憎しみを超えるもの part2
四つん這いの体勢から頭から突っ込んでくる怪物に対して、
アーサーは高くジャンプして攻撃を避けると同時に、空中で方向転換して怪物へと襲いかかっていった。
「ヴァアアアアアアー!」
まるで獣のような唸り声をあげながら、強く握りしめた両手で殴りつけると、怪物の巨体は地面に叩きつけられ、その反動で木々をへし折りながら林の奥へと吹き飛んでいった。
着地した勢いのまま、周りを取り囲む人型をした無数の土塊に向けて大きく手を振りかざすと、まるで目に見えない巨人の剛腕が直撃したように、粉々に砕け散っていく。
しかし、すぐさま地面が盛り上がり、再び無数の土塊が出現し飛びかかり、あっと言う間にアーサーの姿は見えなくなってしまった。
だが次の瞬間、巨大な火柱が上がったと思うと、土塊たちはすべて焼き尽くされ、残ったのは全身から怒りのオーラを放ち仁王立ちするアーサーだけであった。
「ウオオオオオオオオオオ!」
怒りと絶望で制御がきかなくなったアーサーは、
雄叫びを上げると襲い掛かる人型の土塊を次から次へと吹き飛ばしていく。
林の奥から地響きを上げて戻ってきた怪物は、そのあまりの暴れっぷりに息を吞んで立ちすくんでしまった。
「なんという……なんという、凄まじさ……!
これがニナ様の仰っていたウォルズリーの血か!」
殴りつけられた怪物の背中は大きく肉がえぐれ、どす黒い血が大量に流れ続けている。
「こんな少年に、これほどまでの力があるとは。
やはり、ここで葬っておかなければ……!」
覚悟を決めると、怪物は体に残る最後のエネルギーを集中させはじめた。
バリバリという音と共にあっという間に全身が岩のような硬い鎧で覆われ、
巨大な棘のような突起が無数に突き出してきた。
「父さん、母さん、兄弟たち……」
怪物は、最後の攻撃に備えながら、
ロマの少年時代の記憶を思い出していた。
厳しくも優しい父、
いつも笑顔の母、
イタズラ好きの兄弟たち。
そして
共に長い旅を続けていた仲間たち。
「無慈悲に殺された愛すべき人たちよ。
一日たりとも、忘れたことなど無かった。
あの日の悲しみと憎しみを晴らすために
精いっぱい戦ってきたが、
私はどうやらここまでのようだ。
せめて最後に、ニナ様のために
この命を捧げよう。
どうか、どうかみんな、
私に力を貸してくれ!
あの“怪物“を倒す勇気と力を貸してくれ!」
魂の叫びに呼応するように、無数の土塊が
いっせいにアーサーの体に飛びついた。
先ほどまでとは違い、何十、何百としがみついた
土塊は簡単に振り払うことはできず、
もはや理性的な思考ができないアーサーは
獣のようにうなり続けるだけであった。
やがて土塊はひとつずつが人間の形へと変化した。
それは、迫害され、悲劇的な死を遂げた
名もなきロマの人々そのものだった。
そのどれもが、嘆きと悲しみに
満ちた目でアーサーを見つめている。
身動きが取れず怒鳴り散らすアーサーに、
全身を巨大なハリネズミのように変化させた
怪物が猛烈な勢いで突っ込んできた。
「オオオオオオ!!」
アーサーがひときわ大きな叫び声をあげると、
全身から暴風を伴った強烈な炎があふれ出し、
まとわりつく人々をかき消してしまった。
消滅する寸前、人々の顔がいずれも
無念の涙を流していたことを
アーサーは知る由もなかった。
突っ込んできた巨体をオーラをまとった
両手で受け止めると、
硬い鎧をものともせず真っ二つに引き裂こうと
力をみなぎらせていく。
「無念……!ここまでか……!」
怪物が悲痛なうめき声をあげた、
その時だった。
巨大な白い光が突然現れると、
アーサーを包み込んでいった。
『アーサー、アーサー』
遠くで誰かの呼ぶ声がする。
誰だよ、ぼくは眠いんだ。
放っておいてくれよ。
暴君のように暴れる身体と裏腹に、
アーサーの精神は何もない空間で、
膝を抱えて横になっていた。
ここにいると、もう誰の声も
聞こえないし、何もしなくていい。
どうせみんなぼくの気持ちなんて
分からないんだから、
もう、放っておいてくれ。
そう思うアーサーの前に、
一人の青年が表れた。
『やあ、アーサー。目が覚めたかい』
あなた、だれ?
なんでぼくにかまうの?
もう、ほっといてよ。
『ふふ、そうもいかないんだ。
私が怒られるんだよ』
誰に?誰に怒られるの?
『おっかなくて、可愛い人にさ。
さあ、行こうか』




