ルーパスの屋敷 part1
イギリス、ヨーク郊外のうっそうとした森に囲まれるように建つ一軒の屋敷。
この屋敷は十四世紀にウォルズリー家の別宅として建築され、今から三十五年前にルーパスがウォルズリー家から使用人を連れて移り住み、現在に至っている。
かなりの広さを持ち、かつては多くの来客で賑わいを見せていたこの屋敷だが、最近では訪れる人間もめっきり減ってしまい、不気味な静けさに包まれている。
「どうしても辞めてしまうのかい?」
玄関先で、年老いたメイド頭のメリッサは、荷物を抱えた若いメイドたちを引き止めるのを諦めて深いため息をついた。
「申し訳ありません、メリッサさん。私たち、とてもじゃないですが今の旦那様には、ついていけません。」
「以前はあんな方じゃなかったのに。なんだか不気味で、恐ろしくて」
「メリッサさんもお辞めになられた方がよろしいのでは…」
若いメイドたちは口々に不安を訴え、メリッサにもこの屋敷を去ることを勧めてくる。
その不安も、心配してくれる気持ちも、メリッサには痛いほど理解できる。
ウォルズリー家に奉公すること四十年以上。ルーパスがパブリックスクールを卒業する前、まだ十代の少年であった頃から彼の身の回りのお世話係として仕え、この屋敷に移ってからも長年仕えてきたメリッサにとっても、ルーパスのこの一年余りの変貌ぶりは信じられないものがあった。
以前は自分たち使用人にも、気軽に声をかけてくれるような優しい人柄だったのが、最近は常に何かに怒りを持ち、使用人にも容赦なく当たり散らすようになってしまった。
また、深夜に城内や敷地内を徘徊したり、暴れたりと意味不明の行動をとることが多くなったため、ほとんどの人間が辞めていってしまった。
今やウォルズリー家に支えてきた人間で、この屋敷に残るのはメリッサをはじめ、ごく少数の者だけになった。
そして、代わりに入ってきたのは、全身を黒ずくめのメイド服で固め、誰も彼もまるで双子のようによく似ている不気味な連中だった。
メリッサたちと会話を交わすこともなく、常にルーパスとあの女を守るように側から離れようとはしない。
「あいつだ」
遠ざかるメイドたちの後ろ姿を眺めながら、メリッサはぽつりと漏らした。
一年ほど前、ルーパスが何時ものバカンスからあの女ーニナと言う女を連れて帰ってきてから、すべてが変わってしまった。
『ルーパス様に何を吹き込んだのかは知らないけど、あいつ、あの女のせいで、すべてがおかしな方向へ進み出したんだ』
メリッサは細く、節だらけになってしまった自分の指をじっと見つめた。
できることなら。この手で、この体でもう一度あの方を抱きしめたかったが、今となってはそれも叶わぬ願いとなってしまった。
両腕で、自分自身を慰めるように抱きしめると、メリッサは俯きながら、まるで呪詛のように言葉を吐き続ける。
「すべて、あの女が来てから変わってしまった。憎い、憎い、憎い、憎い。あの女だけは絶対に許さない」
自分の心の中にワイン樽の底の澱のように、どす黒い感情が少しずつ、少しずつ溜まりつつあるのをメリッサはまだ気づいていなかった。
そして、立ち去ったメイド達が、屋敷の門を出る前に悲鳴を上げる間もなく、黒い影に飲み込まれてしまった事にも気づきはしなかった。




