永遠の別れ part1
「アーサー君、危ない!」
「オオオオオオオオオオ!!!」
逆襲に転じた怪物のひと振りで、巨大なテーブルが真っ二つに裂けた。
「くそったれ!こっちを向きやがれ!」
ヘンリーが叫びながら銃を撃ち続けるが、
怪物はものすごいスピードで移動して銃弾を避けながら
鋭利な爪が生えた四本の手を振り回し、アーサーを狙い続ける。
アーサーは間一髪のところで敵の攻撃を避けながら魔法を射ち続けている。
「逃げてください、アーサー坊っちゃま!」
「アーサー様!早く、こちらへ!」
フローレンスとレスターの必死に叫ぶ声が響く。
ヘンリーが二人のそばに駆け寄る。
「大丈夫?二人とも」
「ヘンリー様、坊っちゃまは大丈夫でしょうか⁉︎」
「ああ、畜生!この銃一丁じゃどうしようもない!」
だがアーサー自身は、戦いの中で自分に起きた変化に戸惑っていた。
みんなの叫ぶ声も、自分に迫る怪物の攻撃も、
周りのすべてをスローモーションのように感じ出していたのだ。
『ぼく、どうしちゃったんだろう……』
さっきまでの不安が嘘のように、
恐怖もなく、不思議すぎるほど落ち着いていた。
『全部、見える。敵の攻撃も、みんなの顔も』
怪物が振り回す鋭利な爪をギリギリの距離で交わし、
アーサーは、ある決意を胸に秘めた。
『これなら、いけるかもしれない』
アーサーはすうっと、無造作に怪物に近づくと、
マジックボックスを握りしめた両手を相手の顔の前に差し出した。
ルビーのように赤く変化したアーサーの瞳の色が、
さらに燃えるような深紅へと変わっていく。
アーサーは小さな声でつぶやいた。
『いくよ』
次の瞬間、先ほどまでの数十倍の光の矢が、
激しく叩きつける豪雨のように、一斉に怪物に降り注いだ。
「オオオオオオオオ!!!!」
まるで感電したかのように、怪物は体を震わせ、再び後ずさりしはじめた。
しかしアーサーの放つ光の矢の攻撃は、一瞬たりとも止むことなく続く。
ヘンリーたちはアーサーの姿に圧倒されながら見つめている。
「これは、一体どういうことなんでしょう?」
「凄い……!アーサー様がこれほどの力をお持ちとは……!」
「そこだ、アーサー君!一気に押し切れ!」
光の矢を浴びて怪物はズルズルと壁際まで下がっていく。
苦悶の表情が、だんだんと老メイドのメリッサに戻っていき、
さらに若返りを続け、十代後半を思わせる少女の顔へと変化していく。
「オオオオオオオオ…あ、ああ、苦しい」
怪物の体がどんどん小さくなり、若い女性の体へと変わっていった。
「メリッサ!」
切なそうに呼びかけるフローレンスを、レスターが制している。
「ああ、苦しい、助けて」
まだあどけなさが残るメリッサの顔が苦痛に歪み、
這いつくばって涙を流し続けている。
震えながら差し出す手もほっそりとした人間の手に戻っている。
「助けて……ルーパス様……助けて……!」
その悲壮な叫びに、アーサーはこのまま攻撃を続けるのかを躊躇した。
人間の姿に戻ったメリッサは、苦悶の表情でアーサーに懇願する。
「ああ、痛い、苦しい、お願い、助けてください」
アーサーは魔法を少し緩めながらたずねた。
「メリッサさん、ぼくの事がわかりますか?」
アーサーの気配を察したヘンリーが叫び続ける。
「アーサーくん、手を休めるな!何があるかわからないぞ!
まだ止めちゃダメだ、一気に止めをさすんだ!」
ヘンリーが必死に叫ぶがアーサーは決意した。
「……メリッサさん、もう悪いことはしませんか?」
「あああ、もちろんです、約束します。
助けて、助けてください、お願いします」
「約束ですよ、話し合いましょう。
ぼく、あなたとも、ルーパスさんとも、
魔女の人とも話し合いたいんです」
アーサーの逆立っていた髪の毛が収まり、
深紅に染まっていた瞳が元へと戻っていく。
それに連れて、マジックボックスの動きが
ゆっくりとなって行き、やがて止まった。
部屋に静けさが戻り、メリッサも動かなくなった。
アーサーはそっと近づいてみる。
「下がれ!うかつに近づいちゃダメだ」
ヘンリーが叫んだ、その瞬間だった。
動かなかったメリッサの体が凄まじい勢いで跳ね起き、
肉体をずるりと抜け殻のように床に落としたと思うと、
骸骨だけの身体となってアーサーに襲いかかってきた。
「ああ、うわあああ!」
「アーサー様!」
間一髪、レスターが飛び出してアーサーをかばったのだが、
その背中をかぎ爪が深く切り裂き、床に激しく叩き付けた。
「ぐううっ……!」
レスターが体を硬直させ、苦悶の表情を浮かべ動かなくなる。
「レ、レスターさん!」
「レスター様!」
「父さん!」
ヘンリーは銃を撃ちながらレスターに駆け寄ろうとするが、
長い腕のひと振りで壁際まで吹き飛ばされた。
「ぐあああっ!」
骸骨だけになった怪物は、恐怖で硬直するフローレンスを無視し、
アーサーにのしかかると、背中から生えた二本の腕で
両腕を押さえつけ、後り二本のうち一本で喉元を押え付けた。
そして最後の一本は、指先を揃えてまるでナイフのように
アーサーの目の前に突きつけてきた。
『……あの方の邪魔はさせない……!』
骸骨の口がパクパクパクと開き、
すえた空気と共に、呪うような声が聞こえる。
骸骨の眼窩から、黒い影のようなものが、
涙のようにアーサーの顔にしたたり落ちてくる。
「いたあいいいい!!!」
目や口から入ったそれは強烈な酸のような激痛を与え、
アーサーはこらえきれずに大声で泣き出した。
「痛い!痛いよ!いやだ!もういやだ!ママ、助けてママ!」
アーサーが全てをあきらめかけたその時ー。
「簡単にあきらめてんじゃないわよ!」
怒りの声とともにノーラが窓を突き破り飛び込んできた。
そして、その勢いのまま魔女の姿に変身すると、
骸骨と化した怪物を長い杖で吹き飛ばした。
「しっかりしなさい、アーサー!」
泣きじゃくるアーサーを一喝すると、
体勢を立て直そうとする骸骨姿の怪物に向かい
杖をかざすと、炎属性の呪文の詠唱を始めた。
「闇の力によって歪められし哀れな者よ、
生きながら既に冥府に堕ちた者よ。
我“はじまりの魔女”ノルディア・ブラウンが
精霊の名において汝に命じる。
すべては焼き尽くされ塵は塵へ、闇は闇へと帰れ!」
骸骨を取り囲むように炎の円陣が描かれたと思うと、
みるまに巨大な炎が立ち上がり、激しく燃え上がり出した。
声にならない悲鳴を上げながら、仰向けにゆっくりと倒れこむと、
四本の腕をまるで愛しい人を抱きしめるかのように
虚空に向かって突き上げ、動かなくなった。
「………………………」
燃え尽きる最後の瞬間、誰かの名を呼んだように口元が動いた。
「父さん、返事してくれ、父さん!」
静かになった部屋の中で、ヘンリーが叫び続けている。
「医者を呼んで参ります!」
フローレンスが部屋を出て行こうとするのをノーラが止めた。
「いい、フローレンス。大丈夫だから」
レスターを抱きかかえるヘンリーの元へ歩み寄った。
「どきなさい、坊や。間に合わなくなる」
ノーラが横たわったレスターに治癒魔法の詠唱を始めた。
「た、助かるのか⁈」
「…静かに」
ノーラが唱える呪文に合わせて、
レスターの体がボウっと白い光に包まれた。
それは温かく、優しさに満ちた光だった。
引き裂かれた背中の傷が徐々にふさがり、
青ざめていた顔が少しずつ血色が良くなっていく。
やがて、レスターの意識が戻った。
「……う、ううっ。ここは……」
「これで、後は安静にしていれば大丈夫」
「ありがとう白猫の姉さん。この恩は忘れないよ。
父さん、頼むから無茶しないでくれよ」
ヘンリーは涙声で父親を抱きしめた。
と、それまでピクリともしなかった
メイドの片方の亡骸が動いたかと思うと、
大鴉に姿を変え、何かを咥えて窓から飛び去った。
「あ、くそっ、待てっ!」
ヘンリーが慌てて撃ち落とそうとするが、ノーラが止めた。
「あんなの、放っときなさい。どうせ大したことできないんだから」
「…さて、と」
ノーラは恐怖と痛みのあまり、座り込んで
泣きじゃくるアーサーに近づいていった。
フローレンスがアーサーの顔や体にこびりついた
黒いシミを一生懸命に拭き取ろうとしているが、
なかなか取れずにいる。
「痛いよ!もう嫌だ、無理だよ!お家に帰りたい!」
「アーサー…」
「なんだよ、もう嫌だよ!叩くなら叩いてよ!」
いつものようにビンタされるかと思ったが、それはなかった。
その代わりに泣き続けるアーサーの前に座り込むと
ノーラは静かに語り出した。
「アーサー。さっきの怪物を見たでしょう?
何の罪もない人間が、あんな風に変えられてしまったのよ。
亡くなっても永遠に救われない魂となってしまったの。
このままにしていたら、数えきれないほどの人々が
あんな風に犠牲になるのよ」
「だって、怖いんだよ!やっぱりあんなの無理だよ!
もう少しで死んじゃうところだったんだ!
魔法なんて、もう使えなくていい!
ノーラ、もう、お家に……帰りたい……よ……」
泣きじゃくりながら、命の危険を
必死に訴えていたアーサーだったが、
突然、意識を失って倒れこんでしまった。
フローレンスが悲鳴をあげる。
「お気をしっかり、アーサー坊っちゃま!」
「アーサー君、おい!しっかりしてくれ!
姉さん、これは一体、どうしたんだ⁉︎」
ノーラはアーサーの瞳孔を調べ、脈を取り出した。
「怪物に浴びせられた、あの黒い影のせいね」
「……あれは、一体何だったんだ?」
「あれは、魔女が生み出した呪いよ。
あれを相手に送り込むことによって、
意のままに操ることも、命を奪うこともできる」
ヘンリーが叫んだ。
「命を奪うって…おい、ちょっと待ってくれよ!
じゃあこの子はどうなるんだ!」
「とにかく、ここではどうしようも無いわ。
とりあえず寝室に運ぶわよ」




