離した私の一部にすぎない」
衝撃の真実を知らされて愕然とする。
三年かかってやっと魔王を倒したと思ったのに……。
一歩、また一歩と、ゆっくりした足取りで魔王がこちらに向かって歩いてくる。あたしはじりじりと後ずさりながら魔王を凝視した。
どうしよう、復讐しに来たんだ……。
人形のように美しい魔王は怯えるあたしを見てニヤリと口の端を上げた。
心臓が早鐘を打って嫌な汗が背中を伝った。今日までのことが走馬灯のように駆け巡る。
あたし、死ぬんだ。
背中が壁にぶつかって後ろに下がれなくなると、魔王との距離はあっという間に縮まった。
壁際に追い立てられてしまったあたしは、最後の抵抗とばかりに魔王をキッと睨みつけて、手のひらに聖なる力を集中させた。
「いい顔をする」
ふっと笑った魔王は壁に手をついて、もう片方の手であたしの顎を掴んでくいっと上に向かせた。
その瞬間、あたしは魔王の左頬に思いっきりビンタを食らわせてやった。
パンッと小気味いい音が響いて手のひらがじんじんと熱を帯びた。
一年前に魔王を倒せたのは仲間がいてくれたからだ。あたしの力じゃせいぜい魔王の力を弱めることくらいしかできない。
詰んだわ。
目を閉じて最後の時に備える。
……………………。
………………。
…………。
……?
こっちは覚悟を決めて待ってるっていうのに、いつまで経っても最後の一撃がこない。
怪訝に思ってうっすら目を開いてみると、魔王は叩かれたほっぺたを押さえたまま肩を震わせていた。
「………………れだ……」
「え?」
「これだ! やはりこの感じ、これを求めていた……!」
魔王はそう言うやいなや、引っぱたいた方の手をとって恍惚とした表情をこちらに向けてきた。
さきほどとは違ったぞわりとした感覚が背筋を駆け抜ける。
え、なに!?
そう思ったのもつかの間、魔王はとんでもないことを口走った。
「素晴らしい……聖女よ、やはりお前のビンタは最高だ……!」
「………………は?」
「この程よい痛みと、冴え渡る感覚……!!」
悦に入ってビンタの感想を語る魔王に呆気にとられるしかない。
ぇぇ……。
なんだか熱心にいろいろ言っているけど、あまりのことに話が頭に入ってこない。
ぽかーんと口を半開きにしたまま立ち尽くしていると、おもむろに魔王が指先に口づけを落としてきた。
「っっっっ!?」
「聖女よ、一緒に来い。私にはお前が必要だ」
「…………………………はい?」
話のほとんどが頭を素通りしてしまったせいで、魔王が何を言い出したのか全く理解できなかった。
「え……? 復讐しに来たんじゃないの?」
「誰がいつそんなことを言った? 私はお前に会いにきただけだが?」
「は?」
「は? ではない。聞いていなかったのか?」
魔王は呆れたようにため息をつくと、もう一度ここに至るまでの経緯を話してくれた。
なんでも魔王は体に瘴気をためこんでしまう体質らしく、三年前の討伐の際も、体にたまった瘴気が原因で我を失っている状態だったそうだ。
で、そんな魔王の正気を取り戻させたのが、あたしのビンタだったらしい。
あの時はいろいろと思うところがあって、何やら叫びながら往復ビンタを食らわせてやったのよね。何を言ったかは忘れちゃったけど。
それはともかく、聖なる力がこもったビンタは魔王の体にたまった瘴気を払うのに一役買い、魔王は正気に戻ることができたのだという。
正気に戻った魔王は自分の一部を切り離して勇者に倒させ、今日まで隠居生活をしていたんだって。
そこまではいい。問題はここからだ。
どうやらあたしのくらわした一撃は、魔王の新たな性癖を目覚めさせてしまったらしい。
今までかしずかれることはあっても叩かれたことなんてなかった魔王は、叩かれた衝撃と冴え渡る思考にいたく感動を覚えたそうだ。
ここ一年ほどの隠居生活で体に少しずつ瘴気がたまってきたこともあって、あたしに会いに来たんだって。
意図せずあたしがビンタをしたことで瘴気が払われ、魔王は認識を確かなものにした。してしまった。
「…………つまり、あんたはあたしを城に連れ帰って、定期的にビンタをくらいたいと?」
「そうだ」
すごく真面目な顔で頷かれてしまって反応に困る。
これが……こんな人が世界を混乱と絶望の闇に落としかけた魔王……!?
性癖を歪めちゃったあたしが言うのもなんだけど、一年前とは変わり果てた姿にもはや言葉が出ない。
唖然としていると、魔王は楽しげにあたしの顔を覗き込んできた。
「『誰かあたしをここから連れだして』――だったか? ちょうどここから出たかったのだろう?」
「なんで、あんたがそれを知って……!?」
「私の【目】は至るところにあるからな」
「ななな……!?」
見られてたってこと!?
狼狽えるあたしに、魔王はとどめの一撃を放った。
「布団にくるまって泣いている姿は可愛らしかったぞ」
「ぎゃああああ、言うなああああ!!」
テンパってもう一度手を振り上げると、魔王は避けることなくあたしのビンタを受け入れた。
「うん、やはりお前がいい」
「ちょ、なに勝手に決めつけてるのよ!? 瘴気を払ってくれる人なら誰でもいいんでしょ!? あたしじゃなくたっていいじゃない!」
聖女と呼ばれるようになったのは確かにあたしだけだけど、聖なる力を持ってる子は他にもいる。
瘴気を払うだけなら別の子でもいいでしょう? そう言えば、魔王はふんと鼻で笑って否定した。
「臆せず私にビンタを食らわせられるのはお前くらいだろう、聖女よ」
「う……」
それは……そうかもしれない。否定できない自分が悲しい。
「だ、だいたい! あたし、あんたのことよく知らないし……」
「これから知っていけばいいだろう」
「それに! あたしのこと『聖女』『聖女』って、名前も知らないくせに」
「ほう……ではお前は私の名を知っているのか?」
「ぐ……」
カウンターをくらって言葉に詰まる。
知らない。
みんな『魔王』としか呼んでなかったから名前なんて知らなかった。
黙りこくっていると、魔王はあたしの頬に触れてわずかに目元を緩めた。
「ナルシーだ。魔王になった今ではその名で呼ぶ者はいなくなったがな――聖女、お前の名は?」
「………………ノーラよ」
魔王に名前を教えるなんてどうかしてる。
だけど不覚ながら、誰も名前を呼ぶ人がいなくなってしまった魔王に――ナルシーにちょっとだけ親近感を覚えてしまった。
「ノーラか……では、ノーラよ。私と一緒に城に来い。私にはお前が必要だ」
「必要なのは『ビンタ』でしょう?」
「違うな。『ノーラのビンタ』だ。叩かれるなら、お前からがいい」
ナルシーはそう言うと、あたしの右手のひらを彼の左頬へ添えた。
どうしよう。ちょっとときめいてる自分がいる。
本当にどうかしていると思う。
ロマンもへったくれもないし、話の内容だってひどすぎる。それなのに、どうしてこんなにドキドキするの?
相手は魔王で、あたしは聖女で、お互い相容れないもののはずなのに。
でも、この人が『あたし』を見てくれようとしているってことはわかった。
名前を聞いて、あたし個人を必要としてくれている――それがわかったからこそ、彼と一緒に行ってみたいと思ってしまった。
神殿のみんなには悪いけど、わくわくする気持ちを止められなかった。
何かが変わるかもしれない。変えられるかもしれない。
それなら、あたしは――。
高鳴る気持ちを抑えながら、あたしはナルシーのもう片方のほっぺたに左手を添えて挑むように笑った。
「なら、ナルシー。あたしをあんたの城に連れてって」
***
その後、あたしがいなくなったことで神殿は大いに混乱したらしい。
だけどすぐに代わりの聖女が立てられて、混乱はなんとか治まったんだって。
その話を聞いて、やっぱり『あたし』じゃなくてもよかったんだなって、ちょっとだけ胸が痛くなった。
だけど、いいの。
だって今のあたしにはちゃんと『あたし』を見てくれる人がいてくれるから。
あたしは魔王として君臨し続けるナルシーの隣に立って、彼のためだけに聖女の力を振るっている。
聖女の力=ビンタ。
お読みいただき、ありがとうございました。
恋愛してないなと思ったので、ジャンルをコメディに変更しました。




