魔女の村 part4
「私がいくわ。魔女のリーダーとして、
捕まった人たちの解放と、この村に
手を出さないようにお願いする」
一同が騒然とする中、エミールが叫んだ。
「ダメだ、そんな事させない!
君が行くぐらいなら、僕がいく!」
長老たちも声をあげる。
真っ先に声をあげたのは、一族の中でも
最年長のフックスだった。
「まだ若いおまえが行く事は無い。
行くのなら、わしたち年寄りじゃ」
頑固者のヨゼフも名乗り出る。
「おまえには村のリーダーとして、
皆を導いてもらわないといかん」
みんなが何とかニナを説得しようとするが
決意は変わらない。
大きく首を振って、話し出した。
「彼らも馬鹿じゃない。
捕まえた村の人間たちから、
誰がリーダーかは聞き出しているはず。
私の代わりに誰が行っても、そんなのは
通用しないでしょう」
「だからといって、そんな!
ミヒャエルはどうするんだ!
両親が亡くなって、君までいなくなったら、
いったいあの子がどれほど悲しむか!」
必死に止めるエミールに近づくと、
そっと両手を握り、ニナが告げる。
「これしか方法はないの。
ミヒャエルの事をお願い、エミール」
「そんな……そんな馬鹿なこと……」
ニナにすがるように膝から崩れ落ちた
エミールの目から涙が止めどなくあふれてくる。
やがて、ニナが出発する朝が来た。
沢山の村の者が集まって、まだニナを
引き止めようとしている。
「わたしたちは、ただ静かに暮らしたい
だけなのに、どうしてこんな」
「むざむざ殺されに行く必要は無い。
このままこの森の中で、隠れ村として
生きていけばいい。どうせ連中には
見つけることなどできんのだから!」
ニナはさびしそうな顔で首を横に振った。
「そうしたら、関係のない人間が
死刑になってしまうわ。
そうなるとまた、人間が私たちを憎んで、
恐れる時代になってしまう。
リーダーが名乗り出れば、この村の者も、
人間たちも助けてくれると約束して
くれたんだから、これが一番いいのよ」
ミヒャエルがスカートにしがみついて
泣いている。
「嫌だ!嫌だ!ニナ姉様、行かないで!
どこにも行っちゃ嫌だ!」
二人きりで生きてきた、ニナの宝物。
いつもの様に抱きしめると
大好きなお日様の匂いがする。
ニナは目を閉じて小さな声で囁いた。
「泣かないで、ミヒャエル。
またいつか、必ず会えるから」
小さな子供たちも何かを感じるのか、
不安な顔で離れようとしない。
「ねえさま、ねえさま、どこにいくの?
ばんごはんまでにかえってくる?」
「ニナさま、一緒に遊ばないの?
どこへ行っちゃうの?」
ニナは優しく微笑むと、子供たちの
頭をそっと撫でる。
よろよろとヨゼフが近づいて来た。
しわくちゃの顔に涙を浮かべている。
「ニナよ、なんでおまえのように若い者が
こんな目に遭わねばならんのか。
なぜこんな年寄りのわしが生き残るのか。
わしは辛い。ほんとうに申し訳ない」
「じいさまたちがいなくなったら、誰が
子供たちに村の伝統やしきたりを教えるの?
黒い森の魔法使いが礼儀知らずばかりに
なったら、困るのはじいさまたちでしょ?」
いたずらっぽく笑うニナを
多くの者たちが囲んで泣く。
「こんな、こんな酷い話があってたまるか!」
ひときわ大きな声をあげたのは、
ずっと下を向いているエミールだ。
「ありがとう、エミール」
泣き続ける彼を、そっと抱きしめる。
優しいエミール。小さな頃から
私の側にいて、ずっと守ってくれた人。
今まで一度も言わなかったけど、
わたしの初恋の人。
今までも、これからも、ずうっと
大好きな人。
どうか、早く素敵な人を見つけて、
幸せになって。
子供をたくさん作って
暖かい家族をつくってね。
そのまま村人たちと一緒に村はずれまで
歩いて行く途中、
ニナが歌を歌い出した。
いつもみんなで、数えきれないほど
歌ったあの歌だ。
子供達が、村人みんなが、
涙をこらえて歌い出した。
『覚えておこう。この黒い森を。
夏は木陰を作り暑さを遮り、
冬は雪化粧に彩られるこの森を。
季節ごとに咲く花々を。
シチューを彩るたくさんのキノコを。
おしゃべりするかのような小鳥たちを。
いたずら子リスに気取り屋の鹿を。
わたしの愛するたくさんの人々を。
いつまでも、覚えておこう。
だからわたしは旅に出る。
いつだって、心には森があるから。
いつだって、帰ってこられるから。
だからわたしは旅に出る』
やがて村のはずれまでくると、
ニナは子供達の手を離して歩き出した。
背中にみんなの呼ぶ声が、泣き声が、
いつまでも響く。
村を覆い隠す結界を越えたところで、
ゆっくりと振り返った。
もうみんなの姿は見えず、声も聞こえない。
もう大丈夫。
何も思い残すことはない。
歩いていく一本道のその先に、
教会が用意した魔女狩り用の
鋼鉄の檻を設けた馬車が見える。
役人たちが重い鉄の扉を開き、
乗り込む際に、ニナはふと思った。
『そういえば、子供の頃エミールと
一緒に遊びに行った、
森のいちばん奥にある湖に
もう一度行きたかったなあ』
ガチャリ。
重々しく扉が閉められ、厳重に鍵が
かかったのを確認し馬車は走り出した。




